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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 彼の地に堕ちた信仰心
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とりあえず左側を歩くこと

 歩くにつれて、芝生道をゆく人々の密度が高まり、ちょっとした商店街を歩くような雰囲気になってきた。

 店先には粗末な布で天幕が張られ、日差しから葉物野菜を守っている。農村故だろうか、でているのはどれも植物由来のものばかりであった。


 ……それにしても、見たことのない野菜ばかりだな。


「ペトル、はぐれるなよ」

「うん、ちゃんといるよー」


 周りの人達は皆おしゃべりだ。きっと、顔見知りや友人と一緒に歩いているのだろう。

 そこかしこで、気易い会話が聞こえてくる。


「うちの息子が聞かん奴でねぇ、耕穣神(こうじょうしん)様なんて田舎の神様だって言うものだから……」

「都会の方なんて、怖いことばかりだよ。早い内にお祈りを始めておかないと、後々苦労するわよ」


 誰もが行く先は同じらしく、ちらりと聞ける話からは神や祈りといった単語が窺える。

 きっと、この人波は皆、同じ空き神殿へと向かっているのだろう。


「神殿って、どういう所なんだろうな」

「人間さんが神様達にお祈りする所よ?」


 いやいや、ペトル。さすがの俺もそれは知ってるんだけどさ。




 空き神殿。

 それは、石レンガを積んで造られた高い石柱によって小さな屋根を支えただけの、東屋のように控えめた建造物であった。

 石レンガの石柱は、四方の四本。それが六メートル近くの高さまで伸びて、緩いドーム状の屋根を支えているらしい。


 壁はなく柱だけなので、当然ながら吹き曝しである。

 こうして村人たちの列に混じって遠くから眺めているだけでも、その様子は簡単に見ることが出来た。


「神殿っていうからには、もうちょっと大きいと思ったけど、案外小さいな……」


 あれではお祈りするのも一人一人になりそうだ。

 イベント会場に設営された唯一の公衆便所を代わる代わる使うようなものである。だからこんな行列になってるのか。

 それでも律儀に並ぶのだから、信心深いというかなんというか……。


「おい君、立ち止まらないで、先にいってくれないか」

「あ、すんませ……」


 考え事をしていたら、ちょっと立ち止まっていたらしい。行列を重んじる日本人にあるまじき大失態である。

 だが、後ろの人に謝ろうと軽く頭を下げようとした時、俺はさらに立ち止まることとなってしまった。


「どうした、人をジロジロ見て……なにか付いてたか?」


 その男の背丈は、二メートルを超えていた。

 が、それは大して驚くべきことではない。

 彼の髪の毛が黒い“羽毛”のようなもので出来ていたことが、俺にとっての一番のショッキングな光景だったからである。


 それは、クチバシこそついていないが、まるで鳥人間のような……。

 しかも、頬を掻くその手も、まるで恐竜のような鱗に覆われており……。


「あ、いや、なんでもないです、すいません」

「? ふん」


 俺は精神を立て直し、至って何も気にしていなかったかのような素振りで、ペトルのいる前の方へと戻っていった。


「シロ? はぐれちゃいそうだったよ?」

「……ああ、はぐれちまったよ。確実に……」

「?」


 ありゃあ多分、あれだ。

 ハーピーとかいうアレに違いないだろう。もしくは、ハルピュイア。


 こうして群衆に溶け込んでいるところを見るに、珍しいことでは無いようだが……。

 これは決定打だ。間違いない。ここは異世界、それもとびっきりファンタジーちっくな異世界である。


「それでは、バニモブ村の信徒の方。“慈聖神(じせいしん)フルクシエル”にお祈りを」


 列が段々と石造りの質素な神殿に近付くに連れて、俺はその神殿の中央から時々まばゆい光が漏れ出ている事に気づくと、もはや現状への深いため息を隠せなくなっていた。




「ようこそ、バニモブ村の信徒の方……あら?」


 ついに、俺とペトルの番がやってきた。

 たった四メートル四方の神殿の中央には、石でできた低い台のようなものが配置されており、その横には黒い修道服に身を包んだ娘が立っている。

 ちょっとキツそうな目に、ヴェールからちらりと覗く緑色の髪。実に真面目そうで、厳しい戒律を守っていそうな雰囲気が漂っている。

 それは色彩こそ少々非現実的ではあったが、俺が人生で初めて目にする、生の本物のシスターであった。

 なのにテンションがあまり上がらないのは、まぁ、俺も疲れているということなんだろう。


「貴方と……そちらの子も、このバニモブ村の方ではありませんね?」

「ええ、はい。まだここに来たばっかりの、通りすがりで……」

「私もー」


 というよりこの集落がバニモブ村っていう名前であることを今知りました。


「外からの……巡礼者の方でしたか。お疲れ様です」

「ああ、巡礼というより……あまり、こういう宗教の事にはそもそも詳しくなくて」

「? ……あの。とりあえず、信仰を捧げる神を教えていただけますか。闇の神でなければ、どうにか私でも祭壇を作ることは可能ですが……」

「あの、ちょっと待って」

「は?」


 俺は、“これはごく自然な流れである”と、とりあえず話を進めてゆくシスターさんを手で制した。


「すごい失礼な質問だとわかっているんですけど……」

「はい、何でしょう……」

「神って、何ですかね……?」

「……」


 シスターさんのキツい目が、点になった。

 何が何だかわからない。そんな顔である。


「……あの、ブランチールさん。ちょっとの間、祭壇を代わっていただけますか」

「うん? 別にいいけど」


 若いシスターさんが神殿の奥の方に立っていた中年のおばさんシスターを呼び、何やら交代を申し出て、それは受理されたようだ。


 ……俺にわかるのは、せいぜいそんくらいである。


「……ちょっと貴方、そこの貴女も。少し、こっちで話をしましょう」


 彼女が結構厳しい目つきでそう言ってくる辺り、おそらく俺は、他のことは何も分かっていないのだろう。




「神が何かとは……それこそ一体どういうことなのですかっ」


 神殿の裏。というかちょっと離れたところで、俺とペトルは仲良く横に並び、何故かシスターさんから怒られていた。

 いや、怒られるのも無理はない。俺は特に神が何かも知らずに、あの列にぼんやりと並んでいたのだから。


「実は、神殿に行けば、貨幣袋が貰えると聞いたので……」

「か、貨幣袋が貰える、って……あなた、教会の人間にそんな包み隠さずねぇ……」

「え、貰えないんですか」

「……おほん。確かに、商神(しょうしん)カルカロンを信仰し祈ることで、カルカロンの貨幣袋は下賜(かし)されます」


 下賜?


「確かに、カルカロンの貨幣袋は便利ですから、誰もが持っている神器です。それ故に誰もが、商神カルカロンを信仰しています。とはいえ、貨幣袋だけを目的に天に祈るなど、神に対してあまりにも無礼ですよ」

「……あの」

「なんです!?」


 シスターさん、半ギレしちゃってるよ。

 なんか申し訳ねえ。


「……君の話を聞いてると、まるで神様を信じれば貨幣袋が神様からプレゼントされる、みたいな言い方に聞こえるんだけど……」

「神器を拝受するのです、当然でしょう?」

「……神様がお財布をくれるわけ?」

「当たり前です」


 シスターさんは何の迷いもふざけている様子もなく、はっきりと頷いた。


「……」


 シスターさんの後ろでは、石造りの小さな神殿から、厳かな光が漏れ出ている。


 神様。信仰。祈り。それらはつまり、そういうことなのだろう。


 俺らの世界がどうかはわからないが、この世界には間違いなく実際に神が居るのだ。


「……あの、実は俺達、神様とは全く無縁な生活をしてきてまして」

「は?」


 うわ、凄まれるとめっちゃ怖いこのシスター。


「だから、信仰してる神様とか、全然居ないし、どんな神様がいるかも全くわからないんです」

「……神々を知らない? その歳まで生きていて?」


 シスターさんはあからさまに訝しんでいる。


「私は神様知ってるわよー! 全部でね、五人いるの!」

「もっと大勢います」

「おほー……?」

「ペトル、話がややこしくなるからちょっと静かにしような。ビスケットやるから、ほれ」

「おほー♪」


 俺は紙の包みから一枚のビスケットを取り出して、ペトルの小さな口にずいっと突っ込んでやった。


「……しかし、その様子だと本当に、二人共神々を知らないようですね」

「はい、それはもう、全く……」


 ギリシャ神話とかはちょっとだけ知ってるけど、多分そういう神様とも違うんだろうなぁ。


「おっほん……良いでしょう。神々を知らない人々に信仰を教え広めるのが、私達教布神(きょうふしん)信徒の務めです」


 シスターさんはわざとらしく咳払いし、俺たち二人に向かって姿勢を正した。

 キツそうな青い目が、キラキラと輝いている。


「あなた達に、神々を信仰することの大切さを説いてあげましょう」


 そういう感じで、俺達二人はシスターさんのありがたいお話を聞くことになった。

 皮肉ではない。この世界を何も知らない俺達にとっては、本当にありがたいことなのである。


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誤字などを発見した場合には、感想にて指摘してもらえるとありがたい。
章単位で書き上げた後は、その章内を整理するために話数が大幅に削除され圧縮されるので、注意すること。

ヾ( *・∀・)シ パタタタ…
― 新着の感想 ―
[気になる点] >>それは、石レンガを積んで造られた高い石柱によって小さな屋根を支えただけの、東屋のように控えめた建造物であった。 →控えめな [一言] 約五年、止まっていた時を動かす日が来ましたよ…
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