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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 無知と未知への恐怖心
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鞄にも机にもないからって夢の中で踊るのはちょっと

「う……」


 目を覚ますと、そこは宿の一室であった。

 心臓の鼓動がバクバクと鳴って、じっと仰向けになっているだけでも音が聞こえてくる。

 しかも全身が汗だくで、気持ち悪い。

 寝起きだというのに、一日の終わりであるかのような疲労感だ。


「ぷぴー♪ ぷっぷぴー♪」


 金縛りに近い状態のまま寝そべっていると、向こう側のベッドに座りながら、ペトルが透明なフルートを吹き散らしていた。

 演奏でもなければ、音階の確認のような高尚なものでもない。ただ指を適当に置いて勢い良く吹くだけの、雑な騒音である。


「あ、ちょっとペクタルロトルさん……ほらぁ、ヤツシロさんが起きてしまったではありませんか……」

「シロ、おはよー! 朝よー」

「……」


 くいっと頭だけ起こして見回せば、向こうのベッドにはペトルとクローネが座っていた。

 二人共既に簡単な身支度を整えているのか、少なくとも髪の毛が乱れている様子はない。


 窓を見れば、ぼんやりとした薄明かり。

 まだまだ太陽も登り切っていないが、確かに朝と言えば朝ではあった。


「すみませんヤツシロさん。ペクタルロトルさんがどうしても“起こす”って言うもので……まだ出発には早いのに……」

「いや……大丈夫だよ。むしろ、助かった。起こしてくれてありがとう」

「え?」


 俺は気だるい身体を起こし、頭をぼりぼりと掻いた。

 自分の肌の感触。冷たい朝の空気。わずかに明るい部屋。あの恐ろしげな夢の中の出来事と比べれば、この世界はなんて清々しいのだろう。


「……さっきまで、悪夢を見ていた」

「悪夢、ですか?」

「おほ?」


 クローネとペトルが、同じ方向に首を傾げる。


「ああ、酷い悪夢だったんだ。暗闇の中で、俺は身動きが取れずにいて……闇の向こう側から、バケモノがゆっくりと近づいてくる……実は、前にも同じような夢を見たことがあって……」

「……ヤツシロさん、そのバケモノというのは、一体?」


 俺は両手で顔を覆い、ぐいぐいと揉む。

 大きく息を吸い込み、そして吐いた。


「なんか、蛇みたいな……トカゲみたいな顔をしているバケモノだった」

「……蛇」

「ああ。そいつが手を合掌させて、胡座を組んで……」

「あぐら?」


 言葉の意味がいまいちわかっていないペトルはさておき、その隣のクローネには、俺が見たの夢について、何かわかったのだろう。

 彼女は真剣な面持ちで、額の汗を拭った。


「……間違いありません。その夢の中に出てきた蛇の怪物は……闇の神々の頂点に君臨する、悪しき上位神。暗神(あんしん)ザイニオルに間違いありません」




 その後、俺達は泊まった宿で朝食を摂りながら、今朝見た夢について語り合っていた。

 そこでクローネは、俺の見た夢はただの悪夢では済まされないのだと言う。


「下位神の中に、夢神(むしん)アウサリィという夢を司る神が存在します。アウサリィはあらゆる生き物の夢の中に入り込んだり、夢を見させたりするのですが……ヤツシロさんが見たものは、間違いなくザイニオルです」

「……やっぱり、闇の神か」

「生き物は眠りにつくと、その心の一部は広大な夢の世界へと誘われます。……本来、こういった建物は全て魔除けと闇除けの処置が施されているのですが……夢の世界へと抜けだした心は、無防備な状態にあるのです。ザイニオルは、その瞬間を狙ったのでしょう」


 寝ると、夢の世界に行く。

 聞けばなんだか楽しげな言い方だが、あの真っ暗な世界が夢の世界だというのなら、俺はもう一生行きたくない。

 俺が悪夢を見ること自体は珍しくもなんともないのだが、ああして実際並みの身の危険を覚えるような夢は、絶対に御免である。


「俺は間一髪、ペトルの笛に助けられたってわけか……」

「おほー?」


 あまり美味しくないのだろう。ペトルは一口齧ったきり、目の前のパンに手を付けていない。

 彼女はお気に入りのグラシア・フルートを胸の前に抱いて、脳天気に微笑んでいた。


「……私も詳しくありませんが、そのグラシア・フルートには闇を祓う力があると書いてありましたね」

「ああ。夢の中でペトルのフルートの音が聞こえて、そしたらすぐに目がさめたんだ」

「……これも、運が良かったということなのでしょうか」

「……多分な」


 ペトルの様子からして、おそらくそこまで考えて吹き鳴らしたわけではないのだろう。

 彼女はただフルートを吹きたいが故に、吹いたのである。そこに、大きく見積もっても、音で俺の目を覚まさせようとする以上の意図は見えてこない。

 俺はまたまた、慣れない幸運に助けられたわけだ。


「しかし、どうしてあの蛇……ザイニオルが、俺の夢の中に? 二回連続なんて、さすがに偶然じゃないよな。神様ってそうそう、人間の夢の中には入ってこないんだろ?」

「ええ、そちらも偶然とは思いません。ザイニオルの考えはわかりませんが……彼は必ず、何かヤツシロさんに対して目的意識を持って、夢の中に現れたのだと思います」


 偶然ではなく、必然。

 確かな意志をもって、俺の夢の中に入り込んできた。


 暗神ザイニオル。

 ……そいつに目的があるとしたら、少なくともそれは、ただ俺を悪夢によって苛みたいだけではないのだろう。


「……まさか、ザイニオルはペクタルロトルさんを狙っているのでは……」

「いや、まさか……ペトルは人々はおろか、偉い神様達からも忘れられてるんだろう?」

「あ……そうでしたね。うん……」


 ペトルは、元々は原神だった。

 それがアホみたいなエピソード故に下界へと落っこちて、今では俺らと一緒に安い宿の飯を食うようになっている。

 悪い神が、そんな弱い状態のペトルを狙っている。確かにそれはあり得そうな話ではあるが、ペトルの存在はそもそも、この世界における他の原神ですらも覚えていなかったのだ。

 いくら不気味で底知れない神様とて、ペトルの現状を知っているということはないだろう。知っているのは、俺とクローネと、万神ヤォだけなのだから。


「……ねえねえ、クロー、そのお肉、ちょっとちょうだい?」

「え? これですか? はぁ、ペクタルロトルさんがそう仰るのでしたら……」

「こらクローネ、甘やかすな。おいペトル、人のもんを食いたいならまずは自分のパンを食ってからにしろ」

「そんなー……」


 暗神ザイニオルが、どうして俺の夢に入ってきたのか。

 俺をどうするつもりなのか。奴の目的はわからない。


 ただ、今日から俺が無防備に寝れなくなったことだけは、間違いないだろう。




 その後俺達は朝の市場で、本格的な長旅用の道具を買い揃え始めた。

 必要なものは、クローネの大きな荷物の中にほとんど入っているらしいのだが、彼女は今朝の話を聞いて、追加で揃えなくてはならないものができたらしい。


「おういらっしゃい、綺麗なお嬢さんたち」

「どうも」

「おほー?」


 やってきたのは、雑貨露店のひとつ。

 メイルザムを出入りする旅人や商人たちのために、様々な品物を取り揃えているようだ。

 ぱっと見た限りでは、不思議な形をしたランタンであったり、石でできたナイフであったりと、キャンプ用品店のような品揃えをしている。


「この大蝋燭をいただけますか?」

「おう、リカル油入りの大蝋燭ね。16カロンだよ」

「……うーん、16……」


 クローネは、どうやら風呂敷の上にごろんと横向きに置かれた、長さ三十センチほどの長い蝋燭を買いたいらしい。

 値段は16カロン。だいたい一食分である。そう考えると、ただのキャンドル費用にしてはかなり割高に感じられた。


「……少し前までは、14カロン程だったはずなのですが」

「16ったら16だ。これが相場なんでね。悪いけどまけてやれないよ」


 俺には相場なんちゃらなんてものは、この世界ではわからない。

 人々の平均年収とか、食費とか、もろもろの生活費とか、おそらくは存在するであろう税金のシステムも、全く知らないのだ。


 しかし、俺の勘は言っている。

 この露店商のおっさんの言う相場は、どことなくウソっぽい。


「あー、見てみてシロー、クロー。あっちに同じのがもっと安く売ってるー」

「え、ペクタルロトルさん、それは本当ですか?」

「へ? あ、いやちょっと待ってくれよ」

「おお、でかしたペトル。じゃあそっちのを買うかぁ。この店は相場よりも割高みたいだしなー」

「うぐ……うぬぬぬぅ……」


 結果として、俺達は大きな蝋燭を、なんと角が少し欠けているというだけの理由で、13カロンで購入することができた。

 聞いたところによると、やっぱり蝋燭の相場は一本14カロンらしい。


 あの露店商も欲張って吹っかけなければ、ちゃんと正規の値段で売れたのにな。


「それでクローネ。その蝋燭って、何に使うんだ?」

「これは、闇除けの蝋燭ですよ。芯の中に神聖な油が染み込んでいて、夜に灯しておくと、強力な闇除けになるのです」

「ほおー」

「これを近くに置いておけば、ヤツシロさんは悪夢を見ずに済むかもしれません」


 なんと蝋燭は、まるっきり俺のためだったのか。

 なんだか嬉しいような、申し訳ないような。


「さあ、買い物は済ませました。次は明るいうちに、馬車に乗り込んでしまいましょう。目指すは首都のホルツザムですよ」


 買い物、道案内、世界の仕組みから神様のお話まで。

 あらゆる場面で頼りになるクローネであった。


 もし俺が他の人を信仰できるとしたら、間違いなく彼女を崇めるだろう。

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