湧き潰しは入念に
「はい。確かに近郊……北の街道のすぐ近くに、新しくできたダンジョンへの入り口……砦が存在します。十日ほど前の事でしょうか」
座り心地の良さそうな革のソファに深く腰を下ろした町の代表者は、パールのような白い宝石のちらつく指輪を愛でるように指でなぞりつつ、そう言った。
「砦は石製で、非常にこじんまりとしています。調査はなされていないので、深さはまだ判明しておりませんが……深くとも一桁でしょう」
「首都からの調査隊は、まだ入っていないのですか?」
「ええ、一応、物騒ですから。申請は出したのですがねえ」
クローネが訊くと、代表者は皺くちゃな顔を更に渋そうに歪めた。
「いくつかのギルドに自由依頼も出しましたが、やはり砦の碑文に書かれていた宝物一覧が、あまり良いものではなかったらしく……」
「調査が入らないほど、実入りの悪いダンジョンなんですか……」
「砦を封鎖し、そのまま自然に潰れるのを待とうかと考えているほどですよ。ハハ」
「……まだ封鎖はされていない、と?」
「ええ、まぁ。砦から何が湧いて出るものでもないですし、逆に魔獣が迷い込めば、周囲はそこそこ安全になりますからね。」
俺とクローネは顔を見合わせ、同時に頷いた。
どうやら、まだまだ手付かずの場所のようだ。
ダンジョンとは、迷神ミミルドルスという下位神によって生み出された、地下の迷路である。
このミミルドルスという神、地上に様々なダンジョンを好き勝手に濫造するというなんとも傍迷惑な神様なのであるが、ダンジョン自体は地上に露出した入り口である“砦”さえどうにかできれば対処できるので、不干渉を貫きたければ砦を封鎖すれば問題ない。
しかし、ダンジョンは人々にそうさせないだけの魅力がある。
それこそが、ダンジョンの砦に存在する碑文に書かれた“宝物”の存在だ。
まぁ、これについてはあえて深くは語るまい。
地下の迷宮だ。当然、宝は存在するに決まっている。宝の無いダンジョンなど、嫌がらせ以外の何者でもない。
……が、しかし今回刀装神ガシュカダルによって“信仰の剣”を隠されたダンジョンは、あまり美味しいダンジョンというわけでもないようである。
まぁ、変に黄金のクローみたいなお宝が置いてあるようなダンジョンに潜ってこいだなんて言われた日には、生きて帰って来れる気がこれっぽっちもしないので、全然構いやしないんだけどさ。
「見えてきました。あれが近郊にできたという砦ですね」
「おおー……あれがダンジョンの入り口か」
思い立ったらすぐ行動。善は急げ。
俺達は町長さんの話を聞いてすぐに、ダンジョンへの入り口へ足を運んでいた。
今日はなんとも行動的な一日である。雨も上がり、一日宿にいた反動がここで来ているのかもしれない。
「ねえねえ、あれ、石のおうち?」
「あ、アレはダンジョンだよ。魔獣がいっぱいいて、アブないトコロなんだ」
「ふーん」
ペトルは俺の背中におぶさるように乗っかりながら、ぴょんぴょんと跳ねて、離れた場所に頭だけ出ている石の砦を見ようとしている。
隣を歩くギンはペトルの疑問に答えてやっているのだが、果たしてペトルがちゃんと聞いているのかは、謎である。いや、多分聞いてない。
「てどり」
「砦な」
そんな感じで、砦の前にやってきた。
大きさは、チェスザムの町で見たような円柱状の家の多くとほとんど同じくらいであろうか。
中に罪人でもぶち込まれていそうな、簡素で、どこか寒々しい、石造りの構造物である。
「入りましょう」
「え、いやクローネ。入るつもりで来たけど……そんな軽い気持ちで入って良いのか?」
「砦の入り口は問題ありません。階段を下ってからが本番ですからね」
そう言って、クローネは砦の正面にある大きな木製の両開きの扉を開いていった。
彼女の言った言葉は正しく、まぁ当然だったのだが、内部にいきなり薄暗いダンジョンが広がっているということはなかった。
外から見た大きさと同じ、石で囲まれた小さな空間がそこにあるだけである。
「しかも吹き抜けか」
それに、天井がない。円柱状で、筒みたいな建物だとは思っていたが、これでは本当に筒である。昼の明かりが真上から差し込んで、内部も煌々と明るかった。なんともシュールな建物である。
しかし、この筒建築の中央には、肝心のものがしっかりと存在していた。
「おほーっ、なんだかすごい!」
「あ、アブないって。近づいたらダメだよ」
ペトルが興奮したように駆け寄ろうとしたのは、地下へと続く大きな階段。
学校の階段くらいの幅があるだろうか。それなりの高さも取られたその石階段は、まっすぐ暗がりの中へと続いている。
……筒の中までならまだ雰囲気も屋外とそう変わらないが、この階段を降りていけば、もう異世界だ。
俺は深くへ続く闇を見つめて、喉を鳴らした。
「ダンジョン深部にある宝物一覧……治癒の聖水、モビーロッド、ロングソード、マナライト……」
「お、それがさっき言ってた宝物か?」
「……そうみたいですね」
俺がダンジョンの入り口に気を取られている中、クローネは砦の壁面に刻まれた文字を読み上げていた。
宝物一覧。聞きなれない名前もあり、なんだか未知の冒険を前に心が奮い立たされるようだ。
「すごい。本当にわざわざ潜ってまで取りに行く必要のない品々ばかりです」
「まじっすか」
「ええ。私がどれだけ戦いに秀でていても、迷わずここで引き返すくらいには……」
クローネが酷評するレベルって一体どうなってるんだよ。
ミミルドルスさん、このダンジョン誰も入ろうとしてないけど、これでいいんですか。




