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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 無知と未知への恐怖心
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夾竹桃にご注意を


「ねえねえ、お馬さん。お馬さんはそんなに走って疲れないの?」

「疲れないわけじゃないが、これが俺の仕事だからな」

「おほー……大変?」

「嬢ちゃん、大変じゃない仕事なんてものはこの世にはねぇんだ。嬢ちゃんもあと十もすれば、世知辛さってもんを……」

「ねえねえ、この紐引っ張っても良い?」

「やめろ」


 走る馬車の前方では、本来御者が乗るべき位置にペトルが腰掛け、馬と話している。というより、絡んでいると言った方が良いだろうか。

 相変わらず馬はダンディな声色だが、相手がペトルだとどうも空回り気味に見える。


「今日の昼過ぎくらいには、最初の停泊所に着くわけか」

「そうですね。小さな宿場町ですが、信心深く霊力の雰囲気も良い所です。今日はそこで一泊することになるでしょう」


 さすがに整備の行き届いていない路面と馬車の速度では、一日のうちに目的地へ、というわけにはいかないようだ。

 まぁ、俺達はそれを見越した上で、メイルザムで何枚かのカードを売り払って来たわけで、これも計画通り。特に旅に不都合が出ているわけではない。


「問題は、雨が降った時でしょうか」

「雨か」

「はい」


 クローネは緑色の髪に指を差し入れ、そっと後ろへ梳いた。


「今は雨季ではありませんが、天候によっては宿場町の駅に馬車が来ない場合もあるのです」

「……その時には泊まるしかない?」

「その通りです」

「……そうか」


 だとすると心配なのは、金の問題だ。

 何日も宿に缶詰にされると、当然ながら金が減っていく。

 そこそこの旅費と、前もって用意した食料はあるつもりだが、何日も雨が続けばちょっとまずい。

 知らない土地で金が無くなったら、俺達はどうすれば良いのだろうか。


 ……俺が持っているスキルカードを、人に直接売るという手段もある。そうすれば、一日や二日は保つかもしれない。

 けど俺がそうする前に、クローネが自腹を切ってしまいそうな気がする。

 出来ることなら旅費は全て、俺の持っている金だけでなんとかしたいところだ。




 宿場町へは、日が傾き始めて少ししてから到着した。

 澄んだ空には雲ひとつ無い。雨などこれっぽっちも来る気がしないほどの、清々しい快晴である。


「どうもありがとうございました」

「うちのペトルがなんかすいません」

「おほ?」

「何、こっちはこっちで退屈せずに済んで良かったさ。坊主、その歳で大変だろうが、まぁ頑張れよ」


 何を頑張れというのだろうか。

 俺がそう疑問を口にする前に、ダンディな馬は荷台を引いて、ガラガラと厩舎らしき大きな建物に向かって歩いて行った。

 長い間、俺達の他にも何人かの人や多くの荷物を乗せて走っていたので、彼もゆっくり休まなければならないのだろう。

 

「ここは宿場町チェスザム。メイルザムから首都ホルツザムまでの中継地点です。良いところでしょう?」

「おー」


 町は、円柱状の低い塔のような建築物が林立することによって構成されていた。

 長い板材を束ねた建物は、まるで巨大な樽のようである。

 しかし見た目はなかなかお洒落なのだが、あの形は建築的に問題ないのだろうか。強度に難がありそうに見えるが……。


「シロ、シロ!」

「ん?」


 俺が立ち並ぶ樽っぽい建物に目を奪われていると、興奮した様子のペトルにジャージの裾を引っ張られた。


「あっち、美味しそうな匂いがする!」

「……お、本当だ。スモークみたいな、すげー良い匂い」

「これは、モクトーンの串焼きでしょうね。丁度大通りにも用がありますし、寄ってみましょうか」

「食べれる?」

「ええ食べられますよ」

「おほーっ!」


 クローネからの許しが出て、ペトルは心底嬉しそうにぴょんと飛び跳ねた。


 しかし、串焼きか。なんか久々に食欲をそそる名前が出てきたな。

 なんだかんだで、俺もパサパサしたパンには多少辟易していたところである。

 ここでひとつ肉を食って英気を養うのも悪くはない。


 ていうか肉食べたい。匂いだけ漂わせて食うなってのは無理な話だ。絶対に食う。


「ヤツシロさんは、どうですか? 丁度お昼ですし……」

「うん、良いんじゃないか」

「良かった。じゃあみんなで食べましょう」


 ついさっきまで、雨が降った時に金が足りなくなるかもって心配をしていたのにな。

 随分とまぁ、お気楽な旅である。

 けど、精神的なケアを含めた必要経費だと思い込めば、これもまた仕方ないことなのである。

 旅にアクシデントはつきものなのだ。




「おう、いらっしゃい。お客さん運がいいねえ、今は良い部分を出せるよぉ」

「おほー……」


 煉瓦造りの内装に、樽のような木材を貼り付けた外装。近くで見てみると、この町に多くある建築物の仕組みがよくわかった。

 中でもここ、串焼き屋の内装には入念に石材が使われており、容易く飛び火せず、家事になりにくいよう工夫されているらしい。


 ついさっきまで騒がしかったペトルは、店の中に配置された豚の丸焼き、例えるも何もそのまんまケバブな感じの肉塊に、目を奪われているようだった。


「ええと……串を三本ください」

「はいよ、一本12カロンだ。香料は?」

「……ん、ヤツシロさんはどうされますか?」

「香料……? ああ、クローネに任せるよ」


 香料と言われてもピンと来ないので、全てをクローネに丸投げした。

 頭によぎったのは塩とたれの二つであったが、聞かれた言葉のニュアンスとして、きっとそういうわけではないのだろう。


「では刻みの香葉をお願いします」

「あい、少々お待ちを」


 注文が通ると、店主さんらしき人は切れ味の良さそうなナイフを手に、横向きにくるくると回していた豚の丸焼きの表面をスッと削いだ。


「お、おほー……」


 ちょっと回して削ぐ。ちょっと回して削ぐ。そんなことを手早く三回行えば、長めの短冊状の肉が三枚出来上がった。

 店主はそれらを蛇腹のように折り曲げながら、慣れた手つきで歪んだ木串に刺してゆく。


 最後にふりかけのような粉末をパラパラと上にかけてやれば、あっという間に肉の串焼きが完成した。


「はいよ。お嬢ちゃん、熱いから気をつけてな」

「ありがとう!」

「どうも。あ、これお代です」

「おー、美味そうだ」


 一本12カロン。値段は少々高めだが、そこそこ厚めに切られた肉は、一本だけでもそれなりに腹を満たせそうである。


「じゅあわ……んぐんぐ……」

「ははは、美味そうに食ってくれて何よりだ」


 味は、豚の燻製? とでも言えば良いのか。煙っぽい風味が強いが、かなり美味かった。

 しかし独特な風味があるので、子供向けというよりは、大人向けだろう。ビールと一緒に食べると美味いかもしれない。


「おいひー……」

「ふふっ」


 うちの神様はとても幸せそうなので、何よりである。


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