古武術を使える高校生は普通とは言わない
コロニーの壊滅は、とりあえず完了した。これで報酬ゲットである。
140カロン。しみったれた額ではあるが、ほとんど一日のうちに終わらせてしまった俺たちにとっては、日当のようなものだ。これから森を抜けて町に向かって歩いて行けば、運が良ければ馬車に拾ってもらえるかもしれないし、急げば……日暮れまでには、どうにか間に合うかもしれない。
ともあれ、あまり疲れないうちに終わって何よりだ。
「ぱさぱさー……」
「ペトルさん、ちゃんと食べなきゃ駄目ですよ」
俺達は完全に鎮火したコロニーのそばで、ゴブルトが切ったのだろう、横倒しにされていた樹木の上に座り、休憩を摂っていた。
多分、少し遅めの昼食ということになるのだろう。
二人と一緒にパサパサのパンを食べながら、俺はバインダーに収まったカードを眺めている。
■「オルタナティブ」スキルカード
□「ショート・ソード」アイテムカード
□「アイシング・キューブ」アイテムカード
■「鈍蜂シャンメロ」モンスターカード
■「蛮獣ゴブルト」モンスターカード
新たに手に入ったモンスターカード、『蛮獣ゴブルト』は、まぁ良い。
気になったのはもう一枚のアイテムカード、『ショート・ソード』の方だった。
□「ショート・ソード」アイテムカード
・レアリティ☆
・名前の通りの短い剣。切れ味は普通で、錆びるのも早い。使い捨て用。
どうやらこれが、アイテムカードというものらしい。
アイテムカードはもう一枚、『アイシング・キューブ』なんてものを持っているのだが、説明文を読んでもただ氷の塊を出すだけのようなので、特に気にしてもいなかった。
しかしこの『ショート・ソード』は、剣らしい。絵柄を見ても、それなりの長さのある刃物のようで、シンプルなデザインではあるが、ちょっぴり格好良い感じがする。
「ヤツシロさん、『ショート・ソード』を手に入れたんですね」
「ん、ああ」
俺がバインダーのカードを眺めていると、クローネが細長い水筒に口を付けながら声をかけてきた。
「アイテムカードは、スキルカードと同じようなものです。発動を宣言することで、絵柄にある物が出現します」
「ああ、やっぱりそうなんだな。じゃあこのカードの場合は、剣が?」
「はい。……ですが、カードによって生み出される武器は、本当に日持ちしません。切れ味も良いわけではないので、なるべくカードの状態のまま持っておくことをおすすめします」
ありゃりゃ。それはやっぱり、ここのテキスト通りなのか。
これで俺も剣士に、なんて思ったけど、やっぱりそう上手くはいかないか。
けども、劣悪とはいえ、金をかけずに武器が手に入ったのはありがたい。
いざという時には、この『ショート・ソード』も役立ってくれるはずだ。
さっきの戦闘では『レッサー・フレア』しか使わなかったので、『オルタナティブ』は消費されていない。
『オルタナティブ』はランダムに二枚のスキルカードを生み出すカードだが、これを使えば大抵は良いものが来るし、場合によっては『オルタナティブ』から『オルタナティブ』が出ることだってあり得る。これ一枚さえあれば、攻め手に困ることは無いだろう。
……だが、やっぱり問題は、モンスターカードの方だ。
こうして任務は終わってしまったが、肝心の目的であった新たなモンスターカードは『蛮獣ゴブルト』しか手に入らなかった。
まだ、レアリティ3のモンスターカードが手に入っていない。☆3がないと、ミス・リヴンから言い渡されていたバインダーの約束を果たせない。
無事にあっけなく終わったのは嬉しい限りだが、成果がないというのは問題だ。
「クローネ、あのギルドの受付の爺さんは、☆3のモンスターが出る仕事を斡旋してくれたんだよな?」
「え? はい、そうですね……ええ、間違っていないと思います」
「ゴブルトからは、☆3のモンスターカードが出てくるのか?」
俺が訊くと、ペトルはヴェールの外に流れた緑の髪を指でいじりながら、少しだけ唸った。
「私はそこまで詳しくないのですが、ゴブルトの親玉のようなものは、☆3に分類されると聞いたことがあります」
「親玉……ボスみたいなものか」
「そうですね。コロニーがある以上、その縄張りの頂点に立つ個体もいるはずです。……が、私は実際に見たことはありませんから、違いは……わからないですね。大柄だと聞いたことは、あるのですが」
焼け焦げたコロニーに目をやる。
そこには四体のゴブルトの死体が転がっているが、どれも似たり寄ったりの大きさだ。大柄と言えば、まぁ一匹だけ若干太り気味のように見えなくもない奴もいるのだが、知識不足ゆえ、こいつだという確証は抱けない。
……そもそも、仮にあそこに☆3相当のボスゴブルトがいたとして、必ずカードを落とすとは限らない。
シャンメロだって、十数匹も退治してやっと一枚ドロップしたのだ。
一体倒しただけで目的のものが手に入るほど、現実は甘くはない。
「……もう一度、何か仕事を受けるべきなのかね」
最後のパンの一欠片を食いちぎり、ため息をつく。
親玉があそこにいて、出なかったのであれば、仕方ない。一度町に戻ってから、もう一度仕事を受けるしかないだろう。
期限は明後日の夕時だからまだ余裕はあるけども、ここから順調に日暮れまでに町へ帰れたとして、チャンスはきっと一度きりだ。
場合によってはこのバインダーを存続させるために、一度に複数の仕事を受けることも考えに入るかもしれない。
……俺とペトルが今こうして食べてるパンだって、貰い物だ。
その日生きてゆく金を稼ぐだけでも、多少の無茶な仕事は全然許容圏内である。
……今日は一旦帰り、明日の仕事を探し、受けてから寝よう。
うん、多分それが一番良い。
「ねえねえ、シロ」
「ん?」
今後の方針を黙々と練っていると、丸太から立ち上がったペトルが俺の髪の毛を引っ張った。
俺は、痛くないけど髪はやめてくれ、とペトルを叱ろうとしたのだが、ペトルの表情はどこか浮かないというか、真剣だった。
「……どうした?」
俺はこういう顔を知っている。
よく見たことがある表情だ。
だから俺は素早く立ち上がり、バインダーを左手に持って、一枚のカードを取り出したのである。
「うん、なんだかね」
「ああ」
「ペトルさん、どうしました? ヤツシロさんも、なんだか様子が……?」
俺は一枚のカードを指に挟み、バインダーを閉じて、短く息を吸い、そして吐いた。
「なんだか、やな予感がするの」
「――『オルタナティブ』発動」
ああ、知っているさ。
わかっていたよ。お前の顔、鏡でよく見る俺みたいな感じだったからさ。
「ゴォッ」
そいつは、俺達の後ろ側の森から、荒っぽい息遣いを隠すこと無く、枝葉を鳴らしながらやってきた。
距離は8メートル。
何故今まで気付かなかったのか。それは、緊張感を保っていなかったからに他ならない。しかし、悔やんでも仕方ない。
身長、およそ2メートル。でかい。
身体の作りそのものはゴブルトのものであるが、身体には麻のようなガサガサした服のようなものを纏い、全身の至る所に、肋骨を繋げて作ったような禍々しい戦利品を飾っている。
頭の上には、ご丁寧に人間の頭蓋骨を、王冠のように飾っている始末。
間違いない。直感とか、そんな崇高なもので感じ取るまでもない。
こいつが、ゴブルト達の親玉だ。
「ご、ゴブルトの長……それに、あの禍々しい感じ……! あれはゴブルトガイダルです! 気をつけてください!」
ゴブルトガイダルというのか。濁点の多い名前は怖いな。
「二人とも、俺の後ろに!」
「おほー!?」
ゴブルトガイダルと呼ばれたボスゴブルトは、その両手に巨大な鉄の斧を持って、こちらに近づいてくる。
手にした武器が重いためか、野生の獣としての速さはないものの、あんな無骨な得物を二つも手にして走れる辺り、奴は紛うことなき化け物である。
よく見れば、麻布に覆われていない腕や脚の筋肉は、それまでに出会った矮小なゴブルトのそれとは比べ物にならないほどにたくましい。
近づかれたら、まず殺される。
だが、俺は既に『オルタナティブ』を発動済みだ。
手元には、効果によって出現した二枚のスキルカードが存在する。
■「レイ・ストライク」スキルカード
・レアリティ☆
・標的を撃ち抜く霊力の砲弾。術者が使用を宣言すると、カードの絵柄から霊力弾が射出される。
■「スーパーインポーズ」スキルカード
・レアリティ☆
・発動対象を指定し、発動する。一定時間、対象の身体能力が上昇する。
現れたスキルカードは……一枚は、見慣れた攻撃系スキルカード!
あっぶねぇ、変なのが来なくて良かった!
見覚えのある絵柄とカード名を素早く確認した俺は、手中にある一枚を素早くゴブルトガイダルに向けた。
「『レイ・ストライク』発動!」
カードから光弾が現れて、一直線に迫り来るゴブルトのボスへと飛来する。
大口を開けてヨダレを垂らしながら突き進むゴブルトガイダルは、見た目通り、避けようなどという考えはなかったらしい。
レイ・ストライクは完全な命中コースに入っている。
だが……。
「ウッギャッ!?」
ゴブルトガイダルが左手の斧で、光弾を殴りつけてきた。
避けようとはしていない。守ろうともしていない。
だが、攻撃に対して反撃をかましてきやがった。
光弾は左手側の斧との衝突によって弾け、ゴブルトにダメージを与えたらしい。ゴブルトは慌てて何歩は飛びのき、柄の途中まで粉々になった斧を捨ててしまった。
「マジかよ」
攻撃用スキルカードが、防がれてしまった。
距離的にも、攻撃の速度的にも、防がれないかと思ったのに。
「アォオオオオッ」
ゴブルトガイダルが、ヨダレの糸と共に、怒りの咆哮をあげる。
おそらくは人間が拵えたであろう貴重な斧を壊され、相当に機嫌を悪くしたのだろう。
「ヤツシロさん! 逃げましょう! 私が防御用のカードで……!」
「いいや、まだだ! 二人共もっと後ろに!」
俺はバインダーに右手を添える。
「『サーチ・ショート・ソード』!」
そして一枚のカードを抜き取り……。
「発動!」
一本の剣を、その手に握る。
目を真っ赤に充血させたゴブルトガイダルは、狂ったようにドタドタと走りながら、斧を真横に振りかぶってきた。
このモンスターの力とまともに打ち合えば、間違いなく俺の剣はどこかへと吹っ飛ぶだろう。
だが、大丈夫。剣を握る俺の右手の指には、まだ一枚のカードが挟まっているのだ。
「シロ、やっちゃえー!」
「『スーパーインポーズ』発動! 俺を強化しろ!」
スキルカード、『スーパーインポーズ』。
名前も効果も、一瞬のうちに目を通しただけ。初めて見るカードだが、効果欄が一行だけで助かった。
二行だったら、読みきれなかっただろう。
「うりゃあッ!」
「ゴォッ!」
下から振り上げた俺のショートソードが、横振りの斧の刃先を跳ね上げるように軌道を逸らす。
同時に上体を逸らすようにして後ろへ飛び退いた俺の身体は、一撃必殺級の斧の一振りを、どうにか鼻先に掠める手前のところで避けきった。
「――スキルカード『エアー・ボム』発動です!」
辛うじて回避した俺の脇から、カードを持ったクローネの手が伸び、ゴブルトガイダルへと向けられる。
発動した『エアー・ボム』の強力な烈風を真正面から受けたゴブルトガイダルは、そのまま更に数メートルも押し戻され、屈強な脚は数十cmも土に爪痕を残した。
俺はその隙に体勢を直し、右手で剣を構える。
柄が木製、刀身が鉄製の、普通の剣だ。
「シロ、それ使うならバインダーもっててあげる!」
「ヤツシロさん、防御魔法でよければ、いつでも援護できます」
「……お前たち、誰も退いてないじゃんかよ」
俺はすぐ後ろにいたペトルにバインダーを預け、両手でショートソードを握り込み、苦笑した。
危ないから下がってろって言ったのになぁ。
「善き神の信徒として、闇の魔獣を見過ごすことはできません」
「私はずっと、シロと一緒だよ?」
「……そうか」
俺は、全身に溢れる奇妙な力の昂ぶりか、もしくは全く別の感情的な高揚かにあてられて、更に口元を歪め、笑った。
目の前には、まぁ、笑えないくらいおっかないモンスターが、またこちらに来ようとしているんだけども。
「じゃあ、もうちょっとだけ手伝ってくれますかね」
「もちろんです」
「おほー♪」
「よっしゃ!」
さあ、いくぜボスモンスター。
剣道も武術も嗜んでいない俺と、尋常に勝負しろ。