旅行の土産は消耗品が一番
■「骨人スケルトロール」モンスターカード
・レアリティ☆
・知性のない魔族指定の悪霊族。巨大な人骨のような姿をしている。
主に地下やダンジョンに生息し、闇の眷属以外なら何でも襲う。
そこそこの力はあるものの、動きは遅く、骨自体も脆い。
小さく灯る炎の前で、今日手に入れたカードを眺めている。
壁際に身を寄せ、薄い毛布を被って眠るペトルとクローネは、既に静かな寝息を立てて眠っている。
起きているのは俺とギンの二人だけだった。
初めて経験したダンジョンでの戦い。
この世界にやってきてから何度か化け物と戦うことはあったけども、今日ほど連戦に連戦を重ねた日は初めてだ。
俺は実際に剣を持って戦ったり、MPを擦り減らして魔法を使ったわけではない。あくまでカードを使い、上手く照準を合わせてタイミングよく発動させただけ。それだけなのに今日は、ものっすごい疲れた。
「……ヤツシロサン。ハヤく眠ったホウが良いですよ」
「ああ、そうだな。あまり夜更かしするのも良くないか」
ギンは体に何も掛けず、スケイルシールドと手斧を傍に固めたまま俯いている。
薄明かりの中で微かに見えるギンの姿は、まるで部屋に飾られた小さな甲冑のように見える。しかしギンはこんなに強そうな風貌をしているにも関わらず、弱気だ。
女の子ということも当然あるのだろうが、元々争いを好まないのだろう。ダンジョンを探索している間も、弱小モンスターのスカルベにすら怯え、後方での援護に徹していたように思う。
その証拠に、攻撃を受ける度に一枚ずつ鱗が剥がれてゆく彼女のスケイルシールドは、未だ一枚も鱗が剥がれていなかった。
……ギンはガシュカダルより下賜された信仰の剣を取り戻すために、このダンジョン探索に加わっている。
けど仮にこの探索で信仰の剣を取り戻したとして、彼女は剣の道に生きることができるのだろうか。
別に、ギンのためにダンジョンに潜る事が、面倒だとか気が乗らないだとか言うわけじゃない。
そうではないんだけど……ギンの今後が、純粋に心配になってくるのだ。
「なあギン。信仰の剣を取り戻したら、どうやって生きていくんだ?」
「エッ?」
俺が壁に背を預けたまま訊くと、ギンは細い首をこちらに捻った。
甲冑から漏れた艶やかな黒髪も、一緒に揺れる。
「俺はあまり、虫族のことをよく知らないから、ギン達の寿命がどれくらいなのかわからない。長いのか、短いのかも……でもその間を人として生きるのなら、やっぱり生き方っていうのがあるわけだろ」
「……ハイ」
「ギンは剣を使って、戦う生き方を選ぶのか?」
「……」
ギンは無言のまま、俯いた。
遠く、廊下の向こう側で、スケルトロールであろう骨の足音がこちらへ近づいてきた。
そして、闇を祓う蝋燭の輝きに近づきたくないためなのだろう。スケルトロールの足音は、再び離れてゆく。
ギンはその足音が離れ、完全に静まってから、再び口を開いた。
「戦うのか……守るのか……ワタシは、まだキめてません。ホントウはキめなきゃいけないんだけど……デモ、ワタシが何かに剣をフるところが想像できなくテ……」
「悩んでるのか」
「ハイ……ワタシには、向いていないんじゃないかって……」
まぁ、そうだな。
確かに俺も、ギンは剣に向いてないと思う。
俺には武術の心得なんてものはないが、それでも確信できるくらいだ。
「元々、トウさんに言われて信仰を決めたんデス。虫族が人としてイきるには、剣しかナいって。そう言われて……」
「虫族には剣しかない、か」
「ハイ。虫族は、剣をモつべくしてウまれたヒトなのだ、って……。そのトキのワタシには、フカく考えるような頭もなかったので、ウナズくしかなくて……」
信仰する神々を自由に選べる人。
かたや、多大な自己犠牲を支払わなければ特定の神様すら信仰できない人外の種族。
信仰しなければ人にはなれない。神に自身を捧げなければ、人権や知性すら得られない。
だが、彼らは人として生まれ変わった瞬間に、自らの招いた不自由に気付いてしまう。
……向いている生き方なのか、向いていない生き方なのか。
この世界の神様は、人々のそんな事情までは考えてくれない。
人と神は違うにしても、なんというか。
もうちょっと考えてやってくれても良いんじゃなかろうか。
「……大変だな」
俺はまどろみの中、ただそれだけを呟いて、静かな眠りの中へと落ちていった。
『地下は我々闇が支配する世界。貴様が何者かは未だ理解できないが、わざわざ懐どころか、口の中に入り込んでくるとはな』
「!」
ハッと意識を覚醒させると、俺はいつぞやと同じ暗闇の世界に漂っていた。
黒そのものと形容してもいい闇だけの空間。
身動きはできるが、その場から動くことのできない無力な体。
すぐにわかった。ここは、夢の世界なのだと。
そして俺の目の前には、前にも出会ったトカゲ人間……暗神ザイニオルが座っている。
クローネが信仰する光の神々とは真逆の位置に存在する、言わば悪である闇の上位神。
暗がりのダンジョンに夜が訪れ、そして俺が夢の世界に沈んだことにより、いつの間にかこいつの近くに来てしまったのか。
『さあ、今度こそ引きずり込んでやるぞ』
細長い手が、迷うこと無くこちらへ伸びる。
どうすれば良いかを考える余裕すらない。
全ては唐突で、理不尽だった。
――ぷぴー♪
「お、お? あれ、なんだ、意識が……」
『……またか。一体何がオレの邪魔を……』
『弄ばれているのか! このオレが! なんたる屈辱!』




