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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 無知と未知への恐怖心
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夜に爪を切ると音がうるさい

『あれ……?』


 眼を開くと、俺は闇の中を漂っていた。

 先ほどまで眠っていたような、いい気分だった気がするのだが……気のせいだったろうか。


 ……それにしても、ふわふわと水の中で揺らめくような心地良さである。

 このまま目を瞑って十数秒もすれば、ぐっすりと全身の疲れが取れるような眠りに落ちてゆけるかもしれない。


『……ん? いやいや、待てよ』


 そのまま本能的な眠気に身を任せてしまおうかとも考えたが、俺はすんでのところで思い出した。


 俺は一度、この闇一色の世界に来たことがある。

 今こうして見ている世界と同じ、どこを見回しても闇だらけの世界に迷い込んだことが、ほんの少し前にもあったのだ。


 そしてその時、俺は……ある恐ろしいものに遭遇したはず。


 闇の中で、ぽつんと一つだけ確かに存在する異物。

 何も見通すことのできない暗黒の中で、一点だけ鮮やかな色を落としたかのような、存在感ある化け物。


『これって……またかよ……!』


 気がつけば、視界のずっと向こう側に、トカゲ頭の化け物の姿が現れた。

 胡座を組み、細い腕で合掌し、左右の目をギョロギョロとあちこちに動かしながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


 そう、俺は完全に思い出した。

 というか、なんだって今まで忘れっぱなしのままでいたのだろう。

 確かに夢の中の出来事っていうのは、起きてからそうそう長く覚えていられるものではない。だが……あれだけの恐ろしいものを目にしておきながら、どうして俺はすぐ近くのクローネに相談しなかったんだ。


 いや、悔やんでも仕方ない、寝起きだったんだ。反省会は起きてからやればいい。

 今はとにかく……ゆっくり近づいてくるあのトカゲお化けから、逃げないと。


『くそ……動いてる気がしねえ』


 俺はもがき、闇の中で四肢を動かす。

 が、身体は闇を掻くばかりで、プールの中で適当に泳ぐほどの推進力も生み出していないようだった。

 その証拠に、向こう側から胡座のままの体勢で迫り来るトカゲお化けは、先ほどと何ら変わらない針路で俺の方へと向かってくるようである。


 このまま、あのトカゲ人間とかち合ったら……俺は一体、どうなるのだろうか。

 そもそも、俺はあのトカゲ人間をハナから悪いものだと決めつけているが、それには何の根拠もない。あれが闇にまつわる何かなのかも、神様にまつわる何かなのかも、ちっともわかっていない。

 ひょっとしたらあのトカゲお化けはとても高位の優しい神様で、俺に触れたらその瞬間に元の世界に返してくれたり……アホか。


『う、動け、少しでもいいから……!』


 あの化け物の正体は知らない。だが俺にはなんとなく、勘だけでわかる。

 あれは、危険なものだ。人間が関わってはいけないような、ひどく悍ましい存在だ。

 触れたらきっと、タダでは済まない。最悪の場合、死ぬまでは考えなきゃいけない。


 あらゆる身の危険を、最初から“死ぬほどやばい”ものとして対処して生きてきたこの俺をして、“確実にヤバイ”と悟らせるものだ。

 頑張って、この闇から、あのトカゲの進む先からわずかにずれるだけでも、動かなければ……。


 だが、俺の身体は一向にその場から動かない。走る真似をしても、平泳ぎの仕草をしてみても、身体は前にも後ろにも進まない。

 そうしている間に、向こうからはどんどんトカゲが迫ってくる。


 俺と奴とを隔てる距離はもう、十メートルも無くなっていた。


「おお……感じる。感じるぞ。目には映らなくとも、そこにいる“何か”が……オレには、感じられるぞ」


 トカゲは直ぐ側までやってきた時、クチバシのような大口をグワッと開いて、そんな言葉を発してみせた。

 人間の言葉を喋った。今更そんなことで驚きはしなかったし、言葉から伝わった明確な“恐ろしさ”を前にしては、悠長なことを考えてもいられない。


 もう、逃げられない。この場からは、動けない。

 でも、諦めたらそこで人生終了だ。少しでも可能性があるのであれば、俺はそこに賭けるしかない。


「さあ、どこにいる……」


 すぐ目の前にまでやってきた、トカゲお化け。このまま数秒後には、奴の組んだ胡座が、俺の身体にぶつかることだろう。


『くっ……』


 動けないなら、動けないなりにやるしかない!


 俺は全身全霊の力を振り絞り、その場で身体をぐいっと大きく反らせた。

 数十秒も続けていれば間違いなく腰を抜かし、ヘルニアを患い、下半身が動かなくなるかもしれないような、無茶の一言に集約されるようなエビ反りだ。


「ここか。それとも、そこにいるのか」

『……!』


 恐怖と純粋な体勢の辛さで、全身がぷるぷると震える。

 しかし俺の無茶の甲斐もあってか、迫り来るトカゲお化けの胡座を、僅かな差でやり過ごすことができているようだ。


 大きく反った背中のすぐそばを、人ならざる者の膝が掠めるように過ぎ去ってゆく。


「どこだ。どこに隠れている」


 やがて、トカゲお化けは完全に俺を通り過ぎ、後ろ側へと流れていってしまった。

 俺は振り向いてそのことを確認すると、強く曲げていた背を戻して、大きな息を吐く。


 危機は去った。

 どうにか無事にやり過ごすことができた。あとは、一直線にやってきたトカゲがどんどん遠ざかるのを、ここでじっと見守るばかりである。


 ……そう、楽観視していた。




「うん? 通りすぎてしまったか」


 過ぎ去ったはずのトカゲお化けが、離れてゆく途中でピタリと動きを止めた。

 そればかりではない。奴はゆっくりと身体をこちらに向けて、進行方向まで変えてきやがったのである。


「上手く隠れていたのだとすれば、なかなかのものだ」

『嘘だろ……』


 危機は去ったと思った。同じ大ピンチなんか、二度も来ないと思っていた。

 だがそれは、まったくもって甘い考えであった。

 奴は再び、俺に目掛けて近づこうと来ようと考えている。


 背中をぐんと曲げるような回避は、そう何度もできるものではない。それに、毎度毎度都合よく、近づいてくるものを避けられるような便利な体勢でもなかった。


「さあ、早くオレの前に姿を現せ」


 再び、トカゲのバケモノが襲い掛かってくる。今度はもう、絶対に回避はできない。

 絶望的な未来が確定したその瞬間、都合が良すぎるタイミングで、最高の奇跡はやってきた。


『ぷぴー♪』


 どこからか、下手くそなフルートの音色が響き渡った。

 下手くそな、単音を力任せに吹いたような、技術も感情なんてものもない、ただの大きな音である。


 だがその音はどこまでも綺麗で、澄んでいた。


「む、これは……おのれ、光輝神(ライカール)の力が介入してきたか」


 俺の目と鼻の先でトカゲ人間が停止した瞬間、闇の世界は急速に晴れていった。



『ライカール、夜闇の中ですらオレの邪魔をするというのか。貴様もアレを知っているのか』

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