金縛りから始まる月曜日はちょっと困る
神様が現れ、そして去っていった。
俺に、この世界での役割を伝えるために。
まるで物語の始めの王様のように。
……できれば、最初の方で出てきて欲しかったけれども。
「うーん……うーん……」
クローネは俺のベッドの上でうなされている。
目の前に高貴な神様が現れたというのが、よほど精神に負荷を与えてしまったのだろう。
「クロ、私と一緒に寝るの?」
「うう、目の前に神が……」
「あれ? 起きてるの?」
「いや、寝てると思うぞ」
……まあ、どうなんだろう。
世界の最高神がいきなり現れたのだ。普通は、クローネのような反応をするのが普通なのかもしれない。
しかも彼女は聖職者だ。神を目の前にすることのインパクトの大きさは、俺にはとてもじゃないが、計り知れない。
現実世界では、さほど熱心に神様を拝んだことがないからなぁ。
この世界の神様を見ても、“すごい人がいる”くらいにしか思えなかった。
むしろ町中を歩いていて、有名人を見てしまった時の驚きの方が大きいかも。
だが、言い渡された事は、重大である。
俺はこの、クローネと一緒のベッドに入ろうとする子供……真幸神ペクタルロトルを元の神々の世界に戻すため、宝玉を探す旅に出なくてはならないのだ。
「クロ、大丈夫?」
「うーん……」
……まさか、異世界に召喚されて、本当に何かを救ってくれなんて言われるとは。
そういう流れになってしまったなら、仕方がない。勇者として、世界を救うしか無いだろう。
いや、魔王とかドラゴンがいるかどうかは知らないけどね。
ひょっとしたら適当な所に宝玉が落ちてて、案外それをひょいと拾ってすぐに役目が終わるかもしれない。
……だが、まぁ、今日はとりあえず。
「クロあったかーい」
「うう、まさかついに神々が、乱れた地上を見かねて審判を……」
……色々と疲れているし、寝てしまおう。
当然、俺は床の上で。
さすがに女神様とシスターさんに挟まれて眠れるほど、俺の理性は丈夫に出来てはおりません。
ふと気がつけば、俺は夢の中にいた。
全身が湿り気のない水の中にいるような、重だるいような、自由の利かない闇の空間。
俺はそこにぽつんと漂っており、気ままには動けないものの、ふわふわとのんびり、流されていた。
明晰夢だろうか。夢という感じはするのだが。
しかし、明晰夢というものは結構自由に動けたり、早く覚めたりするものなのだが、これは一向に変化する兆しを見せてくれない。
何も起こらず、何もできない。自分の頬を抓ってみても、変化は起きない。
なんとなく、暇だ。
俺はやるせないため息をつきながら、暗黒の中を寝そべるように、後頭部に両腕を回した。
しばらくそうして、模様も濃淡もない真っ暗闇を眺めていると、その向こう側に何か、蠢くものが見えた。
夢に変化が出てきた。そう気付いて俺が起き上がると、その蠢く小さな点は遠くにあり、だんだんとこちらへ近づきつつあるらしい。
『……なんだろう、あれ』
俺はただ、じっと眺めている。
すぐと、近づいてくるものが、はっきりとした姿となって見えてきた。
それは、トカゲの顔をした、人であった。
身体は人型。言うなれば、竜人。
黒っぽい鱗に覆われた細い身体に、二本の長い腕と、長い足。そして、長い首。
そんな姿で胡座を組み、ゆっくりとこちらに、音もなく近づいてくる。
……見れば見るほど、シュールな絵面だ。
トカゲて。いや蛇かもわからないが。明らかに爬虫類ですというような生き物が、胡座を組みながら合掌し、スーッとこちらに近づいているのだ。
こんなシュールな光景はもう、ハハッと笑うしかない。
トカゲ人間はゆっくりとこちらに近づいてくる。
顔がはっきりわかるほどにまで距離が縮まると、その目がギョロギョロと、あちこちに忙しく動いていることもわかった。
それはまるで、何かを探しているかのように。
一体何を探しているのだろうか。
トカゲみたいな顔をしているし、まぁ、獲物でも探しているのかもしれないな。ネズミとか、カエルとか。
俺はそんな脳天気なことを思い浮かべて、いや待てよと思い留まり、そして一気に寒気を覚えた。
クローネがつい最近、俺に注意したことを思い出す。
つい最近、クローネは俺に“その手はいけません”と注意したのだった。
その時俺は神様を拝むために、俺の世界における、丁度“合掌”のようなポーズを取っていて……。
それと同じポーズを取ったトカゲ人間が今、こちらに向かって近づいている。
音もなく。声もなく。
“闇”。
俺は目の前からやってくる存在が何かを知らないが、とてつもなく危険なものであると判断した。
こっちに来る。
あの目は、俺を探しているのか。
俺を探して、どうするつもりなんだ。
俺は沼のようにドロドロした闇の中を、もがくように動く。
どうにか、あの不気味なトカゲ人間にぶつからないように。こっちへ突き進んでくる奴に、接触する位置にいないように。
「動け、動け……!」
だが、夢の闇では、身体が思うように動かせない。
どうにも、前後も左右も変わっている気がしない。
このままだと、俺は……。
『さあ、来い……』




