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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 彼の地に堕ちた信仰心
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夢を日記に書かないよう

 その日は、ひとまず寝ることになった。

 なにせ土を転がったり、槍で突いたり、全力疾走したりと大忙しだったのだ。

 俺はもうドロドロに疲れ、多くを考えられない状態だったので、仕方のないことである。


 宿は、民宿を開いている村人のおばあさんが快く一部屋を貸してくれたので、どうにかなった。

 ちょっと寒い部屋に、質素な毛布、簡単な着替え、朝食まで用意してくれるのだという。

 こういうものを目当てに、半分打算で挑んだ虫退治であったが、実際に命懸けの場面もあったのだ。このくらいの待遇は、胸を張って頂きたいと思う。


「ねえねえ、シロ」

「……ん?」


 俺がいざ眠ろうと目をゆっくり閉じかけていると、ベッドから起き上がったらしいペトルが声をかけてきた。


「シロもこっちで寝よう?」

「いやいや、そっちはさすがにお前一人で使っておけよ。ベッドは一つだけなんだから」


 この田舎っぽさのある村なら、当然布団だろうと思っていたのだが、置いてあったのは意外にもベッドだった。

 毛布は沢山あるので下で寝るには困らないのだが、ペトルは何故かゴネている。


「やーだー、私、シロの近くで寝たいー!」

「……お前なー」


 本当に、ただの子供である。

 これで神様だというのだから、本当に信じられない話だ。


「……わかったよ。じゃあ、そっちのベッドでな」

「おほーっ」


 まぁ、夜は冷える。

 どうにか一宿一飯を得たとはいえ、俺達は身寄りも力も無い脆弱な一人の人間と、一柱の神様だ。

 エネルギーを無駄にしないよう、身を寄せ合って眠るとしよう。


「……」

「すぴー」


 不幸な俺と、幸運を引き寄せてくれる女神、ペクタルロトル。

 ここから先、俺達はどうなってしまうのだろうか。


 考えにもまとまらない、そんな漠然としたことを考えながら、俺はペトルを追うようにして、夢の世界へと落ちていった。





 夢の中は、暗闇。

 一寸先も見通せないような漆黒の中に、俺の身体は漂っている。


 何も見えない。だが、どこか心地良い。

 思わず自分の意識もそこに落とし込みたくなるような闇の中で、俺は次第に段々と青みがかっていく闇の中に、夜空を見た。


 名前も知らない数多の星々に、薄く千切った雲のような星雲。

 俺はおそらく仰向けになって、幻想的な夜空を眺めている。


 吸い込まれそう。

 夢にしておくには、惜しい景色だ。

 どうにかしてこの光景を頭に焼き付けたままにしておきたい。だが、夢だといつかは褪せて、掠れてしまう。

 そんなことを悔しく思いながら、俺はため息の出るような空と向き合っている。


「そこにいるのか」


 ふと、空から声が響き渡った。

 空全体から発せられたかのような巨大な声に、俺の身体はびくりと震え――。




「うわっ!?」

「おぶっ」


 俺は跳ね起きた。

 同時に、俺の頭突きが何故か目の前にいたペトルの脳天に直撃した。


「……あ、大丈夫か……?」

「きゅう」

「駄目か」


 悪夢からの寝起きで気分は悪かったが、それ以上に痛い目に遭ってるペトルを見ていると、そう不快なままではいられない。

 俺はペトルを宥めたりあやしたりするので気を遣っているうちに、モヤモヤとした夢の中の出来事などは、綺麗さっぱり忘れてしまうのだった。




 ベジタリアン大喜びなヘルシーな朝飯を食って、手早く着替えて、特に必要もない準備を済ませて外に出ると、そこではクローネが待っていた。

 町から来た宣教師さん方は同じ民宿に泊まっていたのだから、特に不思議もないことである。


「おはようございます、ヤツシロさん、ペトルちゃん……あら? ペトルちゃん、その頭、大丈夫ですか?」

「シロがー」

「ヤツシロさんが?」

「いやいや、朝偶然ぶつかっちゃっただけで」


 特に体罰とか変なことしてないんで、睨まんといてください。

 クローネさんの睨み、結構気迫あって怖いんです。


「まぁ、良いでしょう。ところで……」


 わざとらしい咳払いを挟み、クローネが話を転換する。


「ああ。昨日の続きで、カードについて聞いておきたいんだ。教えてくれるかな」

「わかりました。私が知っている限りのことは、お話ししましょう。何も知らないのであれば、それはこの世界において、真っ先に覚えておくべきですからね」


 陽が登り始めたばかりのバニモブ村。

 霞がかった遠景をぼんやりと見つめながら、俺達二人はクローネの後を追った。




 宣教師さんたちの仕事は元々昨日の一日で終わり、ここに一泊してから帰るつもりだったらしい。

 なのでこれから彼女らは村を発ち、教会のある町へと戻ってゆくのである。


 俺達は昨日の活躍もあってか、宣教師のおばちゃんたちにいたく気に入られ、帰りの馬車に一緒に乗せてもらえることになっている。

 クローネからの話は、そこで聞こうという運びになったのだ。


 帰りの馬車は、村の外れに留められていた。

 かなり大きめの荷馬車の前には四頭の馬が既に待機しており、いつでも発車できそうな雰囲気を見せている。


 馬車に、馬。

 実際に見ると、知識で持っていたものよりずっと巨大だ。ちょっと感動する。


「ヤツシロさん、そちらは宣教師の馬車です。私達は、あちらの荷物用の荷馬車に乗りましょう?」

「え?」

「おほ?」


 クローネが指で示した先にはもう一つ、小さな荷馬車が待機していた。

 そっちはずっと小さめで、馬も二頭のみ。なんとも頼りないサイズである。


「本来は我々の荷物を載せるだけの荷馬車ですが、ヤツシロさんとペトルちゃんであれば、おそらく重量も平気でしょう」

「おお、それはなんともまぁ……御者の人も、大丈夫って?」

「いえ、本人がそうおっしゃっていましたので」

「本人?」


 よく見れば、御者が座るべき場所には、座席らしいものが備わっていない。

 御者のない馬車。そんなものがあるのだろうか。


「俺のことだ、小僧」

「おっ!?」


 馬車の荷台ばかり見ている俺に、目の前からダンディーな声がかけられる。

 声の発生源は、なんと荷馬車を牽引する、馬本人であった。


「善意で運んでやろうってんだ。感謝しろよ」

「そこの宣教師の嬢ちゃんに感謝しな」

「あ……はい。よろしくお願いします」

「よろしくねー!」


 馬が喋っておられる。

 しかも声がめっちゃ渋くて格好良い。

 ファンタジーな世界なので特に不思議なことでもないのだが、かなり不意打ちな出来事であった。




 二台の荷馬車が出発し、次の停泊地を目指す。

 宣教師さんたちは一度、小さな宿場町を経由してから、二日かけてメイルザムへと戻るのだそうだ。

 その間、俺とペトルは小さな馬車の中で、クローネさんから様々な事を教えてもらうわけである。特に変な意味はない。命がかかっている問題なので、ふざけている暇など無いのだ。


「そういえば、空き神殿では符神(ふしん)ミス・リヴンの説明がまだでしたね。失礼しました。この機会に、しっかり補足しておきたいと思います」

「ありがとう」

「良いんです。これも我々の務めですから」


 クローネは何を聞いても、嫌な顔をせず答えてくれる。

 良い子や。俺の姉貴もこんな子なら良かったのに。


「符神ミス・リヴンは、この世界におけるカードを司る上位神です。上位神は、他に技神ミス・キルン、時律神スパロトル、光輝神ライカール、そして暗神(あんしん)ザイニオルが存在します」

「上位神は五柱……そのひとつが」

「はい、カードを司るミス・リヴンなのです」


 カードを司る神様、ミス・リヴン。

 その神が、この世界におけるカードという存在を創り出しているのだという。


「様々な神の上位に立つことから、彼女の生み出すカードには、多くの効果を持ったカードが存在します。例えば……『バインダーオープン』」


 クローネは手元にバインダーを呼び出して、それを俺たちに向けて開いた。

 バインダー内には7枚のカードが収められ、残りのスロットは2つのみである。


「ここにある、『守護霊のカーテン』ですが、これは法神の魔法を封じ込めたスキルカードです」

「別の神の魔法を?」

「はい。法神は下位神ですから、その力は上位神たるミス・リヴンにも扱えてしまうのです。他にも様々な神によって生み出されたスキルが、カードとなって世界に存在しますよ」

「……というと、カードさえあれば……」

「はい。理論上は、カードさえあれば、あらゆる神々のスキルを扱えますね」


 なるほど、便利だ。感動的だな。


「けどカードって……」

「はい、バインダーの外に出しておくと、すぐに使えなくなってしまいます……今はこうしてバインダーに収められているので、平気ですが……」

「じゃあシロも、それを神様から貰えばいいのね」

「……お前以外の神様を信仰できれば、それもできたんだけどな」

「はい? 神様?」

「あっ」


 おっとうっかり、つい口が。

 まぁなんとか誤魔化せばいいか。


「私、神様なのよー」


 あ、駄目だ。遅かった。


「神様って、どういうことです? あまり変な事は……」

「本当なのにー……」

「あー……そうだなぁ、何から話したらいいのか」

「え? え?」


 クローネは混乱している。


 ……仕方ない。彼女は、命懸けで俺を助けてくれた人だ。

 クローネになら、ペトルの事情を説明しても、きっと大丈夫だろう。




「……『ステータス・オープン』」


 事情を説明した後、クローネはペトルの手を取り、短い呪文を唱えた。

 すると一瞬だけ、クローネの手が僅かに光ったのだが、特別何も起こることはなく、すぐに光が消え去ってしまった。

 それを見て一度大きく頷くと、クローネはそれでも不思議そうな顔で、息を吐いた。


「信じられません、ステータスカードが出ない人間がいるとも思えませんし……」

「信じてー」

「……そうですね。まだ、確証というわけではありませんが……真幸神ペクタルロトル、その可能性はあるでしょう」

「むー」


 ペトルからステータスカードが現れないことで、クローネの疑惑は半信半疑くらいにまで和らいだらしい。

 しかしまだ信じられないのだ。今の調べ方は、決定打に欠けるのだろう。

 それだけ、神様が地上をそのままの姿で歩いているということは、信じ難いことなのである。


「……真幸神ペクタルロトル、貴女の力は、一体どのようなものなのです? 神であるからには、必ず何か、司っている概念があるはずですが……」

「うーん……幸せ?」


 自分の存在意義に対し、ペトルはあやふやな認識しか持っていなかった。


「幸せを司る……と言われましても……」

「クローネ、そんな神様は居ないのか?」

「聞いたこともありませんね。教会で調べれば、もしかしたらわかることもあるかもしれませんが……」

「そんなー」


 どうやら、神様を専門に扱っている人でも、ペクタルロトルという神様はご存知ないらしい。


 ……だが、俺にはなんとなくわかる。

 このペトルの言っている“幸せ”は、本当なのだと。


「……しかし、ペクタルロトルを拝一信仰する以上、ヤツシロさんは符神ミス・リヴンを信仰することができませんね。カードバインダーは便利な神器なので、持っておくべきなのですが……」

「そんなに便利なのか……」

「ええ、カードを扱うのであれば、必須であるほどに」


 持っていないと、尚更欲しくなるものだ。

 クローネの持つバインダーが、すごく輝いて見えてくる。


「まず、バインダーに収めることで石化と消滅が防げる、これが何よりも大きな点です。ポケットに入れるなんて、ありえないことですよ」

「ごめんなさい」

「いえ、責めているわけではなく……。それに、バインダーに入れてさえいれば、こうして……」


 クローネがバインダーを閉じ、それを左手に持って……。


「閉じてから……『サーチ・オルタナティブ』!」


 本の表紙を右手で撫でると、なんとその手の中に、輝くカードが現れたではないか。


 カードは、『オルタナティブ』。

 昨日のシャンメロとの戦闘でお世話になった、スキルカードを2枚出現させるという、非常に便利なカードである。


「これは、私のバインダーの中に入っていたカードです。それを『サーチ』宣言することによって、ピンポイントで抜き出しました」

「おお、そんなことまで出来るのか……」

「なので差し迫った状況では、バインダーを開かずともすぐにカードを抜き出し、発動ができます。カード枚数やページが多い人には、かなり有効な呪文ですね」

「いいなぁ……バインダーいいなぁ……」


 子供のように玩具をねだっているわけではない。

 実際問題それがないと、かなりまずい気がするのだ。


 ペトルと一緒にいれば、俺の推測だが、カードがじゃんじゃん落ちてくる。

 そしてそのカードを使えば、俺は魔法使いと同じくらいの戦いができるのだ。

 カードはそのまま剥き出しの状態でも一日は持つが、24時間が経過すると灰色になり、石化状態に変わって使えなくなるのだという。

 さすがに勿体無いからといって24時間以内に使い切るような、壮絶に忙しく、戦いにまみれた生き方はしたくない。


「バインダー……どうにかして、信仰しなくてももらえる方法って無いのか……」

「無いこともないですね」

「えっうそまじで!?」

「はい」


 俺は跳ね起きた。


「かなり難しいとは思いますが……符神ミス・リヴンに直接、取引を持ちかけるのです」


 クローネの口から発せられた提案は、神と直接交渉しろという、直訴を遥かに上回る無理難題であった。


『いる。何かがいる。闇より昏く蠢く、貴様は何だ?』

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