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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 彼の地に堕ちた信仰心
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上目遣いは人を選ぶ

 ポケットから取り出した硬貨をまじまじと眺める。

 隣では、ペトルがほけーっとした顔でそれを覗きこんでいた。


 五百円。それが、俺のポケットからどうにか捻出できた全財産である。

 貧乏だと言うなかれ。元々、俺はメントスを買いにお使いに出かけただけなのだ。

 札なんか持ちだしたら道中で落としていたかもしれないし、財布だったらスリに遭遇する可能性が生まれてしまう。この額で出掛けることが最善だったのである。

 まぁ、携帯がぶっ壊れて見知らぬ場所に流れ着いた時点で、既にそんなことも関係ないんだけどさ。


「シロ、それなに?」

「……資本主義が生み出した最大の武器」


 とはいえ、五百円じゃあなぁ。

 消費税の世知辛い世の中でも頑張れば二人分にできなくはないが、そもそもこの牧歌的すぎる村で、日本のお金が使えるかどうかは疑問である。


「焼きたてのフレークス・ビスケット、十枚4カロンだよー」


 嫌な予感を抱きながら異国情緒溢れる通りを歩いていると、香ばしいパンのような香りが鼻についた。

 美味しそうな気配に目を向けると、そこには屋外に石と土だけでドーム状に組み上げたような物が、地面にデンと置いてある。

 ドーム状のそれは、簡易的な石窯なのであろうか。その傍らでは、汚れた分厚い布の鍋つかみのような手袋をつけたおばさんが、釜の中から出されたのであろう金属製のプレートを手に持ち、香ばしいビスケットを見せびらかすようにして、声を張り上げている。


「おや、そこの変な兄ちゃん。どうだいひとつ、ここのフレークス・ビスケットは美味しいよぉ」


 へんな兄ちゃんと申されましたか。

 いや、まぁ確かにここの人達とはだいぶ違う格好をしているとは思うけれどもさ。


「シロぉ」


 わかってるペトル。皆まで言うな。

 さっきから食いたそうにしてたのは知ってるから。


「あー……えっと、すいません。いくらでしたっけ」

「ビスケット十枚で4カロン! 五枚2カロンでも大丈夫だよ!」


 カロンってなんすか。星の名前だっけ。ボケてる場合じゃねえ。


「あー……4カロン、ですか……」

「んん? なんだい兄ちゃん、お金を持ってないってことはないでしょうよ」


 まぁ、あるにはあるんだが……なけなしの五百円が。


「なんだいそのコインは。……綺麗だけど、カロン硬貨以外は誰も扱っちゃくれないよ」

「日本円なんですけど、駄目でしょうか。大抵は5ドルくらいにはなるんですけど……」

「うーん……」


 おばさん、ものすごく渋ってらっしゃる。

 しかし、この様子を見る限り、日本円もドルも知らないような感じがする。

 カロンなんて通貨単位も、俺が知らないだけだったのかもしれないけれど、全くの初耳だ。

 これは、地球とは違った別世界に来てしまったという可能性も、なかなか馬鹿にできなくなってきたかもしれない……。


「そうだねぇ。見たところ、あんたたちは貨幣袋も持ってないようだし……しょうがない。その変なコインはいらないけど、特別にビスケットを分けたげるよ」

「えっ、そんな、良いんですか」

「んっふふ、そんなに物欲しそうな目で見られたらこっちも弱っちゃうからねえー」


 ふと隣を見てみれば、ペトルがまるでチワワのように瞳をうるませて、おばさんに無言の圧力をかけているようだった。


「……すいません、本当にありがとうございます」


 子供って無敵だなぁ。




 ビスケット十枚を手に入れた。

 粗く挽いたような、もしくはダマを潰さずそのまま大雑把に混ぜ込んだような、凸凹した表面が特徴の、実に素朴な外見のビスケットである。見た目だけなら、ビスケットよりもクッキーの方が近いだろうか。

 それらを藁半紙のような、和紙のような紙に包まれて渡された。受け取ると、まだビスケットはほんのりと温かく、焼きたてであることがよくわかった。


「おほーっ」


 ペトルは芳しいビスケットを前に、満面の笑みだ。

 俺も腹が減ってはいたのだが、おばさんは彼女のためにあげたのだし、十枚全部を彼女に食べさせてやってもいいかもしれない。


「うーん? 日本……そんな場所、ちょっと聞いたことないねぇ」

「東京とか、京都とか……アメリカでもイギリスでも、なんでもいいんです。名前くらい聞いたことはないですかね」

「悪いね。ちょっと私にはわかんないや」

「ああ……わかりました。変な事聞いてごめんなさい」

「いやいや、良いのよ。小さい子連れての旅だなんて、大変よねぇ」


 そして、優しそうな人だからとついでに聞いてみたのだが、結果は轟沈である。

 日本どころか、世界の主要な国でさえも全く聞いたことがないと言われてしまった。

 今の御時世、上半身裸で槍を持つような辺境の部族たちでも、人類が月に到達したことを知っているような世の中だというのに……。


「うーむ……」


 異世界。良くて、平行世界といったところか。

 俺の不幸は狂気じみてるとは友達の談だが、世界まで踏み外した経験は、さすがの俺もこれが初めてである。

 これは、本格的に不味いことになってきたぞ。


「はい、シロ!」

「ん?」


 俺が悩んでいると、ペトルが目の前にビスケットを差し出していた。


「これ、すっごく美味しい!」

「……ありがとな。一枚だけ貰っとくよ」


 元の世界には帰りたい。だが、今は目の前のことに対処できるかどうかが重要だ。

 俺達は無一文で、家もなく、そのくせ不幸を抱えている。帰れるかどうかは後に回し、今はどうにか生きることを考えよう。

 ビスケット1枚手に入れるのでも、人の温情が必要なのだ。クヨクヨ弱音を吐き、現実から目を背ける余裕はない。

 この子のためにも、俺がどうにか頑張らないと。


「んむ……ん、なんだこれ、超うめえ……」


 ビスケットをかじると、見た目の地味さからは想像も出来ないほどの旨味が口の中に広がった。

 バターやタマゴといった味ではない。小麦本来の味とでも言うべきか、そんな素朴な味をギュッと凝縮させたような風味である。そのくせ噛み締めれば、バターのような油分が感じられる。


「ふう」


 あっという間に一枚を食べきれば、軽く一食済ませたかのような満腹感を味わうことができた。


「美味しかったかい?」

「凄く美味しかったです。本当にありがとうございます」

「良いって良いって、これくらい。んっふっふ」


 おばさんは気分が良さそうに笑った。どういうわけか、ペトルもつられて、朗らかに微笑んでいた。


「……そうだねぇ。あんたたち、もしも困っていることがあるなら、あっちの神殿に行ってみるといいよ」

「神殿? ですか?」


 おばさんは道の向こうを指さしながら、大きく頷いた。


耕穣神(こうじょうしん)様の神殿の横に、バニモブ村の小さな空き神殿があるのさ。今日は町の教会の使徒さんがいらっしゃってるから、訪ねてみるといいよ」

「神殿に、教会……ですか」


 教会と聞くとキリスト教が浮かんでくるが、多分違うのだろう。

 だが、慈悲深い所であれば、哀れな迷える俺達に道案内をしてくれたり、お恵みのパンなんぞをくれたりするかもしれない。


「そこにいけば、きっと貨幣袋も手に入るよ」


 パンだけでなく貨幣袋の配給も行ってるのか。

 どんな教会だ……。


「……何から何まで、すみません」

「いやいや、大したことじゃないよ」

「うふふ、人間さん、ありがとう!」


 とりあえず、俺達二人は空き神殿とやらを目指すことにした。


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