何故訊かずに自分で判断した
クローネが天を仰いで呪文を紡ぐと、空から一筋の光が落ちてきた。
光はクローネの前で四角い姿を形取り、祭壇へと変化する。
『光の祭壇』。
彼女が宣教師の仕事をしていた時に使っていた、神様の祭壇を創り出すスキルだ。
しかし、どうして今ここで祭壇を出したのだろう。それも、教布神エトラトジエの祭壇を。
確かエトラトジエという神様は、布教を司る神様だったはずだが……。
「教布神エトラトジエの力をお借りし、神器の行方を調べようと思います」
「そんなことができるのか?」
「簡単な捜索であれば可能です。教布神エトラトジエは、信仰に纏わる神器に対して縁を持っていますからね」
「ほー……」
「おほー……」
林の中に現れた、神々しく輝く祭壇。俺を含め、皆がこの神々しい物体を見つめている。
するとクローネは荷物の中から何かを取り出して、祭壇の上に静かに置いた。
台の上に静かに転がるもの。それは、一本の使いかけチョークであった。
……いや、なんだそれ。
「さて、ギンさん」
「は、ハイ」
「貴女が今持ち合わせているもので、刀装神ガシュカダルに関係のある品はありませんか?」
「……剣はナいです」
「剣でなくとも、貴女が使ったことのある刃物であれば構いませんよ。もしくは信仰の剣を研いだ砥石でも構いませんし……」
「あ……それならあるカモ……エエト」
促されたギンも、自分の細い腰に巻きつけていたポーチのような小物入れを探し、程なくしてそこから小さな石の欠片を取り出した。
砥石と呼ぶにはかなり小さい気もするが、この世界ではそれが常識なのかもしれない。
「はい、ではその砥石を祭壇の上に」
「ハイ」
祭壇の上に並ぶのは、白いチョークと小さな砥石。
改めて見ても、なんだかよくわからん品々である。
「今から教布神エトラトジエに石灰棒を捧げ、ギンさんと刀装神ガシュカダルとの縁を結ぶ品から、同じ縁で結ばれている信仰の剣の行方を啓示していただくのですよ。剣が消えたここに祭壇を置けば、調査はより正確なものになるはずです」
……ああ、チョークは単純に神様へお願いするための捧げ物で、砥石は証拠品みたいなものってことか。なるほどな。
しかし、神様に対しては何をするにも、霊力を捧げなくてはならないらしい。
もしかしたらこの世界では、霊力なんていうのも金で取引されているのかもしれないな。
クローネがその場に膝をつき、手を組んで祈りはじめた。
すると彼女の体から仄かな輝きが溢れ、目の前にある祭壇へとゆらめき、静かに繋がる。
その後は身動きもなく、無言。どうやら今、クローネは神様とお話中のようだ。
「ギン、見つかるといいな」
「うん」
クローネが祭壇と向き合う姿を、ギンは緊張したような面持ちで見つめていた。
「だめでした」
で、立ち上がったクローネの第一声がこれである。
あまりにも淡々とした表情と簡潔な一言だったので、ギンは一瞬何を言われているのかもわからない様子であった。
「エ……? だ、ダメっていうのは、あの……」
「クローネ、どういうことなんだ?」
「まあ、駄目といいますか……どこにあるかも、探しても見つからない理由も、判明したのですが……」
クローネはどこか言いにくそうに口を噤み、気難しそうな目を空に向けた。
「……どうやら、ギンさんの信仰の剣は今現在……刀装神ガシュカダルが所持しているそうなのです」
「……は?」
俺とギンはほとんど口を揃えるようにして、呆けた声をあげた。
光の祭壇が消えた後、俺達は手頃な切り株に腰を下ろし、輪になった。
そこでクローネは、教布神エトラトジエとのやり取りで聞いた信仰の剣にまつわる話を聞かせてくれた。
「剣の在処はすぐに判明しました。ギンさんの信仰の剣は、霊界にあります。それも、刀装神ガシュカダルが所有する形で」
「な、どうしてワタシの剣が、ガシュカダル様に……?」
剣は見つかった。しかし手の届かない、どうも複雑そうな場所にある。
その結論にギンは不安になって、おろおろするばかりであった。
そりゃそうだ。相手は神様で、その上ギンが信仰する神様でもあるのだから。
「私も気になりましたので、教布神エトラトジエに訊ねました。下賜されたものが勝手に神の元へ返還されることなど、あり得ないことですから」
「じゃあどうして?」
「……すみません。そこまでは、私にも。これ以上は、刀装神ガシュカダルに直接訊ねる以外には知る術もありませんから……」
「ソンナ……」
ギンの頭が、がっくりと項垂れる。
「……じゃあ、直接訊けばいんじゃないか? ギン」
「そ、ソンナ恐ろしいコトっ!」
言ってから少し軽はずみな言い方だなとは思ったが、つい口に出してしまった。
やはりというか、俺の提案にギンはとても怯えたような様子である。
……こっぴどく親に叱られた後、その親に自ら話をしに行くようなもんだからなぁ。確かに、このくらいの歳の子供には厳しいのかもしれない。
が、叱られるのを恐れている場合でもない。何としてでも、ギンはガシュカダルと話をする必要がある。
少なくとも、どうして剣を持って帰ってしまったのかは聞かねばなるまい。
視界の隅でクローネが『光の祭壇』と神との交信によって蓄積した疲労から眠そうにしている中、俺はギンの肩を叩いて言ってやった。
「ギン、確かに怖いだろうとは思うけど……俺は、絶対にガシュカダルと話をした方が良いと思うぞ」
「……けど、ワタシ、神様になにか悪いことをしてしまったのカモ……」
「どうなんだろうな……俺は神様への作法も、ギンのやっていた事も知らないからなんとも言えないけど。でも、本人に聞かないことにはわからないんじゃないか?」
「……」
ギンは背を丸め、無言のまま俯いた。
「俺もついててやるから、とりあえず訊くだけ訊いてみようぜ。その剣がないと、ギンはすごく困るんだろ?」
「……ウン」
「じゃあ、決まりだな」
突然消えた信仰の剣。そして刀装神ガシュカダル。
信仰してくれているギンがこんなに大変な目に遭っているというのに、その神様は一体何をしているのだろうか。
……とにかく、やはり直接訊いてみる他に術はない。
『確かに、ガシュカダルの所へ行ったと思うけれど……今の、通じたでしょうか。心配だわ……』




