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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 彼の地に堕ちた信仰心
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見知らぬ書類に判を押すな

 頭に物がぶつかって気を失うという経験は、実は結構あったりする。

 なので今回目覚める間際も、明晰夢から目覚めるように、なんとなく事の経緯を思い返せるぐらいには意識をはっきりと保っていた。


 人が、墜ちてきた。

 見間違えかもしれないが、俺はあの一瞬、そんなものを目に捉えていた気がする。

 だとしたら、俺もよく生きてたものだ。

 あの時のスピードなら普通に死んでるはずなんだけども、ただズキズキするだけで済んだのは幸運だ。


 そんな事を考えながら、俺はけだるい体を起こしつつ、瞼をぼんやりと開いていった。


「……」


 小鳥のさえずる声。

 名前も知らない虫達の歌。

 都会の中では聞けないような環境音に、俺の意識は覚醒する。


 視界には、鬱蒼と茂る森が広がっていた。


「えっ!?」


 思わず自分の体調も顧みず、勢い良く立ち上がってしまう。

 事後報告だが体に不調は無い。血も出ていなかった。


 だが辺りは異常100%。

 見回せど見回せど、そこは森。

 代々木公園でも上野公園でもない。下草ぼーぼーの、完全な森林地帯がそこにあったのだ。


「なんで!?」


 俺はツいていない方だけども、さすがに目が覚めたら樹海のど真ん中にいました、なんて経験はない。

 そもそも家から緑豊かな所までは結構遠い。どうして俺はこんな場所にいるんだ。


「う、うーん……」

「あ……」


 まさか地球外生命体にキャトられたか、なんて突拍子もないことを考えたところで、俺は自分の足元に小さな人影が横たわっていたことに気がついた。


 汚れ一つ無い純白の衣。

 きめ細やかな金色の髪。

 日本人離れした、というよりは西洋人に近い、透き通るような白い肌。


 そんなファンタジーな美少女が今、俺の足元で、寝苦しそうな顔で横たわっている。


「おい、大丈夫か!?」


 誰か。それは後回しでいい。俺はすかさず屈んで、彼女の容態を確かめた。

 俺は、俺を轢こうとしたトラックの運ちゃんには結構ドライなところはあっても、見ず知らずとはいえ苦しんでいる人を放ってはおけない程度には、良識を持ち合わせているつもりなのだ。


 意識を失っている人に無闇に触れるのは危険だが、外傷は無いようだ。

 安全を確認し、ゆっくりを身体を仰向けに整えてやると、少しだけ彼女の表情も和らいだように見える。


「あ、あううー……」


 呻いてはいるが、呼吸はしてる。

 意識はどうだろう。


「おーい、大丈夫かー」

「や、やめてー……」


 頬を軽くペシペシと叩いてみると、しっかりと俺にわかる言葉で返事をしてくれた。

 意識も健在のようだ。


「痛いところあるか?」

「ほっぺ……ひりひり……」


 うむ、特に他の異常はないらしい。目立つ怪我も見られない。

 これにて一件落着だ。良かった良かった。


「おい、起きな起きな。言葉は通じるよな。土の上で寝てないで」

「あうん……?」


 しかしそれは、この女の子に限った話である。

 肝心の俺の方は、今の状況が何がなんだかわかっていない。


 森。

 突然の森……である。

 見知らぬ森の中で、見知らぬ少女と二人きり。ここまで事の経緯を想像もできない異常事態は、さすがの俺も初めてだ。


「うぅん……」


 女の子は寝ぼけ眼を擦りながら上体を起こすと、不思議そうな顔で俺を見て、可愛らしく首をかしげた。


「ここどこ……?」

「……それは、俺も聞きたいよ」


 さて、まぁ、可愛い女の子が居るのはいいんだけどもね。

 ちょっとばかし、面倒なことになったかもしれない。




「参ったな、携帯がぶっ壊れてる……」


 西洋人形のような少女が起き上がり、お尻についた土を払う最中、俺はポケットの中に詰め込んだ携帯を見て、項垂れた。

 何の衝撃か、俺の携帯さんは基板まで砕けてご臨終されたらしい。電源さえも点きやしねえ。

 辛うじて電池パックは無事のようだが、それが一体何の慰めになるというのか。


 現在地をGPSで確認できれば、樹海の真ん中だろうが屋久島だろうが、抜け出せると思ったんだけどな……。


「どうしたの? 困ってるの?」


 困り事はそれだけじゃない。

 さっきから俺の後ろから壊れた携帯を覗き込んでいる、この女の子も心配だ。

 俺はいつもの不幸だとこの状況を開き直れるが、それにこの子が巻き込まれたとなると、ちょっとばかし後味が悪い。


 外人の成長は早いって聞いたことはあるけど、見たところ年齢は十四かそこらといったところだろう。

 日が暮れる前に帰してやらないと親御さんが心配するだろうし、何より俺が社会的に死を迎え……。


「うん?」

「ん? なあに?」


 少女の可愛らしい顔を眺めている途中で、俺の浅い記憶に電流が走る。


 俺はこの森に来る直前、コンビニの手前で空を見上げていた。

 その時に見えたのは、こちらに向かってものすごい勢いで落ちてくる“何か”であった。


 ……あの時、落下中に俺と目が合ったのは……この子だろうか。




 ……いや、そんなはずはない。ありえない。

 俺が歩いていたあの場所は、他に高い建物もないような場所だ。

 物がピンポイントで落ちてくる要素はどこにもなかったはずである。


 というか、何もない空から人が落ちてくるってどういう状況だ。

 航空機が空中分解して投げ出された人間でもない限り、そんなことは有り得ないぞ。


「……あのさ。君、名前は?」

「私? 私はペクタルロトルよ」

「ペ……」


 長い。噛みそう。

 ていうかそれだけで名前? どこの国の子だ。


「人間さんは、なんていう名前なの?」

「……人間さんって、あのな……」

「あなた、人間さんじゃないの?」

「いや、俺は人間さんだけどね……」


 何この子……。

 変っていうか、ちょっと恥ずかしい電波入ってるんじゃないか……。


「見ず知らずの私を助けてくれるなんて、あなた、とっても優しい人間さんなのね!」


 俺が訝しむ間もなく、少女は朗らかに笑った。


 ……顔の良い子ってホント得だよな。

 もうその笑顔だけで何だって良くなるもん。


 まぁ、年の割に変な言動はともかくとして、このペ……ペトル? なんとかちゃんは、悪い子ってわけでもなさそうである。

 多分、帰国子女的な育ちの良いお嬢様か何かだろう。

 早く親御さんの下に帰してやらなければ、俺が社会的に抹殺されるより前に、この子の家のボディーガード的な何かによって殺されかねない。


「ねえ人間さん、お名前は?」

「ああ」


 そういえば、まだ言ってなかったか。


「俺の名前は蘭鉢(らんばち) 八代(やつしろ)だ。よろしくな」

「らんばち、やつしろ……らんらんって呼んでも良い?」

「ダメ」

「ぷう」


 そんなパンダみたいな呼び方はやめてください。

 むくれっ面にならないでください。


「さあ、ここに居たってどうにもならない。とにかく森を出て、人のいる場所に行こう」


 この森がどこかもわからないのでは、俺でさえもちょっと不安だ。

 今は保護すべきこの子がいるから辛うじて客観的な視点に立って冷静になれてはいるが、暗くなった時の事を考えると寒気がする。


「……私も、ヤツシロについていっても良い?」

「当然だよ、一人でなんて危なっかしい」


 俺はペトルに手を差し伸べた。


「お前の家に送ってやるまで一緒にいるから。手を繋ごう」

「……」

「さ、早く」


 森とか山の夜は早いという。

 それに足元も下草やデコボコで、小さな女の子には厳しい道だ。

 俺も大概、よく色々な物に躓いて怪我をするが、ここで率先して助けの手を差し伸べるのが年長者の義務というものである。


「……本当に、優しいんだね」


 俺が差し伸べた手を暖かな眼差しで見つめ、ペトルはどこか大人びた風にそう呟いた。


 彼女は間違いなく背の低い少女で、俺が保護してやるべき弱い子供だ。

 どういうわけか、俺はその瞬間、この女の子の微笑みの中に、確かな母性を見た気がした。


 少女の温かい両手が、俺の手をそっと包み込む。

 そして少女は俺の手に顔を近づけて……。


 って、何。ちょっと待って……。


「ヤツシロに、真の幸運が訪れますように」


 俺の手の甲は、少女の接吻を受けたのだった。




「……はいっ! できた!」


 何かを成し遂げたとばかりに満面の笑みを浮かべる彼女。

 そして、右手を差し出したまま硬直する俺。


 何が“はい”なのか。何故手の甲にキスされたのか。

 そして幸運ってもうそのキスが既にほとんど俺にとって幸運かなって思うんだけどそういう解釈で構わないのか。




 なんてことを固まった真顔で考えているうちに、近くの茂みから大きな音が聞こえてきた。


「げっ……!?」

「おほ?」


 明後日の方向から聞こえてきた異音に、二人同時に顔を向ける。


「ブルルルンッ……」


 その茂みには、大型犬よりもずっと大きなサイズのイノシシっぽい生物が佇み、こちらにユニコーンのような“一本角”を向けて唸っていた。


 茶色の体毛。黒い蹄。黒い角。赤く光る瞳……。

 ディテールはどうだっていい。

 巨大な野生生物が、そこにいた。


「……に、逃げるぞっ!」

「わっ、きゃあっ」


 三十六計逃げるに如かず!


 俺はペトルの細い身体を肩に担ぎ上げ、必死でその場を駆け出した。



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