旅行先で枕の下に財布を入れるな
「おお、ホワイトペーパーですか、ありがたい。これはいつ、どれだけあっても困るものではありませんからな」
「買い取っていただけるんですか」
「ええもちろん。ギルドの依頼書、報告書、紹介状、保証書……あらゆる組織のどんな場面でも活用できる、非常に便利なアイテムですからね」
今俺は、クローネに連れられてメイルザムの卸売業者の店に足を運んでいる。
この店では町の様々な店が取り扱う消耗品や資材を取り扱っており、同時に個人からの買い取りなども行っているのだという。
ここから、様々なギルドや小売の方へ、品物が流れてゆくのだろう。
店主の男は、てろてろと輝く艶やかな革靴を履いており、服よりもそっちの方がとても目立っている。
服の方は、確かにこの世界では結構な高級品なのだろうが、俺の現代人的な目線から見ると、ちょっと粗めな質感のスーツを着ているといった風だった。
布の加工よりも、革の加工の方が技術として進んでいるのだろう。なかなか面白い現象だ。
「……ところで、後ろのお嬢さんは一体……?」
「え? ペトルのこと……おいこらペトルー」
「おほ?」
「おほじゃない。お店の商品で遊ぶんじゃない」
「シロ? シロそこにいる?」
「その頭に被ってるバケツを外しなさい。……すいません、こいつ世間知らずなもので……」
「え、ええ、まあ……」
ちょっとしたトラブルはあったものの、取引は特に問題もなく行われた。
紙はそこそこ需要があったらしく、90カロンで買い取ってくれた。これはそのまま、カードの状態でなくとも保存がきくため、扱いやすいのだとか。
扱いにくいものとなると、じゃあ『アイシング・キューブ』の方はどうなんだろうと心配になったのだが、そちらの方はむしろどれだけ在庫があっても困らないらしく、このカードだけで一枚100カロンで買い取って貰えた。
水にもなるし、保冷剤にも使える。メイルザムは比較的良質な水に恵まれてるらしいが、それでもこの値段だ。
現代の科学力は凄いなぁと思わされた取引であった。
「結構、お金が入りましたね」
「あんなに高く売れるなんてなぁ」
「そういうものですよ。紙はあらゆる仕事に使いますし、氷は食物を長持ちさせるのですから」
手に入ったカロン硬貨はクローネに預け、今はバインダー内の整理中だ。
せっかくなので、俺は露店で財布代わりになるような袋でも買おうかと思ったのだが、お金をジャラジャラと鳴らして持ち歩くのは非常に物騒らしく、割りと強めに反対されてしまった。
しばらくの間、お金の管理は『カルカロンの貨幣袋』を持っているクローネに一任することになるだろう。
女に金を出させる男ってのも格好悪い構図だが、確かに、実際に危険が降りかかってくるよりかは随分とマシである。
カルカロンの貨幣袋に入れられたカロン硬貨は、その重さをかなり軽減する。
また、貨幣自体の体積を非常に小さくする。簡単にいえば、お金が沢山入る袋ということだ。
何より、この貨幣袋に入れられたお金は、本人にしか取り出せない。
それそのものが金庫としての役割を持つこの貨幣袋。寄せられる人々の信頼は、非常に篤い。
……何が居るかわからない世界だ。山賊なんかも、極普通にいるのかもしれない。
俺達の旅がどれほどになるかはわからないが、なるべくクローネの言葉に従っておこう。
「それでは、ヤツシロさん。そろそろ灯りを消しますよ」
「ああ、そうだな。明日に備えて、早めに寝ておくか」
宿に戻った俺達は、既に外が暗くなり始めたこともあり、寝る支度を整え始めていた。
街灯が少なく、夜闇の深い世界だ。一日の半分は太陽の動きに忠実で、暗い時間なのである。
なのでこの世界における活動時間は、夕暮れまで。あとはもう真っ暗で、とてもではないが外套の無い場所をうろつくことはできない。
しかも理由は、そればかりではない。
この世界における“夜”というのは、闇の神々の時間でもあるのだ。
闇の神々、そしてそれらを信仰する人々は闇の信徒と呼ばれ、ほぼ百パーセントが犯罪者であるという。
そのため、夜に外をうろつくのは自殺行為であるというわけだ。
「ねえシロー、一緒に寝よう?」
借りた部屋には、ベッドが二つ。当然、ベッドは男と女で分かれて使う。
成人男性用の大きめのベッドであるため、小さいペトルとクローネが一緒であれば、さほど無理というわけでもない。俺も無理に床で寝たくはなかったので、俺だけ別のベッドで寝ようと思っていたのだが……。
「ペトル。お前も神様とはいえ一応は女なんだから、クローネと一緒に寝てなさい」
「そんなー」
何故か、こんなお父さんみたいな事を言わなきゃいけない事態になっている。
「あの、ペクタルロトルさん。こうして同じ部屋で寝る時点で常識的ではないのですが……やはり、同じベッドというのは、その。良くないと思いますので……」
「私、シロと一緒に寝たい……」
「うーん……」
どうも、ペトルは女のクローネよりも、俺と一緒に寝たいらしい。
クローネは神様に拒否されたことがショックなのか、複雑そうな表情である。本人に言われちゃ、無理に駄目とも言えない立場だもんな。
しかし、俺は聖職者ではない。
「だーめだ。お前はあっち!」
「おほ?」
ペトルの脇を掴んでぐいっと持ち上げ、クローネのベッドまで運搬する。
「はい!」
「おほー!?」
そして廃棄。ベッドにぼとん。
完璧な力技であった。
「ペクタルロトルさん。ヤツシロさんもああ言ってますから……」
「むー……」
「はい、じゃあ二人共、おやすみなさい」
「ええ。では、灯りを消しますね」
「むーむー……」
そんなこんなで、無事に今日も終わってくれた。
バッタを駆除して、資材を売って。なんだか段々と、俺のこっちでの生活も人間らしくなってきた気がする。
あとは、ペトルがもうちょっと大人しくなってくれれば良いんだが……。
神様だっていうのに、どうしてあんなに聞き分けの無い子供みたいな性格してるんだろうか……うーん……。




