最悪踏んでも良いからあの虫は逃がすな
ファンタジーとはいえ、ここも実際に人が住んでいるリアルな世界である。
仕事は、何もモンスターをはっ倒してGを得るだけではない。害虫駆除といった地道な仕事も、探せばそこらへんに転がっているものなのだ。
「さあ、始めるか!」
「おほー!」
「……これで、ですか?」
俺達は目的地へ移動し、とある郊外の田園地帯にやってきた。
人気の少ない水田の脇、陽が煌々と照りつける暑い陽気の中、俺達三人は安物の作業着を重ね着したむさ苦しい状態で、横に並んでいる。
手には、近くの林で拾ってきた丁度いいサイズの棍棒。
つまり、太い樹の枝が握られている。この世界に来てから棒状の物に絶大なる信頼を寄せている俺であるが、特別鈍器が好きなわけではない。ただ今回は、本当にこれが必要だと思っただけである。
「まぁ、ガラス製のバッタって聞くだけで、とりあえず殴っとけば良いだろって思ったからさ」
「……まぁ、ガラスホッパーくらいでしたら、踏むだけでも十分なんですけどね」
ブカブカの長袖で手を保護しながら、棍棒を握り、素振りする。
これならいざバッタが突撃をかましてきても、鋭利なトゲトゲで怪我をする恐れもない。一方的に殴るだけの作業を楽しめるというわけだ。
「私も頑張るわよー」
今回は危険も少ない仕事であるとさすがに理解しているのか、ペトルも呑気に素振りしている。
……しかし、むちゃくちゃなフォームだなぁ。
「ペトルはそんなに力まなくても……」
「おほっ!?」
ああ、棍棒が水田の中に飛んでいった。
言わんこっちゃない……。
「おほ?」
「お?」
なんて呆れて眺めていたら、棍棒が飛び込んだ水田の水面から、一匹の大きなバッタがジャンプした。
水に濡れ、きらきらと輝く透明な身体。
30cm程度だろうか。その姿は俺の世界でいうところの、トノサマバッタに酷似していた。
水の尾を引きながら再び水田の中に飛び込んだバッタの姿を見送り、しばし立ち竦む俺たち。
「……じゃあ、なんかもう、どこにいるかわかったので……駆除を始めましょうか」
「……そうだな」
これからさてどう探そうと悩んでいた最中にこれか。
都合が良いと言うか、運が良いと言うか。
……運がいいのかもしれないな、多分。
水田には、稲のような作物が植えられている。
つまりは、コメだ。どんなコメかはわからないが、コメがあるという事実に俺は少しだけテンションが上がった。
別にコメ食わなきゃ死ぬってわけでもないし、パン食が無理ってわけでもないのだが、あるとわかっていればそれだけで頑張れるような気がするのだ。
が、それはそれ。
今は食べる時ではない。このコメを蝗害から守るため、ガラスホッパー共をぶち壊してやらなければ。
「うっわ、結構いるなぁ」
先ほどのペトルの暴投のように、棍棒を使って水面を叩いてみれば、その音か衝撃かに釣られて、水田の中からガラスホッパーが飛び跳ねるのが見えた。
水田の中には、結構な数のバッタがいるらしい。
その上、水田はかなり遠くまで続いているので、向こう側にも大勢潜んでいることだろう。
「うーん、わかってはいたのですが、水中に潜むガラスホッパーは全然見えませんね」
クローネの言う通り、ガラスホッパー自体のサイズはそこそこでかいし、動けば位置もわかるのだが、いかんせん透明であるため、水の中では全く姿を認めることが叶わなかった。
動きも結構素早いので、脚に特別な装備をつけているわけでもない俺らが水田に踏み入ってどうこうするというわけにもいかない。
「クローネは、ガラスホッパーを殺したことはあるのか?」
「ええ、たまに水気のない道端に迷いこむこともありますからね。子供の頃は、よく見つけては踏んづけてましたよ」
「おお……」
この世界ではガラスホッパーは黒いアレみたいな存在かもしれないけど、それだけ聞くとなんだかやんちゃだなぁ。
「脚も外殻も砕けやすいので、踏めば一発です。本体は不純物が多いのですが、大きな後ろ足は溶かせば良質なガラスにもなるんですよ」
「へえー」
「あ、ほら、いました!」
突然クローネが叫び、棍棒を水面に叩きつける。
衝撃によって大きな飛沫が上がり、それはクローネの顔面にもかかったように見えた。
「……」
「派手だな」
「ちょっと、力み過ぎただけです」
どうやら、棍棒を叩きつける際に水しぶきまでは予期できなかったらしい。
「しかし、どうにか一匹処理できましたよ」
「お、マジか」
「ほら、これです」
俺が歩み寄ると、クローネは水中に両手を突っ込んで、透明な巨大バッタを引き上げた。
クリアな身体の節々から、ざばーと水が流れてゆく。
頭部を叩き割られた巨大バッタは、ピクリとも動かない。
どうやら本当に、今の一撃でケリがついたようだ。
「ここが後ろ足です。トゲがあるので、注意を」
「おおー……あ、取れた」
「良いんですよ、すぐ取れるものですから」
俺がガラスホッパーの大きな後ろ足をいじっていると、ポキッという小気味いい音とともに、簡単に脚がもげてしまった。
足は彼女の言うように沢山のトゲがあり、触る場所によっては結構シャレにならない怪我を負ってしまいそうである。
「わー、きれー」
「そうだな。まるでガラス細工だ」
現実世界であれば、ものすごく腕の良い職人にしか作れないような、複雑な形である。
「まぁ、そのままだとただのガラスなんですけどね」
……うん。そうだな。
バッタの脚の形をしたままじゃあ、何に使えるわけでもないよな。