ルールとマナーを守って楽しく
目を閉じて、念じる。
半信半疑の精神統一であったが、俺の第六感が、目の前のコインが消滅した確信を掴んだ。
どうやら、本当に霊界とやらに“繋がった”らしい。今まで一度も味わったことのない、未知の経験である。
この状態で、お願いすればいいのだろうか。
……もともと図々しいお願いなのだし、勝手に言っちゃうか。
……もしもし神様、お忙しいようでなければ、どうか聞いてください。
ちょっとお願いがあるんです。
『あら、お初の人間さんね。この私に何の用?』
うわっ、なんか普通に女の人の声が聞こえてきた。
思わず目を開け、集中を切らせてしまうところだったが、神様相手にワン切りはさすがに不味い。
どうにか思い留まり、意を決してコミュニケーションを続けてみよう。
……ええと、符神ミス・リヴン様であらせられるのでございましょうか……。
『そうよー』
……あ、どうも。こんばんは。はじめまして。
私、蘭鉢 八代と申します……。
『ねえ、さっさと用件言ってくれない? どうせバインダーでしょ? “ちょびっと信仰”するんでしょ?』
うわっ、なんだこの人、めっちゃスれてるんだけど……。
ええと……いや、はい。バインダーは欲しいんですけど……。
『はいはいバインダーバインダー。どいつもこいつも、結局バインダーだけよね。入れるのはカード数枚だものねー』
どうしよう、なんか当初の予想とは別方向で怖いんだけど。
抱いていた荘厳さが欠片も感じられないよ。行き遅れそうなOLみたいな感じがするよ。
『で、信仰するの? 主信仰でも拝一信仰でも歓迎するけど』
あ、その、信仰するわけじゃないんですが……。
『は?』
うわっ、今絶対ガン付けられた。
神様にガンつけられた。超怖い。
ええ、どう答えよう……!
じ、実はお願いが! 信仰じゃなくてお願いがありまして!
『……へえ、お願い。過ぎたる願いの要求ってわけ?』
はい。信仰ではなく、お願いをしたいんです。
もちろん、試練でもなんでも受け入れますから……。
『良いわよ、過ぎたる願いの要求。久しくそういう信徒は居なかったから、良い暇潰しになりそうだわ。それで? このミス・リヴンに、異教徒がどんな願いを要求しようというのかしら』
良い暇潰し。異教徒。
ミス・リヴンから発せられる言葉は高圧的で、排他的だ。
恐ろしいが、もう既に賽は投げられた。
人生ゲームでは初手一回休みを頻発し、最終的に開拓地止まりで数十ターン一人遊びを繰り返すような運の無さではあるが、手にしたカードで戦うしかない。
『欲しいのはレアカード? 上位スキル? 好きなモノを言いなさいな。それ相応の試練を与えてあげる』
……バインダーをください。
『……ん?』
バインダーをください。
『バインダー?』
はい。バインダーです。
カードバインダー。
『……ぷっ。え、何? わざわざバインダーが欲しいがために願いを要求してるわけ? 信仰じゃなくて?』
はい、ちょっと……別の神様を拝一信仰しているので、色々な所で不便をしてるんです。
『あー、はいはい。なるほどねぇ。拝一信仰かぁ、それじゃあしょうがないわよねぇ』
俺が正直に要求の理由を話すと、ミス・リヴンの雰囲気は一変した。
それまで凄んでいたのが嘘のように霧散して、柔和な態度へ戻ったのである。
『良いわよ。むしろバインダーくらいなら、人間全てに持っていて欲しいくらいだもの。でないと、せっかく私が世界に散りばめたカード達が無駄になっちゃうしね』
えっ、本当ですか! やったー!
『ええ。バインダーはあげるわ。ただし、タダというわけにはいかないけどね』
ぬか喜びである。試練が無いと思うには早すぎた。
『そうねぇ……三日。あと三日だけ、あなたに猶予をあげる』
三日?
『三日以内に、あなたのカードバインダーのコレクターレベルを2に上げること。それが、私があなたの願いに与える試練。この試練を乗り越えたら、特別にタダでバインダーを進呈してあげるわ』
三日以内、コレクターレベル2。
……レベル上げ? 今更ゲーム的な用語の出現には驚かないが、コレクターレベルって一体なんだろう。
『もし期限以内にコレクターレベルを2に出来なかったなら、そのバインダーは没収よ。中身のカードごと、全部ね』
……言われていることの意味は、正直よくわからない。
とにかく、バインダーのコレクターレベルとやらを上げればいいのだそうだ。
三日に一つレベル上げ。それだけ聞くと非常に楽そうではあるが、はてさて、上手くいくかどうか……。
……上手くいくようにしなきゃいけないな。
これは俺に与えられた、この世界で生きてゆくための試練だ。
絶対にクリアしてやる。
『意気込みは……あるみたいね。ま、お金でもなんでも良いわ。とにかく条件を満たして、達成してみせることね』
頑張ります。
『よしよしっ。頑張りなさいよ、若きカードコレクターっ!』
最後にミス・リヴンからの激励を貰い、俺の精神はグンと引っ張られた。
五体にリアルな感覚が戻り、全身を包む暖かな気配が失せ、霊界との通信が切れたのだと実感する。
俺は自然に瞼を開いた。
「あ……」
先ほどまで念を注いでいた祭壇の上には、一冊の赤い本が乗っている。
ミス・リヴンが、先ほどの宣言通り、俺にカードバインダーを譲ってくれたのだ。
「やりましたね、カードバインダーが現れましたよ、ヤツシロさん」
「おほー、なんか出たー」
……いや、譲ってくれたわけじゃない。
まだこれは、貸してもらっているだけだ。
俺はあと三日以内に、コレクターレベルとやらを2にしなくてはならない。
そのためには、まず……。
「……ごめんクローネ、もうちょっとだけ、付き合ってもらえないかな?」
「は?」
専門用語を解読してくれる、親切な人が必要だ。
「なるほど、バインダーのコレクターレベルを2にしろと……」
俺はとりあえず、ミス・リヴンから与えられた試練の内容をクローネに訊ねた。
クローネは俺のカードバインダーを手にとって開き、中を開いて“ふむ”と一人納得したように頷いている。
「コレクターレベルってのは何なんだ? ミス・リヴンから言われたけど、意味がわからなくてさ」
「ああ……コレクターレベルというのは、ミス・リヴンが個人所有のカードバインダーに設定した、バインダーの性能のこと、でしょうかね」
「バインダーの性能?」
ただカードを入れて取り出せるってだけの道具じゃなかったのか。
「見てもらえばわかりやすいかと思います。ヤツシロさんのバインダーのページを開いてみてください」
「俺のそれだよ」
「あっ、ごめんなさい。はい、これです」
クローネは俺に、バインダーを開いて見せた。
そこには片面、1ページ分だけに9枚分のカードを収めるスペースがあり、中央の横一列だけ、ちょっとだけ色が違い、薄い赤色になっていた。
しかもそこには、数字まで書いてある。
左から順番に、1、2、3、と。
「この中央の横一列に、レアリティがそれぞれ1から3のモンスターカードを収めていくんです。そうすることでここに収めたモンスターカードが消滅し、コレクターレベルが上がります」
「ほほー……消えるのか」
「コレクターレベルが上がると、更にもう片側の1ページにカードスロットが現れます。つまり、コレクターレベルが2になると、合計で18枚のカードを保管できるようになるわけです」
おお、カードを入れる上限が増えるのか! それはなんか便利だな。
「シロ、その本見してー」
「おう。……壊すなよ?」
「ふふっ、神器はそう簡単には壊れませんよ」
……コレクターレベルを2に上げる。
俺はそのために、指定されたレアリティのモンスターカードを入手しなければならない。
今更、モンスターカードはどこで手に入れればいいんだろう? だなんて、懇切丁寧なチュートリアルじみた質問はしない。
要は、狩るのだ。
モンスターを狩って、カードを集めなければならないのである。
『というか、随分話の通じる異教徒だったわねー。ま、バインダー欲しがってるなら何だって良いけど』




