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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 彼の地に堕ちた信仰心
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右の壁に手をついて安心する奴は愚か

 品種不明の見慣れない木々の間を歩き、奥を目指す。

 ペトルに抱っこしろと言われて断った俺ではあるが、森の中は下草や細い枝が邪魔をして、彼女をそのまま歩かせるには少々険しすぎた。


 なのでせめてもの男気と、彼女の手を握り、枝葉をかき分け、自らを盾にするようにして進んでゆく。

 前と後ろに気を配りながら歩くのは少々しんどいが、少しの辛抱と諦めよう。

 名前もわからないツノイノシシに串刺しにされているよりはずっとマシな状況だ。


「お?」


 そうして数十分も延々と歩いていくうちに、俺達は開けた場所に躍り出た。


「おほー」

「おおお、良かったぁー……やっとだよ……」


 俺達が踏みしめた場所は、ほとんど土を踏み固めただけの粗末なものではあったが、ちゃんと人の意志を感じさせるような、幅三メートルほどの道であった。


 人の手の入った場所が、これほどまでに落ち着けるとは。

 だが……。


「どこだよここ……」


 相変わらず、ここがどこかはわからない。

 規模の大きな森林とこのような田舎道、少なくとも近所でないのは確かだ。

 かといって、最寄りの山っていうのもピンと来ない話である。


 俺は一体何をどうやって、こんな場所にまでやってきてしまったのだろうか。


「なあペトル」

「ペトル? 私はペクタルロトルっていうのよ?」

「呼びにくいから良いだろ、ペトルで」


 今更ちゃんと覚えていなかったとは言えない。

 ペクタルロトルちゃんね。はい、オーケー。もう覚えた。

 でも呼びにくいからペトルな。どこ人だよほんと。ユーロ圏の辺境かどっかか。


 いや、そんなことは今はどうだって良い。


「ペトル、ここらへん見覚えないか?」

「全然」


 即答か。


「私、こういう所は初めてなの。とっても楽しいわね」

「……そうか、都会っ子だな」


 もしくは、相当な箱入り娘か……。

 こりゃあ本格的に、どこぞのお嬢様って線も現実味を帯びてきたかもわからんね。


「あ! シロ、あれ見てあれ!」

「シロってなんだ、パンダの次は犬みたいな……おっ」


 お返しとばかりに付けられた俺のあだ名に反応する間もなく、ペトルが指差した方角に眼を向けて、俺はおそらく今日一番のテンションになった。


「家が見える……!」


 土で出来た道の遥か向こう、青白く霞んだ山々の下に、くっきりと家らしきものの並びが見て取れた。

 距離は、そう遠くない。工場か焼却炉か、白っぽい煙が上がっているのも見える。


 東京からはかけ離れた景色に、おいおい一体どこの田舎だよって感想も頭に浮かんできたが、背後から猛獣に襲われるのではという不安から逃れられるのであれば、栃木だろうと群馬だろうと大歓迎である。


「行こう、ペトル。もうちょっとで人のいる所だぞ」

「おほーっ、とっても楽しみ!」


 俺達は目に映る終着点に元気づけられて、悪路で疲れた脚を弾ませた。




 途中で見えてきた畑を過ぎて、一本道を歩くうちに、俺ら二人は集落に辿り着いた。


「なんだなんだ」

「変な格好しとるなぁ」


 入ってすぐに立ち止まった俺とペトルに、行き交う住民たちからの好奇の目が突き刺さる。

 だが、それはこちらも同じこと。道行く人を見ては、その人の姿を見て、物珍しそうにぼんやりとしているのだ。


「……ここは……」


 三角屋根の木造の家。

 三角屋根の茅葺きの家。

 集落にある建物の多くは、非常に牧歌的というか前時代的だった。


 まぁ、そういうのはまだいいよ。実際にあるかもしれない家だから、俺は気にしない。

 けど、生きた大木をそのまま大黒柱にしたかのような、青々した葉を屋根の上に広げた大きな家屋を見て、俺の思考は一気に停止した。


「巡礼者さんかのう、珍しい」

刃神じんしん様の聖地から来たようには見えんなぁ」


 家々に挟まれた道は、一面が背の低い芝のような植物で覆われており、そこに自転車や軽自動車に対する思いやりは欠片も見られない。

 だが、そこを行き交う人々の姿を見れば、そんな非現実的な光景にも納得がいく。


 彼らは、俺がよく見知ったスマートなズボンやシャツといった格好をしていない。

 誰もがだぼついた服をきて、大きな袖口や裾を、紐のようなもので縛って固定しており、色は草で染めたかのように素朴で、見た目でどこかパサパサとしていそうな質感を持っている。

 そこに柄などといった気の効いたものはなく、単色なのに色ムラさえある始末だ。


 それらは確実に、近代的な工業によって造られた衣料品ではなかった。


 しかも……。


「ようガイザルの爺さん。どうだい今夜、シーさんの店で一杯やってかねえか」

「ぐははは、一杯以上飲むなら付き合ってやるぜ」


 これだ。人だ。

 人種だ。人種が違う。日本人じゃない。

 目鼻立ちがアジアじゃない。目は大きいし、鼻が高い。彫りも深い。


 だが、彼らは俺の視界の中で、俺にわかる言葉でしゃべっている。意味がわからない。


 彼らは一体何者なのか。ここは一体どこなのか。

 ……というか。


 さすがにもう、なんとなく察しがついちゃったかもしれないんだけど……ここは、俺の知ってる地球なのだろうか……。


「シロ? 苦しそうな顔してるよ?」

「……あ、ああ」


 ペトルに袖を引っ張られて、遠のきかけた意識が戻ってくる。


 ……まぁ、突然森にやってきたり、角の生えたイノシシが現れたり、不可思議なことはいくらでも起こっている。

 今更、ここが俺の全く知らない場所なのだと言われたところで、大しておかしな話とも思わないさ。

 突如ヨーロッパのど田舎の村の近くの山林にワープしてしまった、なんて無駄に現実味を引きずった意味の分からない現象が起こるよりかは、フッと気づいたら異世界に飛んでましたって方が理解もしやすいことである。


「いひひひ……」


 けど、頬が痛いだけで済むならどうか、夢から覚めてください。

 ホントお願いします。マジで。


「シロ、どうしてほっぺ引っ張ってるの?」

「……なんでもない。とりあえず、先歩いてみようか、ペトル」

「おほーっ」


 俺は頬に感じる地味ーな痛みを噛み締めて、色々なものを諦めた。

 そして、新たにどう動くかを再検討しなくてはならなくなってしまった。


 ……さて、俺はこれから一体全体、どうしたら良いのやら……。




 ペトルに訊いてみると、彼女もまた、この集落……というか村には、来たことがないのだという。

 しかしもっともな話だ。彼女の着ている洋服は、ふりふりとした実に出来の良い、純白のチュニックである。そこらに歩いている村人のおばさんの格好と見比べてみても、衣服の文明差は歴然としていた。

 また、ペトルはペトルで、彼らとは違った人種であるように見える。

 髪もお人形さんのように綺麗な金髪だし、肌はモデルさんのようにつるっつるだ。彼女の育ちは、ここのような農村とは無縁であろう。


「シロ? なに見てるの?」


 ペトルは俺の視線に気付き、無邪気な疑問に首を傾げている。


「……いや」


 ……彼女もまた、俺と同じような立場なのかもしれない。

 子供だし、世間にも疎そうだし、楽観的な雰囲気もある。


 この子のためにも、どうにか帰るための算段を立てなくてはならないな。

 ……しかし、まずはどうするべきか……。


「ちゃんと本当のことを話してくれそうな人がいればいいんだけど……」


 そこらへんを歩いている人に聞けば、話は早い。


 ここはどこですか? 日本ですか?

 空港はどこですか? 駅はどこですか?


 相手が正直者なら、きっと答えはすぐに帰ってくるだろう。


 しかし俺が人に道を尋ねると、どういうわけだがかなりの高確率で、意地悪な人だったり、うろ覚えで教えるような人だったり、怪しい路地に案内するような奴だったりするのだ。

 本音では今目の前を横切った、鍬を担いだおっさんにでも聞きたいのだが、俺の経験は“慎重になれ”と言っている。

 こういう時は、落ち着いて人をよく選んでから……。


「ねえねえシロ」

「大丈夫、外人の表情でさえ俺は善悪を読み取……え、何? どうした?」


 俺が神経を研ぎ澄ませていると、ペトルが自分の腹を押さえながら、俺に困った顔を向けてきた。


「くー、って、音鳴った……」

「……そうか。結構歩いたもんな」


 険しい森をハイキングしたのだ。腹をすかせるのも無理はない。

 俺も昼飯をまだ食ってないせいで、いまさらに気づいたが、かなりペコペコだ。


「……どこかで飯を食って、そこで一緒に話を聞くか」

「めし?」

「ごはんな」

「おほー」


 まぁ、焦ることはない。腹が減ってはアレだ。

 どこか店があれば、そこに入って食うついでに、店主にでも色々訊ねてみるとしようじゃないか。

 店を構える人間であれば、変な事は吹き込まないはずである。


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