そんな装備で大丈夫か
目的であるカードバインダーは手に入れた。
ひとまずの目的は、このバインダーを正式に自分のものとするため、コレクターレベルを2に引き上げなければならないだろう。
まぁ、仮とはいえバインダーが手に入ったので、クローネに預けていたカード五枚は返してもらった。
自分の物は自分で管理しないとな。
ちなみに現在の手持ちのカードは、こんな感じである。
■「レイ・ストライク」スキルカード
・レアリティ☆
・標的を撃ち抜く霊力の砲弾。術者が使用を宣言すると、カードの絵柄から霊力弾が射出される。
■「オルタナティブ」スキルカード
・レアリティ☆☆
・差し迫る戦いに2つの選択肢。10秒間だけ使用できるスキルカードを2枚、ランダムに手元に呼び寄せる。カードオリジナルスキル。
■「オート・コンプ」スキルカード
・レアリティ☆☆
・拾う手間無くらくらく回収。24時間だけ、自分がドロップしたカードを自動的に手元に引き寄せるようになる。
□「アイシング・キューブ」アイテムカード
・レアリティ☆
・ひんやり冷たい氷のブロック。50cm角の氷のキューブを出現させる。
■「鈍蜂シャンメロ」モンスターカード
・レアリティ☆
・知性のない魔獣指定の虫族。巨大な蜂のような姿をしている。
強靭な翅は自身を魔力なしに浮かせているが、動きは非常に遅い。
群れで近づかれると厄介だが、一匹毎の対処はあまり難しいものではない。
スキルカードが3枚。
アイテムカードが1枚。
モンスターカードが1枚。
そのうちのモンスターカード、この前の戦いで死にかけたシャンメロのレアリティは星1つ。つまり、ミス・リヴンから与えられた試練のうち、既に一枚分はクリアしていることになる。残るはレアリティ2と3だけだ。
レアリティというからには、これはそのままレア度、希少度ということになるだろう。シャンメロが1というからには、他の2と3を自力で入手するためには、シャンメロ以上の相手と殴りあう必要が出てきそうである。
あの巨大蜂以上の怪物と戦うのは考えるだけでも恐ろしいが、こっちにはスキルカードがある。攻撃できる『レイ・ストライク』もあるし、前に猛威を振るったカード増殖スキルカード『オルタナティブ』も健在だ。
まぁ、多分なんとかなるはずだ。多分……。
ところでアイテムカードで『アイシング・キューブ』ってのがあるんだけど、これってどうすれば良いんだろうね。
でかい氷が出ると言われても、扱いに困るんだが……。
メイルザムはいくつかの町や村と接続しているらしく、人の往来は多い。
夕時になると、外食のためか、宿へ向かうためか、通りを歩く人の姿でいっぱいだった。
俺とペトルも、宿を探さなければならない。だが当然、俺達に金はない。そう悩んでいると、
「教会では、遠方から訪れた聖者のために、部屋の貸し出しもしています。……本来は教会関係者のための部屋なのですが、貧しい方々を暗い夜の中に追い出すわけにはいきません。慈聖神フルクシエルも、きっとお許しになるでしょう」
大天使クローネさんからそのようなお言葉を頂いた。
俺、宣教師さん達のお世話になりっぱなしである。
……しかし、お金がないというのは深刻な状態だ。
どうにかしてお金も稼ぎたいけども、どうやって稼げば良いんだろうか?
モンスターを倒してチャリンと落ちてくれるなら話も早いのだが……。
とにかく、今日は神様の家でお泊りだ。
俺とペトルはクローネの温情に深く感謝し、小さいながらも清潔な一室で一夜を明かすこととなった。
「ぱさぱさー」
頂いた食事は、例の黒パンである。
栄養豊富で味は微妙なこのパンは、ビスケットが好きなペトルのお気に召さなかったようだ。
清貧を良しとする教会の食事だ。それに恵まれたものである。文句は言えまい。
だが舌の肥え気味な俺もペトルも、早い内に自力で金を稼ぎ、美味しい飯にありつきたいものである。
「おいペトル、食べかすベッドに落とすなよ」
「ふほーい……ぱさぱさー……」
……まぁ、ここは神様の家みたいなもんだしな。
ペトルが思い切り寛ぐのも、間違ってはいないのだろうけど……。
翌日、俺とペトルは、クローネから水桶とタオルを貰った。
この世界に風呂なんて贅沢はものはない。桶の水を使い、タオルで身体の汚れを拭き取るのだ。
そしてタオルといっても、現代的なやわやわなふんわりタオルなどではない。乾布摩擦で絶大な効果を発揮しそうな、ゴワゴワとした安物タオルである。
わかってはいたが、文明力の差ってのは恐ろしいものだ。現代っ子にはこういうちまちました所のギャップが結構キツい。
ちなみに、ペトルから「背中拭いて?」と言われたけど、それはクローネさんにお願いしました。
身支度とパサパサした腹ごしらえを終えて、俺とペトルは朝の礼拝を終えたクローネに合流した。
宣教師としての仕事を終えて先日メイルザムに戻ってきたばかりのクローネは、もうしばらくは遠征のお仕事もないらしい。教会内でのちょっとした手伝いだけで、時間はかなり余っているのだとか。
「カードを集めるために、モンスターを倒しにいきたい」
「ええ……」
なので、俺は彼女からこの世で生きるための知恵を授かることにした。
が、聞いてみたはいいものの、彼女は困惑気味である。
「……んー……魔獣を討伐するのであれば、それなりの装備を……と、言いたいところですが……無いんですよね」
「ああ、これだけだ」
俺はポケットの中で悲しみにくれていた五百円玉を取り出し、クローネに見せてやった。
平成二十年製造。比較的摩耗も無い、美しい貨幣である。彼女は白銅製のコインを訝しげに見て、「なんですかそれ……」と当たり前の反応を返してくれた。
「俺も丸腰で……魔獣? と立ち向かうのはどうかと思うけど、あと二日しかないからな。今回も勇気を出して、この格好でやってみるさ」
本当なら、鉄とは言わないまでも簡単なレザーの鎧くらいは装備したい。
こうして町の中で話しているだけでも、通りには町人や旅人の他に、鎧を身にまとった屈強な男たちの姿が散見される。
彼らの防具を見ればわかるが、町の外に出れば、ああいった装備が必要とされる外敵が蔓延っているのだ。軽装のまま出向くのは得策ではない。
「ですね……ああいったものは、高価ですから。今のヤツシロさんでは確かに、現実的ではありません。モンスターカードを購入するという手段もありますが、それも難しいようですし……バインダーのためには、そのままの格好で戦いに赴くのも、仕方ないかもしれません」
「そういうわけだからクローネ、このメイルザムの近くにどんなモンスターがいるのか聞きたいんだけど……そういうこと、詳しい? できれば安全な相手だと嬉しいんだけど」
俺が訊くと、クローネはヴェール越しに頭を掻いた。
「……申し訳ございません。メイルザムは警備や防備がしっかりしているので、あまり外部の魔獣に関しては……」
「あー……」
まぁ、ゲームじゃあるまいし、町の外にどんなモンスターがポップするかなんて、いちいち覚えておくことでもないか。
「ですが、詳しそうな場所は知っています。討伐ギルドです」
「おお、ギルド」
ギルド。その単語ひとつでどんな機関なのか察しがついた。
つまりは屈強な男が剣と槍とハルバードとモーニングスターを持ち、様々な物騒な仕事をこなす、男達の酒場である。
……これで俺に剣が扱えたなら、そんな場所にも夢を見るんだけどなぁ。
「討伐ギルドは、町の外にいる魔獣などを討伐するための機関です。魔獣の中には繁殖力の強い種も多いです。町の安全は、そういったギルドの方々の健闘によって支えられているわけですね」
「そこでなら、どんなモンスターがどこにいるかも把握してるってわけか」
「はい、その通りです」
まさに専門家たちの集まりだ。モンスターの種類、生息地、その生態にも詳しいことだろう。
これから討伐ギルドの助けを借りるのは、ほぼ必定かもしれん。
「……それに、もしかしたらギルドに行けば、討伐の仕事もあるかもしれませんね」
「仕事……あ」
「討伐ギルドからの仕事をこなし、目当てのモンスターカードを手に入れる。……私は職業柄、危険な行為を推奨することはできませんが……お金が必要であれば、そういった選択肢も無くは無いかと」
「なるほど、そっか、お金も手に入るのか……ありがとうクローネ! そういう手もあるか!」
「い、いえ、まぁ、どういたしまして。大したことではないですよ」
討伐ギルドで傭兵稼業。
モンスター退治の仕事をこなして金をゲットしながら、神様の試練もクリアする。
これなら一石二鳥じゃないか。むしろバインダーの試練がなくても、この日はそうするべきかもしれないレベルである。
金。それは、俺が今現在、安全と同じくらい強く欲しているものである。
まず自らの目標を立てるには、生きる道筋が必要だ。
カードは力で、金は命だ。誇張ではない。実際にそう思っている。
「ねえねえ、シロ、戦うの?」
「ああ。地獄の沙汰も金次第だが、生きる上では金が全てだからね」
「お金……お金があると、どうなるの?」
「そうだな……うまい飯がたくさん食えるようになるぞ」
「ごはん!」
その時、ペトルの目がキラーンと輝いた気がした。バニモブ村での鍋料理でも思い出しているのだろうか。
まぁ、その気持ちはわかる。俺だってうまい飯をたらふく食いたいからな。
「ペトル、ちょっと危ないかもしれないが……俺と一緒に来てくれるか?」
「おほー♪ もちろん!」
「ふふっ……ヤツシロさんには神様がついているようですし、心配せずとも大丈夫かもしれませんね」
クローネは上品に口元を隠しながら笑った。
……神様がついている、か。そう言われると、結構心強いもんだな。
「では、メイルザムの道もわからないでしょうから、私にギルドまでの案内をさせてください。手続きも、わからないことは多いでしょう?」
「……ほんと、何から何まで悪いな、クローネ」
「良いのです。迷える人を助けるのは、教布神と慈聖神の望みでもあるのですから。それに……」
「おほ?」
優しげな瞳で、クローネがペトルを一瞥する。
「こうして神様のため、直々に働くというのも……聖職者として、素晴らしい経験ですもの」
「はは、違いないな」




