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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 彼の地に堕ちた信仰心
22/119

町と町の距離について詳しく語るべきではない

 メイルザムの町の朝を素通りする。

 目的地はあくまでギルドだ。今は時間がないし、寄り道している暇はない。

 いくら気になるようなお店がそこにあろうとも、三日以内という神様からの試練を乗り越えるには、一刻も遊んでいられない。

 この町に来るまでにも、移動時間が果てしないことを重々実感したのだ。この世界では町と町を行き来するのでも、かなりの労力と時間を必要とする。

 モンスターとの遭遇も、そのくらいの浪費は覚悟するべきである。


 だから、多分。

 この一度目の遠征が、最初で最後のチャンスであると、俺は静かに覚悟している。




「お? 見慣れねえ顔が来やがったぜ!」

「なんだこのほっせえ野郎は!」

「ヘヘッ、しかもガキまで連れてやがるぜ。おい兄ちゃん、ここは託児所じゃあねえんだぜッ!」


 古めかしい扉を開けた途端、リアルで聞いたわけでもないけど、結構聞き覚えのあるセリフが降り注いできた。

 そしてすぐそこには。ぼろっちい丸テーブルについた、ゴリゴリマッチョな近接職の面々。

 彼らはその手にくすんだ色の金属ジョッキを持ち、酒らしきものを飲んでいる。

 どうやらこのギルドという建物、一階は酒場も兼ねているらしい。奥の方に目をやれば、ちゃんとそこそこ清潔感のある受付が見えた。


「あっちの受付で良いのかな?」

「え、ああ、はい。そうです」

「おほー……ここ、なんだかくさーい……」


 俺は冷やかしやら威嚇やらよくわからない男たちの脇を通り過ぎ、真っ直ぐギルドの受付へと向かってゆく。

 そちらの方に足を運んでみれば、肉体派だけではなくインテリっぽい人や、普通にそこらへんに歩いているようなおっさんの姿もあった。

 彼らもそこそこピリピリした様子でこちらに目をやっていたが、すぐになんでもない連中だとわかると、興味を失ったように、各々が談笑なり、作戦会議なりに戻ってゆく。

 入り口付近で酒を飲んで浮かれていた男たちは、極々一部の柄の悪い連中だったらしい。

 鉛弾が飛び交うような無法地帯でなくて安心した。




「いらっしゃい、坊や。お嬢さん。それに……おや、宣教師様。このような場所にわざわざ、ご苦労さまですな」


 受付の前に立つと、薄い髪の爺さんは鋭く静かな目で俺たちを一瞥した後、最後にクローネの姿を認めて、頭を下げた。


「いえ、これも我々の仕事のひとつですから」

「ほう。こういったことも……まぁそれはさておき、一体どのようなご用件でしょう。そちらの方々の護衛の依頼ですか?」


 爺さんの鷹のような目がこちらをぎょろりと見つめる。

 どこか値踏みするような、見透かそうとしているような、嫌な目つきである。

 高い鷲鼻や彫りの深い顔立ちも相まって、恐ろしいというか、不気味だ。


「いえ、今回は依頼ではありません。こちらの方……ヤツシロさんに、仕事を斡旋していただきたく思いまして」

「ほお……こっちの坊やに仕事ですか」


 また一段と、爺さんの目が鋭くなる。

 俺は目線に気圧されないよう、真正面から見返してやる。

 必勝面接マニュアルでもそうした方が良いって言ってた。


「……ふむ。で、どんな仕事をお求めで? 坊や」

「討伐です」


 俺は間髪容れず答える。


「ほう、討伐……討伐とは魔獣を駆除する仕事だよ。坊やにそのような仕事がこなせるのかな」


 爺さんの目が、俺の身体をぐるりと見回す。

 さすがに丸腰は印象が悪かっただろうか。

 ……だが、こんな受付で下手に出ても得はない。強気で行かなきゃ、まごつくだけだ。


「俺では受けられないと?」

「いや滅相もございません。ただ、無駄死には処理が面倒だと、それだけですな」

「じゃあ受けても良いと」

「……ふん。見境なしで業突張りだが、肝は据わっているようだ。良いでしょう、討伐の仕事を斡旋してさしあげます。ただし、坊やはギルドの会員ではない故、保証は無し。自己責任の仕事となりますが、よろしいですね」

「おお、それでいいよ。ありがとう」


 どうやら、ハッタリじみた俺の強気がなんとか押し通ったらしい。

 えがったえがった。


「なにそれー」

「こ、こら、ペトルさん。いけませんよ」


 ……が、資料をカウンターに並べようとしたところで、ペトルがひょっこり顔を突っ込んできた。

 ちょっぴり張り詰めた空気が、一気に台無しである。


「……このお嬢さんも同じ仕事を?」

「ああ、この子は……別にカウントしなくていいんで。俺だけで」

「はい、ではそのように」


 なんか、室内の空気に馴染んでなくて申し訳ない。

 受付済ませたらすぐに出ていきますんで、勘弁してください。




「最近は、物騒な気配がそこかしこでするとのことで。ホルツザムからの御達しで、遠征討伐の範囲を広げることとなりました。討伐の仕事は、小物を含め、かなり多くなっておりますよ」


 爺さんはいくつかの紙を後ろの棚から引っ張りだして俺の前にポンと置いた。

 俺はしっかりと四方を裁断されたその紙の品質にまず驚いたのだが、差し出された仕事の数にも更にびっくりした。

 とりあえずと出された仕事の数が、尋常じゃない。


「……こんなに? ここから選ばなきゃいけないのか?」

「国から伝えられた警戒範囲の拡張が、それだけ大規模だったのです。これでもまだ調査は不十分。見つかっていない魔獣の巣穴も、沢山残っていることでしょう」

「うげえ……」


 紙にあるのは、特定の魔獣の巣穴を壊滅させよという仕事の依頼だ。

 地名も魔獣名も初めて見るものばかりなので、目移りしてしまう。


「あの、シジさん。この一覧の中で、カードレアリティが2と3の魔獣と遭遇できそうなものはどれでしょうか。できれば、近場のものが良いのですが」


 俺が意味もなく悩んでいると、傍らでペトルをがっしりとホールドしているクローネが助け舟を出してくれた。


 そうか、俺が求めているのはあくまでレアリティが2と3のカードなんだ。

 難しく考える必要はなかったな。


「ふむ、2と3……カード、ふむ。珍しい注文だ。2と3となると……」


 シジと呼ばれた受付の爺さんはカウンターに置かれた依頼書を一枚一枚と取り去ってゆき、ある一枚の紙が出てきたところで、ピタリと動きを止めた。


「これになるでしょうな」

「……なるほど」


 俺達の前に現れた依頼書。

 そこには、“ゴブルトのコロニーの壊滅”と書かれていた。


 ……ゴブルト?

 なんかコボルトとゴブリンが合体したような名前である。




 受付の近くにぼろぼろに擦り切れた図鑑のようなものがあったので、それをめくってみた。

 すると、いとも簡単に、かなり最初の方のページで、件のゴブルトとやらの姿を確認することができたのだった。


 蛮獣ゴブルト。

 知性の低い魔獣指定の獣族で、カードレアリティは2。

 姿は挿絵で載っていた。原住民のような格好をした毛の薄い大型犬が棍棒を握っているような見た目である。

 しゃくれた下顎から出てくる大きな鋭い犬歯はいかにも獰猛そうで、ちょっとだけゴブリンっぽい感じがする。


 手に武器を持ち、人間に襲いかかってくる危険な生物。

 広く世界に繁栄し、主に爪神(そうしん)卑神(ひしん)を信仰する傾向が強い。

 ……と、説明には書かれている。


 なるほど、なんというか、まんまゴブリンとコボルトの間の子みたいな感じであるようだ。

 想像通り過ぎて、なんだか親近感が湧いてくる。


「シロー、これからいくのー?」


 俺が図鑑のゴブルトのページを熟読していると、後ろからペトルが裾を引っ張ってきた。


「ああ。ギルド会員以外は報酬三割引で、本来200カロンのところ140カロンに引き下げされちまったけど……食い扶持を稼ぐためだ。すぐに出なきゃ、仕方ないよな」

「さんわりびき……?」

「敵に回すと恐ろしいシステムのことだよ」

「おほー……」


 さすが異世界、そう簡単にはいってくれないようだ。

 一見さんお断りをされないだけ大分マシとは言えるが、報酬三割カットは地味にキツいものがある。

 さっきちらりとギルドの酒場の飯の料金を見たところ、どうもあのパサパサした黒パンと野菜スープのセットを頼むとなると、15カロンほどかかってしまうらしいのだ。

 ギルドの中には丸テーブルが幾つか置かれ、そこには入り口付近の酔っぱらいの他にも、何人かの人達がもさもさと食事を摂っていた。

 そこでも黒パンとスープのセットは好評らしく、きっと定番の格安メニューなのだと考えて良いだろう。


 メイルザムでの一食分を仮に15カロンだとすると、俺とペトルで30カロンだ。

 一日三食は贅沢すぎるので、一日二食だとすると、費用は食費だけで一日60カロンである。

 食費だけで考えれば二日ちょっとは食べていけるが、宿の代金を考えるとそれで足りる気がしない。一日分が限度になってしまうだろうか。

 ……この仕事が上手くいったとしても、続けざまに次の仕事なり何なりを見つけないことには、餓死なり凍死なりしてしまいそうだ。


「受付、ご苦労さまです。ヤツシロさん」

「ああ、クローネ。案内ありがとう、助かったよ」

「いえいえ……それにしても、驚きました。ヤツシロさんが、あんなに堂々とシジさんに向き合っているのが……あ、変な意味じゃないんですけど」

「はは、気にしないって。あれはただのハッタリだよ。弱っちそうだから門前払い、なんてことにしたくなかっただけだから」


 クローネにはこれまで、何度も何度も助けられた。

 できることなら、彼女の手助けを借りないように、これから経済面を立て直していきたいものである。

 何か恩返しでもできればいいんだけど、良い方法が思いつかない辺り、俺はちょっと気が利かないのだろう。


 ……そうだな、恩返し。

 それはやっぱり、俺がしっかりとこの世界で独り立ちしていくことなのかな。


「……腹が減る前に、ゴブルトのコロニーとやらに向かおうと思う。簡単な地図も描いてあるし、目的地までは多分なんとかなるよな」


 俺は山と川と街道しか描かれていない地図の山の裾に打たれた一点のバツ印を指さして、そう提案した。


「無謀です。馬車駅で交渉し、途中まで乗せてもらうべきですよ」

「……やっぱりそうなるかー」


 やはりというか、俺の現代的な距離感では測れない程度に、この地図もまた、遠大なものであるらしかった。

 まあ、そうだよな。山がまるまるひとつ描いて収まってる時点でおかしいよな。

 無難に、途中まで馬車に乗せてもらおう。


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