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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 彼の地に堕ちた信仰心
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電池はちゃんと処分すること

 骨の装飾と大柄な肉体を持つゴブルトガイダルが、俺の目の前で斧を振りかぶっている。

 奴が右手に持っているのは、いかにも野蛮な連中な好き好みそうな武器、斧だ。

 獣の力と真っ向から向かい合うってだけでも随分な無茶であるが、それにザ・パワータイプな武器である斧が加わってしまっては、手が付けられなくなってしまう。


 そう、俺が今、この黄金色に輝くオーラをまとっていなければ。


「うらァ!」

「ゴゥッ!?」


 俺は全く使い慣れていないショートソードを振り下ろし、加速し切る前の斧に当てて威力を相殺した。


 スキルカード『スーパーインポーズ』。

 このカードを発動した者は対象を一体選び、一定時間の間その者の肉体を強化する。


 今の俺はこの『スーパーインポーズ』によって、通常時以上の力を発揮している。そのおかげで、今のゴブルトガイダルの一撃を正面から受け切れたのだ。


「ゴギッ、ゴギギギ……!」

「お、おおお……!?」


 受け……きれると……思うじゃん……?

 ど、どうやら駄目みたいだ……じりじりと押し負けてる……。

 というか普通に考えて、そう簡単に相手と自分の力が釣り合ってくれるはずもなかったわ……!


「光輝神の清き閃きよ! 穢れし闇の眷属を追い払え! 『ホーリー・ライト』!」


 俺が斧との鍔迫り合いでジリ貧になっていると、横からクローネが手を翳し、叫んだ。

 RPGの呪文のような言葉が紡がれると、クローネが手にしたアミュレットから強烈な白い輝きが放たれた。


「ギャウッ」


 その輝きはなんと、俺との力比べに勝利する寸前だったゴブルトガイダルを何歩も退けてしまった。

 たしかに今の輝きは強烈なものだったが、俺自身は目を焼かれるというほどではなかったのだが。


 ……今の光には、退魔の力でもあるのだろう。

 呪文の口上から、俺はそう察した。


 相手は闇の神を信仰しているのだ。だから光が効いたのである。

 確信はないが、そう納得することにした。


「助かった、クローネ!」

「時間を短く、出力を強めにしたのですが……闇の眷属として中途半端な卑神信奉者が相手だと、効果が薄いようです! 何度も通じませんよ!」


 なるほど、耐性ができるとか、そういうものかな。

 あまり回数は期待すんなってことか。


 じゃあ、俺が考えなくちゃいけないわけだな。

 今、怒り心頭なボスエネミーを、どうにか討伐する術を。


「かかってこい、犬野郎!」

「いけいけー!」


 だが、そう思い詰める程の事でもない。

 悲観的になって刺し違えるだのなんだの考える相手ではない。


 身長2メートル。人型。パワータイプ。

 そんな奴らなんて、俺は今までに何度も相手にしてきたのだから。


「よっ、と」


 縦に振られた斧の一撃を、半身になってするりと躱す。

 その隙を突いて一発、適当に一振り。


 ショートソードどころか木刀も振ったことのない俺だったが、適当に振っても刃物は刃物。

 全く深くはないが、ゴブルトガイダルの肌に確かなダメージを与えた。


 痛みはあったのだろう。ゴブルトガイダルは吠えて、更に怒り狂ったように斧を振り回す。

 だが何度やっても、何度振っても、合間合間に蹴りだの爪だのを繰り出しても、俺には当たらない。


「や、ヤツシロさん、すごいです!」

「わほー!」


 凄い。

 確かに、元いた世界でもそう褒められたことは沢山あった。


 何故そんなに機敏なのか。何故そんなに動けるのか。

 小学校の頃クラスメイトでドッジボールのエースストライカーだった武田君は、あらゆる球を避け続ける俺の動きを気持ち悪いと評したこともある。


 だが俺からしてみれば、これは必須技能。持ってて当然の、当たり前のスキルなのだ。


「その程度の動きじゃ……六本木で絡んできたヤーさんの方がまだ上だぜッ!」


 俺はなんとも決まらないセリフを吐きながら、ゴブルトの首を目掛けてショートソードを突き出した。

 地に脚を付けて繰り出す一撃。剣の使い方なんて心得はないが、威力は込めた。相手の肉質が固かろうとも、血管を傷つけるには十分な殺傷力があるはずである。


 が、それも見事に命中すればの話。俺の突きは、咄嗟に出されたゴブルトガイダルの腕の防御によって防がれてしまった。


「! よっ、と」


 そして、すぐに回避。

 やばい相手と戦うときは、ヒットアンドアウェイが基本である。


 シャンメロがいた時には何度も脚を滑らせていたが、今は近くにペトルがついている。

 こいつがいる時の俺は、無敵だ。いや、言い過ぎか。ものすごく強い。

 スキルカードによって身にまとった黄金色の強化のオーラも相まって、こうして少しずつゴブルトガイダルにダメージを与えていけば、必ず勝機は見えてくる。


「……って、あるぇ?」


 なんて考えた途端、全身に降り注いでくる虚脱感。

 薄っすらと全身が帯びていた活力のオーラが、ふわりと風に巻かれて消えてゆく感覚。


「あっ、シロ!」


 おいおい、強化もう時間切れかよ。

 一分も経ってねーぞこれ。


「っ……『ホーリー・ライト』!」


 俺が身に纏う力が消えたのを察して、すぐさまクローネが光を放った。

 聖なる輝きはゴブルトの視力を奪い、わずかな時間だけ行動不能に陥れる。


 だが、それも短い時間稼ぎ。ゴブルトガイダルが復帰したとき、非力な俺がこの規格外の野獣とどこまで戦っていけるかは、全くの未知数だ。

 今までは『スーパーインポーズ』の上乗せがあるからこそ攻撃を避け続けていたが、単純にあのサイズの蛮獣に襲い掛かられたら、工夫するまでもなく死んでしまう。

 隙を見て喉を狙って斬りかかろうにも、ゴブルトガイダルはその辺の弱点も心得ているのか、器用に腕で急所を守っている。

 金的という手も無いではないが、奴の下半身は骨の装飾が厚く、刃や蹴りが通るとは思えない。


「ヤツシロさん、ペトルさんと一緒に逃げて! ここは私が!」

「あわわわ」


 必死に輝きを放ち続けるクローネ。

 慌てるペトル。


 打つ手なしか。攻め切れないのか。逃げ切れるのか。


 そんな絶望的な状況下で、俺が選んだ行動は……。


「っはあッ!」


 ゴブルトガイダルの腹部への、ショートソードによる刺突であった。


「ゴっ……」


 浅い。ものすごく浅い。麻布の服越しに突いたこともあるが、果たして切っ先が何cm刺さっているのかというほど、傷は浅い。

 さすがカードに“切れ味が悪い”と書いてあるだけのことはある。何度か打ったり、突いたりするだけで、すぐに威力が落ちてしまったようだ。


 ゴブルトガイダルもその一撃の弱さに呆れているのだろう。

 ヨダレに穢れた口元を釣り上げて、ニヤついているように見える。


「けど、これでいいんだよ」

「ギ……?」


 だが、わざわざ俺が貴重な隙を突いて、無駄な攻撃をするわけがないだろう。

 俺は本当にどうしようも無いときには賭けに打って出ることもあるが、基本的には堅実にいくタイプなんだ。


 ショートソードが突いたもの。それは、ゴブルトガイダルの服と、浅い皮膚だけではない。

 その手前では、俺のジャージのポケットに大事に大事に保管していた……携帯電話のバッテリーが突き刺さっている。


 リチウムイオン二次電池。

 大容量のエネルギーを蓄えたこいつを鉄製の剣で貫いたりしたら、どうなるか。


 答えは明白だ。知っている俺は、すぐさまそこから飛び退いた。


「グギャァアアッ!」


 急激な発熱、発火、そして爆発。

 剣に貫かれたことで暴発したバッテリーは盛大に炎上し、ゴブルトガイダル本体を焦がしつつ、同時に燃えやすい材質の服にも飛び火した。

 凄まじい悪臭を放ちながら燃えるゴブルトガイダルとその衣服。

 パニックに陥ったゴブルトガイダルは自らの身を襲うものの正体すらわからずに、ただただ炎に焼かれ、狂い悶える。


「あっぶねー死ぬかと思った」


 俺は燃え盛るゴブルトガイダルから距離を取って、やや離れた場所から見守っていたクローネとペトルの側まで退避した。

 二人は突如燃えだしたゴブルトガイダルを呆然と眺めていたが、やがて巨体が熱に耐え切れず地に倒れると、ペトルは優しげな目で、クローネは訝しむような目で、俺を見た。


「シロ、すごーい」

「まあな」

「……ヤツシロさん。今のは……」

「うん?」

「今の炎は……カードも、スキルも使ったようには見えませんでした。あれは、一体……?」


 黒い煙を吹き出すバッテリー。

 焼け焦げたコロニーの脇で倒れる、ゴブルトのボス。

 そして、俺のジャージのポケットから取り出された、バッテリーのない壊れた携帯電話。


 俺は、一仕事終えたと伸びをする前に、ギロリと疑いの目を向けてくるクローネに対して、色々と難しい事情を話さなくてはならないようだ。


『ガミ~!』

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