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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 彼の地に堕ちた信仰心
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お祈りする準備はオーケーか

 教会。

 それは様々な宗教的施設を統合した、祈りのための聖域だ。


 天上の高い大きな聖堂には、元の世界でも見慣れた沢山の椅子も置かれてはいるものの、当然のことながら十字架などは見当たらない。

 代わりに、壁際には一定間隔で祭壇が据えられており、外側が豪華な造りになっているようだ。


「商神カルカロン、煌めく富と公正なる秤に感謝します……」


 壁際の祭壇には、それぞれの神を信仰する信者たちが集まり、捧げ物やお祈りをしているらしい。

 祭壇毎に祀られている神も違うようで、人の多い祭壇もあれば、少ない祭壇もあった。


「シロ、気になるの?」


 俺が祭壇を見渡していると、隣からペトルが覗きこんできた。

 こいつも神様で、俺が信仰している唯一の神様でもある。


「ん……まぁな」


 既に信仰している神様がいるのに、他の神に視線をやる……そういうのはどうかと思わないでもないが、信仰したくてしているわけでもない。

 俺は正直に、この場所にいる人々や、その祭壇が気になることを白状した。


「じゃ、一緒に見よう!」


 が、別にペトルの機嫌を損ねるような事でもなかったようだ。

 他の神様を信仰できない俺と、神様そのものであるペトルは、祭壇を冷やかして回ることにした。




「へえ、やっぱ色々いるんだなぁ……航神(こうしん)耕穣神(こうじょうしん)戴工神(たいこうしん)……なんか、職業別みたいだ」


 祭壇の脇にはいくつかの分厚い本も配置されており、そこには神々にまつわるエピソードなどが細かに記されていた。

 今更だけど、字が読める。日本語ではないのに、この世界における文字は自然と頭の中に溶け込むかのようだ。


「へえ、これは工業的な……製造を司る神様なのか。便利そう……」


 本をぱらぱらと見ては、罰当たりなコメントを吐く俺である。

 近くに信者さんがいないからこそ言えるのだ。いたらわざわざこんな事を口走ったりはしない。


「おほー、腕が四本もあるー」


 本を眺めていると、挿絵らしい場所を見たペトルが興奮したような声を上げた。

 彼女が見た挿絵は、戴工神コンベイの姿を抽象的に描いたものである。

 筋骨隆々な四本の腕は様々な工具を持ち、神々しい装飾の施された鉄床の上で胡座をかいているという、なんというか、ちまちま何かを作るよりも、そのまま戦った方がつええんじゃねえかって見た目の神様だった。


「ペトルは、知り合いの神様とかいないのか」


 俺は、神様が基本的にどんな姿をしているのか知りたくて、何気なく訊ねてみた。


「いるわよー」

「みんな、腕何本あるんだ?」

「んーと、人間さんみたいな格好をしたのは一人いるけど、他の三人はよくわかんない」

「へえ。神様にも色々あるのか……一人と三人ってことは、ペトルの知り合いは四人?」

「うん。でも、神様って他にもいっぱいいるのね! 私、知らなかったわ!」

「……そっか」


 ペトルは楽しそうに、神々が記された聖書を眺めている。

 それは、自分と同じ立場にいる神々に親近感を抱いているからこその反応だったのだ。


 彼女は何故、地上にいるのだろう。

 何故、別世界の俺に墜ちてきたのだろう。


「ヤツシロさん、ペトルさん、おまたせしました」


 そんなことを考えている間に、奥の部屋からクローネが戻ってきた。




「結論から言いましょう、真幸神ペクタルロトルという名の神は……メイルザム大教会の書庫にも、存在しませんでした」

「そんなー」


 クローネから告げられたのは、ペトルの存在否定であった。

 かわいそうにペトル。知名度の無い神様ってのは切ないもんだな。


「ごめんなさい。ですが、資料はたくさん見たのです。けれど真幸神という神については、下位神、上位神、原神のどれにも記述がなく……」

「……うーん……この建物に無いだけで、更に大きな……国立の図書館みたいな場所にならあるかな?」

「そう、ですね……国内では、ホルツザム王立図書館があります。しかし、神学関係の資料で言えば、こちらのほうが充実しているべきですから、そうなると……本格的に、彼女に関する資料は無い、ということになります」


 クローネは申し訳無さそうな目で、ペトルを見た。


「地上を歩く神……まず、間違いないとは、私も思ってはいるのですが……彼女の処遇をどうすればいいのか、私にもわかりません……」

「……やっぱりペトルは、複雑な立場に?」

「前例のないことですからね。……神が地上に居るという時点で、様々な国が様々な思惑を持って、ペトルさんの利用を画策するでしょう」


 現物そのまんまの神。それを頂点に据えれば、最高のカリスマの完成だ。

 あとは傀儡にして外交なり何なりをやっていけば、うまくいく。

 俺はこの世界における国というものについて全く知らないが、一人の市民である彼女が危機感を抱いているのであれば、きっと俺の抱く想像も、あながち間違ってはいないのかもしれない。


「私、ちゃんといるのにー……」


 ペトルは先ほど眺めていた本をさみしげに見つめ、俯いた。


「……まぁ、安心しろよ、ペトル」


 俺はうなだれる彼女の頭に手を置いて、撫でてやった。


「俺はお前の信者なんだからさ」

「……うん! ありがとう、シロ!」


 すると、上機嫌に早変わり。

 よし、元気になってくれたか。良かった良かった。

 落ち込んでる幸運の女神様なんて、俺も見たくはないからな。


 信者が俺だけっていうのも何だかなーとは思うけれど、決して悪い子じゃあない。

 まだまだ幼いところもある神様だが、そういうのは追々、直していけばいいだけである。


「……さて、それじゃあヤツシロさん。次は、符神ミス・リヴンの祭壇へご案内しますね」

「ついにか……」


 ペトルの資料は無し。それはそれで構わない。

 むしろ重要なのは次である。問題の、ミス・リヴン様へのお願いだ。


 ペトルが本に載っていようが載っていまいが、彼女が神様であることにはかわらないが、俺がバインダーを持っているか持っていないかでは、残念なことに俺の生死が絡んでくる。

 ここを乗り越える事こそが、俺が異世界で生き抜くための第一歩目となるだろう。


「さあ、上位神の祭壇は正面側にあります。こちらへどうぞ」


 俺達は聖堂の奥へ向かって歩き出した。




 符神ミス・リヴン。

 あらゆるカードを司るその神様は世界の根底に存在する者として、上位神に君臨している。

 スキルを司る神、技神ミス・キルンの双子であり、ミス・リヴンは姉にあたるのだとか。

 そのためか、祭壇はミス・リヴンとミス・キルンのものが二つ隣り合って並んでおり祭壇側面に施されたのレリーフの意匠も、どこか似通っている。


「固定祭壇は、上に捧げ物を置くことですぐに霊界と接続します。大抵は祈りの霊力を用いて霊界と交信するのですが、事情によって霊力が使えない場合は、代わりとなる触媒を祭壇に捧げることになりますね」

「触媒?」

「神器の類であれば、何だって大丈夫ですよ」


 そう言ってクローネは、自分のポケットから一枚の硬貨を取り出した。

 車輪と天秤のレリーフが施された、真鍮っぽい質感の貨幣。カロン硬貨である。


 ああ、そうか。カロン硬貨はそれそのものが神様が作り出したものだから、それを触媒にできるのか。

 つまり、ワンコインで神様と交信できると。なんだかお手軽な感じである。


「ヤツシロさんは符神を信仰していないために祈ることはできませんから、念じるだけに留めておいてくださいね」

「え、あ、うん……でも、念じるとか言われても、俺こういう事やったことないからわからないんだけど……」


 クローネから貨幣を握らされて、おどおどする俺。

 ちょっとかっこ悪いが、これから偉い神様にクレクレしなくてはならないのだ。怖いのは当然であると言い訳させてもらいたい。


「大丈夫です。霊界との交信とはいっても、神の声は神聖が強いために、私達にとってのはっきりとした言葉には聞こえません。しかし神の伝える言葉は、音ではなく魂で理解できるものです。意思疎通は容易ですよ」


 以心伝心、テレパシーってやつ?

 そう言われるとなんだか簡単そうに思えるけど、尚更神様に対する畏れが増してきた……。


「さ、ヤツシロさん、頑張って」

「シロー、がんばれー」


 後ろで応援する二人に背中を押され、俺は覚悟を決めて、祭壇に向き合った。


「……どうか罰が当たりませんように」


 俺は神ではなく、とりあえず仏様にそう願ってから、祭壇の上にカロン硬貨を置いた。



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