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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 無知と未知への恐怖心
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お祈りメールは出すなら早めに送ってください

 クローネは四角い石の祭壇の前で跪き、祈りを捧げた。

 祭壇の石が全体的に淡く輝くと、クローネの身体の周りで光る霊力らしきオーラの一部が千切れて、祭壇へと吸い込まれてゆく。

 彼女の持つ霊力が、神様のいる霊界へと届いたのだろう。


「お待たせしました」

「いいや、大丈夫。……でもやっぱり、お祈りって神秘的な光景だなぁ」

「そうですか?」


 祈るという行為自体は俺の世界でもあったことだが、こうして日常的に祈らなければならない世界というのは、なんというか独特である。いや、そりゃ異世界なんだから違っていて当然なんだけど。


「シロ!」

「うん? っておい」


 目を離した隙に、いつのまにかペトルが祭壇の上に腰掛けていた。


「ちょ、ちょっとペクタルロトルさん! 教布神の祭壇に腰掛けては……あ、でも原神であれば許される行為……?」

「落ち着け、いかんだろ。ペトル、そこは偉い人だけが居ていい場所なんだから降りなさい」

「むうう!」


 ペトルは頬をふくーっと膨らませ、両手を前に突き出している。降りるつもりはなさそうだった。


「シロ、私にもお祈りして!」

「えええ……お前にお祈り?」

「うん! 私、シロの神様だもん!」


 ……まぁ、俺のステータスには確かにそう書いてあったし、実際そうだけどさ……。

 かといってわざわざ他人様の……他神様の祭壇に腰を下ろしてやることじゃないだろうよ。


「お祈り! お祈り!」

「わかった、わかったって……ええっと、お祈りってどうやれば……」

「祈るんですよ」

「はい」


 何かも感覚的すぎてよく分からなかったが、とりあえず手を組んで瞑目する。

 意識を集中し、なんとなく心の中で感謝の念やら幸運祈願を巡らせつつ、目の前の祭壇に居座るペトルを拝んだ。


「おほー……」

「……」


 うっすらと目をあけると、なんとペトルの体が淡く光っていた。

 いいや、ペトルだけではない。俺からも僅かな光が漏れだしており、それがペトルの方へとゆっくりと流れ込んでいるのだ。


 光を浴びるペトルは、まるで日光浴に勤しむ猫のようにリラックスした表情で、間抜けに口を開いている。


「はい終わり」

「おほーっ!」


 どうやら、俺の祈りはペトルに届いたようだ。

 祈られて何が嬉しいのかは人間の俺にはわからないが、彼女は満足気なので良しとしよう。


「……神様に霊力が捧げられるのって、こんな感じだったんですね」


 俺の隣では、霊力の受け渡し風景を初めて見たクローネが、興味深そうに何度も頷いていた。

 うん。まぁ、みんなに喜んでいただけたのなら何よりです。




 祭壇から離れ、次は別の祭壇へ。次に目指すのは、慈聖神(じせいしん)フルクシエルの祭壇だ。

 日もまだ沈む時間ではないし、今日はこの町に泊まる予定でもあるから、軽い散歩気分である。

 

 途中でクローネが色々な建物を説明したり、俺が変な形の植木について訊ねてみたり、ペトルが美味しそうな匂いに誘われて賑やかな通りに吸い込まれそうになっていたのを慌てて追いかけたりと、静かな道中でも会話は途切れず、飽きることがない。


「クッキー食べたいー!」

「だーめだ! 雨のこと考えたら無駄遣いできないだろ!」

「そんなー!」

「さっきは串焼きも食べたんだから、少しくらい辛抱しとけ!」

「む、むむぅ……しょぼーん……」


 飽きることがない……というより、忙しい。

 ペトルは確かに子供だし少女だが、食に関連する精神年齢はまるで一桁の幼児のようであった。


 ……最初のバニモブ村で食べたクッキーが美味しかったのがいけなかったのだろうか。

 そこで舌が肥えたから、ここまでわがままに……いや、でもそれだけが原因とも……。


「……ヤツシロさん、良いじゃありませんか」

「えええ、クローネ、あんまり甘やかすのは……それにお金も」

「でしたら、私の手持ちのお金を出しますから、ペトルさんに食べさせてあげませんか?」


 クローネは手元の金貨袋に手を入れて、俺に訊ねてくる。


「……うん」


 金を出すのはクローネだ。俺が文句を言えたことではない。実際、俺もペトルに意地悪をしたいわけではないし、クッキーくらいは食わせてやりたいとも思っている。

 しかし、俺の手持ちの金がないのは、紛れも無い事実だ。俺から金を出すことは、やっぱりできない。


 結果、クローネの実費でペトルのクッキーを買うことになった。

 財布を出す女、それを眺める俺。なんと格好の悪いことであろうか。


「クローネさん、ごめんなさい……いつかお返ししますので……」

「い、いえ。これくらい大丈夫ですよ……」

「おほーっ!」


 クッキーを貰えることになって上機嫌なペトルに、精神的に大きなダメージを受ける俺。

 まだ元々の世界にいた頃の就活で、二十回連続で一次面接落ちした時のことを思い出す。今の不甲斐なさは、その十五回目くらいの時にそっくりだ。


「そうだ。ヤツシロさんも、こういう時や非常用のために、いくつかカロン硬貨をお持ちになってください」

「……それもそうだな」


 備えあれば憂い無し。

 公衆電話がこの世界にあるなんざ思ってはいないが、人の手が及ぶ場所であれば、現金は心強い味方になってくれるだろう。

 俺はクッキーの外周をサクサクと回しながら食べていくペトルの顔を眺めながら、数枚の硬貨を受け取ってポケットに仕舞い込んだ。


「……うん? なんだあれ」

「おほ?」

「どうしたんですか?」


 ふと、賑やかな通りの奥のほうで、大きな建物が目に止まった。

 いや、正確にはその建物の前にいる、黒い甲冑を着た一人の衛兵であろうか。


「……すごい、完全武装した人が警備してるんだな、あそこ」


 大きな建物の前に佇んでいたのは、全身を黒い甲冑に包み込んだ番人である。

 昆虫を思わせるような、黒く艶やかな鎧。顔さえも覆う、漆黒のマスク。

 彼は大きな槍を傍らに立て、身動き一つせずに直立していた。

 一体、あの建物には何があるのだろうか。


「あそこの建物は、この町の町長さんが住んでいます。顔役もやっているので、ここでは一番重要な場所なんですよ」

「へえー……」

「入り口の警備をしているのは、虫族の方でしょう。ヤツシロさんは完全武装とおっしゃっていましたが、あれはあの方の生来の姿ですよ」

「ええっ」


 黒い甲冑のように見える、槍持ちの衛兵さん。

 どうやらそれは着込んだものではなく、体の一部であったらしい。


 ……俺は心の中で、ちょっとだけカッコいいなと思ってしまった。


『……? 繋がってるような、繋がっていないような……? 気のせいですかね』

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