水田に石を投げ込まないように
子供の頃のクローネでも駆除できる程度の害虫だ。特に危険もないだろう。
むしろ問題は、駆除と呼べるほどにバッタを壊せるかどうかである。
駆除数が少なくて失敗だった、なんてことになられるのは勘弁だ。慈善事業が嫌いなわけではないが、結構カツカツの時分にタダ働きするほどの余裕はない。
なんとか、バッタを効率よく集めて退治しなければ。
一匹一匹見つけては潰し、なんてやり方ではいつになるかわかったものではない。
こういうのは、工夫が全てなんだ。
「よいしょーぅ」
水田の近くの林にあった長い竹のような植物を振り下ろし、水田の端の水面に叩きつける。
すると水面にそこそこ派手な飛沫が舞い、水全体が僅かに揺れた。
同時に、水田の中に潜んでいたバッタ達が一斉に飛び跳ね、俺の反対方向へと逃げ出してゆく。
「おっ、ほいっ!」
「えいっ!」
連中が姿を現したそこを、ペトルとクローネが棍棒で打ち据える。
愚かにも自ら勢い良く飛び上がった彼らの末路は、言うまでもない。
「やっぱりバッタはバッタだな」
子供の頃、たまに公園で遊ぶ時などは、よくバッタを捕まえようとしていたものだ。
バッタは適当に草むらを踏みつけて歩いていればぴょんと飛び跳ねて姿を見せてくれるし、奴らは真後ろに飛ぶだとか、その場でチョコチョコ動いて飛ぶ方向を変えるとかは、結構苦手な生き物だったりする。
なので相手の正面で待ち構えて追い詰めてやれば、捕らえるのはとても容易い。
ただし、時々公園に潜んでいるヘビやハチなどが襲ってくることもあるので、油断はできなかったのだが。
「これで、十匹ですね」
「うーん、多いんだか少ないんだかわからん」
さて、このようなやり方によって、既にガラスホッパーは十匹ほどがお陀仏となっている。
ペトルは適当に集めて山積みされたガラスホッパーの後ろ足をもいで、それをポキポキと細かく砕いて遊んでいた。傍目からは、非常に危ない子供に見えるが、まぁ、純粋なだけである。多分。
……しかし。
「これだけガラスホッパーを倒したのに、カードは無しかぁ」
「いや、普通はそんなものですよ」
俺が不満を口にすると、それはクローネによって窘められた。
「ヤツシロさんは感覚が麻痺しているのかもしれませんが、大抵の場合、カードというものはそうそうドロップするものではないのです。それに、このガラスホッパーのような低級の魔獣ともなれば、出現率は百匹に一枚もない程なのですよ」
「……そんなに低いの?」
「当然です。スキルカードを無尽蔵に使いまわせるようなら、大陸の誰もがカードバインダーを片手に歩いていますよ」
なるほど。ガラスホッパーはカードが出にくいようなモンスターなのか。
……しかし、十匹も倒してそれはちょっと嫌だな。仕事が終わるまでに1、2枚しかカードが貰えないとなると、これからの行動に差し支えるものが出てくるかも……。
「……いや、待てよ」
「? どうかしましたか?」
クローネはどこからか取り出したナイフを使い、自分の棍棒の持ち手を削って整えていた。
そんな姿に言いたいことも浮かんで来たのだが、そこはあえて抑え、俺は提案する。
「次は、俺がガラスホッパーを叩いてみるよ。今度はペトルとクローネが追い詰めてくれ」
こんな提案をした理由は、極単純。
先ほどまでは俺が水面を叩き、二人が逃げてきたバッタに引導を渡すという方法でやっていたのだが、そうなるとバッタを倒したのが俺という風にはならない。
これはゲームではない。パーティだからといって、同じ効果が出るとは限らないのだ。
カードのドロップ率が良いのはペトルの幸運によるものだし、そしてペトルを信仰しているのは俺だけだ。
トドメは、俺が刺す必要があるのではないだろうか。
しかし考えてみれば当然のことである。
俺達はそういう理屈の流れで、もう一度水田を叩いてガラスホッパーを驚かしては、追い詰めた先で殴り殺すという作業を反復した。
その結果、新たにガラスホッパーの死骸を十五匹製造。
そして、俺の読み通り、カードを手に入れることができた。
十五匹倒してカードは何枚かって?
……十枚だよ。
□「ホワイトペーパー」アイテムカード
・レアリティ☆
・真っ白で滑らかな手触りの紙。
50枚セットで出現する。
□「フライト・ダガー」アイテムカード
・レアリティ☆
・非常に軽く、飛距離の伸びる投擲用ダガー。鋭い作りだが、重さが無いのでダメージは微妙。
□「ワイルドスナック」アイテムカード
・レアリティ☆
・あらゆる生物が食べることのできる固形食料。
食料は3個出現し、一個あたり一食分に相当する。
□「グラシア・フルート」アイテムカード
・レアリティ☆☆☆☆
・透明な鉱物によって作られた美しいフルート。
透き通るような音色は闇を祓う力があるという。
■「結晶虫ガラスホッパー」モンスターカード ×2
・レアリティ☆
・知性のない魔獣指定の虫族。20cmほどの巨大な硝子バッタ。
水辺に生息し、稲や水草、藻などを食べている。
大きいために動きは遅いが、ジャンプによる突進や、飛び散る破片は危険。
透明な身体を活かし、水中に飛び込んで身を隠すこともある。
■「クランブル・ロック」スキルカード
・レアリティ☆
・ボカンと弾ける岩石攻撃。術者が使用を宣言すると、カードの絵柄から石礫が炸裂する。
■「オルタナティブ」スキルカード
・レアリティ☆☆
・差し迫る戦いに2つの選択肢。10秒間だけ使用できるスキルカードを2枚、ランダムに手元に呼び寄せる。カードオリジナルスキル。
■「石化の眼差し」スキルカード
・レアリティ☆
・問答無用で石にな~れ。カードの絵柄から魔法弾を発射し、命中したものを3秒間だけ石に変える。
■「エクスチェンジ」スキルカード
・レアリティ☆
・一度だけ、手で触れたカロン硬貨を両替できる。細かくすることも、纏めることも可能。
出過ぎ。
俺がトドメを刺すようになってからというもの、カードが出るわ出るわ。
打ち据えるごとにポロリとこぼれ落ちるカードを見て、クローネの目が光を失っていく様子がここからでもよく見えたよ。
あまりにも出るせいか、モンスターカードの『結晶虫ガラスホッパー』なんていきなりダブったし。どうすればいいってんだこれ。
ていうかこれだけでもうバインダーの半分以上が埋まってしまった。一気に残りのポケットが6枚だけになっちまったよ。
いや待て落ち着け。
そんな事よりも、これだ。
□「グラシア・フルート」アイテムカード
・レアリティ☆☆☆☆
・透明な鉱物によって作られた美しいフルート。
透き通るような音色は闇を祓う力があるという。
「……レアリティ4のアイテムカード……こんなの私、見たこともないんですが……」
「……なんか、出ちゃったな」
「おほー……?」
絵柄の中には、透明なクリスタルであしらえたかのような、美しいフルートが中央に映っている。カードもどこか、光の加減によってキラキラと輝いて見える。
間違いない。これは、正真正銘のレアカードであった。




