保証人は安請け合いしてはならない
『他者の信仰に口出しするとは……知らぬ間に、人族は随分と偉くなったらしい』
「!」
空に満ちていた銀色の輝きから、巨大な光の剣が降りてくる。
目にも留まらぬ速さでこちらへ降ってきたそれは、俺の眼前でピタリと停止した。
まるで、ダイヤを燃やしているかのような暴力的な白銀の閃光。それが刃の形を成して、俺の目の前で牙を剥いている。
初めて見る物体というかエネルギー体ではあったが、それに触れればスッパリと鮮やかに切断されたり、燃やされて灰になったりするのは間違いないだろう。なんとなくわかる。
『奴は俺が与えた信仰の剣を、あろうことか刃を土の上に晒したまま放り出し、自前の斧で薪を割り始めた。剣の神たるこの俺を主信仰していながら、この粗末な扱い。到底見過ごすわけにもいくまい』
ガシュカダルは更に剣呑な口調を強める。
……なるほど事情はわかった。
ガシュカダルは、ギンの剣の扱いを不満に思って、剣を取り上げたんだな。
まぁ言い分はわかる。確かに、神様の剣を土に直接晒したりっていうのは、かなり粗末な扱いだ。これは間違いなくギンが悪い。
『その上、俺の剣は土に放っておきながら、斧はしっかりと切り株に刺しているときた。奴は俺の剣を薪割り道具以下だと言っているのだ』
「それは……確かに……」
『わかったな。そういうことだ。奴に赦される道理は無い』
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺はなんとなく遠ざかってしまいそうなガシュカダルを、大慌てで引き止めた。
うん、ギンは悪いことをした。彼の言う通り、神様に対してものすっごく無礼なことをしてしまったのかもしれない。
だが、あいつはまだ子供だ。子供だから別に良いじゃないかとまでは言わないが、ギンは元々虫族の子供なのだ。
ギンがここでガシュカダルに見捨てられてしまえば、彼女はもう本物の虫に戻ってしまい、人間ではなくなってしまう。
それはひょっとしたら、死ぬよりも酷い事なのかもしれない。
「ギンにチャンスをあげてや……あげてください!」
『……ほう? それは、我々に対する“過ぎたる願いの要求”か?』
過ぎたる願いの要求。
その言葉には聞き覚えがあった。
以前にミス・リヴンにカードバインダーを要求した時にも出た、“願い”を示す言葉である。
この世界における神様への願い事は、ただ“これがほしいなー”という独り言では済まされない。
人は自らでは到底成し得ることの出来ない願いを叶えてもらう代わりに、神によって大変な試練を与えられるのだ。
「……ああ! そう……です。はい。願い事です」
俺はその場の勢いで啖呵を切ってやりたいところだったが、相手は神様である。中途半端なところで口調が日和ってしまった。カッコ悪い。
『ほう……ギンに信仰の剣を再び与えよ、と。それを、貴様が要求すると』
「……はい」
『それは貴様による願いの要求だ。試練を受けるのは貴様であるし、剣を与えられるのはギンのみだ。貴様には一切の見返りが存在しない』
「わかってます」
『ほう?』
「それでも、あいつは見捨てられないんです」
俺は目の前で威圧する巨大な銀剣のオーラを睨み、そう言い放った。
発端は、あいつ自身の不勉強や失敗だったのかもわからん。
性格そのものがちょっと抜けていたり、ずぼらな所があるのかもわからん。
だけど俺は、理不尽な暴力を受け、雨の中誰にも手を差し伸べられずに倒れているあいつの姿を見てしまったんだ。
……小さいころの俺に、あまりにもそっくりな姿だった。
種族も性別も生い立ちも全く違うとはいえ、俺にはギンが他人とは思えない。
「あいつを助けてやりたいんです」
『……ククク』
キリッ、って感じで俺が決意を新たにすると、ガシュカダルの曇ったような笑い声が耳に響いてきた。
嘲るような、どこか悪役っぽい含み笑い。
『ハーッハッハッハッ!』
しかもその次に来たのは、もう魔王とかそこらへんのやつがやりそうな高笑いであった。
直前に身の程知らずの正義感溢れるお願いをしてしまっただけに、超怖い。
『クックックッ……面白い。触らぬ神に祟りなしだが、義を見てせざるは勇無きなりとも云う。剣を振るうのは、常に勇ある者にこそ相応しい』
が、俺の抱く不安に反して、ガシュカダルの言葉はどこか上機嫌で、嬉しそうなものだった。
それと共に、俺の目の前に伸びた刃状の輝きが変形し、一本の小振りの剣を形どってゆく。
「あっ!」
輝く光が収束した時、そこには初めて目にするものの、俺の探し求めていた剣があった。
子供用の、小振りなショートソード。間違いない。これは、ギンの使っていた信仰の剣だ。
『ヤツシロ。貴様に試練を与えてやろう! 今から俺は、この信仰の剣を外界に落とし、地面に突き立てる。貴様のすべきことは簡単だ。地面に突き刺さったこの剣を、貴様が引っこ抜く。それだけでいい』
「……剣を探して、抜け……ってことですか」
『いかにも』
ああ、なるほどな。でも、ただ引っこ抜くだけじゃないんだろうなぁ。
『ただし! この剣を突き刺す場所は、チェスザム近郊に存在する小迷宮の最深部。地下五階の最奥の間だ』
「め、迷宮……?」
え、ちょっとまって、迷宮って……。
『魔獣が犇めき、闇の眷属共が跳梁跋扈する地下迷宮。友の剣が欲しくば、闇で満たされた地下迷宮を攻略し、最奥まで到達して見せるが良い! 時間はくれてやる、俺はいくらでも待ってやろう!』
「え、あの、すいませ……」
『もっとも、それまでにギンが人間としての霊格を保っていればの話だがな! ハッハッハッハッ!』
「ちょ……」
俺が呼び止める間もなく悪役っぽい笑い声は遠ざかり、俺の精神もどこか別の場所へと引っ張られていった。
最後に言おうとした言葉も口に出せないまま、俺は心の中で悪態をつく。
……ダンジョンなんて、あるのかよ!
『面白い。人とはやはり、こうでなくてはな』




