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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 討つは奴への猜疑心
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商売は信用によって育つ

 商売の街というだけあって、広場には露店がずらりと並んでいた。

 その数たるや、フリーマーケットどころではなく、まるで縁日のよう。本来はただ広いだけの場所が商人たちの店によって区分けされ、ちょっとした迷路に変貌している。

 ぱっと見た限りでも、食器類や刀剣類、干物や果物など、売られている種類は様々だ。シートの上にごちゃごちゃした品物をいっぱいに並べる店がそこらじゅうにあり、もう何から見たらいいのか全くわからない。

 また、馬車で牽くタイプの屋台をそのまま店として使っている所も多い。大きな窓から外の客を呼び込み、そのまま窓口で売買を行うのだろう。備え付けの機材を使えるような、軽食を売り出すものが多いようだ。


 コヤンも商人なのでそこにいる……のかと俺は思ったのだが、コヤンは元々別の商人に売り込むつもりだったらしく、彼女自身はあまり直接の販売は行わないのだという。

 仕入れた商品を、店を構えた大きな所に買い取ってもらう。なるほど、彼女の背嚢があれば、そうした卸売を中心とした業態に傾くのも当然か。


「コヤンさんはしばらくかかるそうですね。ヤツシロさん、その間私達はどのようにしましょうか」

「うーん、そうだなぁ」


 金はある。神様からもらった剣のおかげで、危機を乗り越えるばかりか感謝までされてしまったので。

 これだけ余裕があると、なんだか緊張感も湧いてこない。どうせ今日はここから動けないんだし、というより、あと数日ほどはゆっくりしていたい気持ちもある。

 旅続きで体も結構だるくなっているのだ。金もあるし場所も良いので、しばらくゆっくりと休息を取るのもありだろう。


「おほー……お祈り……」

「……じゃあ、まずは教会にでもいきますか」

「それは素晴らしい考えです。是非そうしましょう」


 そんなわけでひとまず、俺達は心の家で一息つくことになったのだった。




「わお、ここもまたすげーな」

「カルカロンの聖地ですからね。教会の中央は全て商神の祭壇ですよ」


 ここカルロニアの教会は、ホルツザムの教会よりも巨大だった。

 さすが中央の大通りをまっすぐ進んだ突き当りにドンと建っているだけのことはある。広さも高さも段違いだ。

 建物に使われている石材は白っぽくはあるのだが、わずかに薄く黄みがかっており、陽の光に照らされた部分は黄金のように眩しく輝いている。遠目に聖堂全体を眺めると、まるで内装が金で埋め尽くされているのではないかという錯覚さえ覚えてしまう。もちろん、金ピカに見えるだけなのではあるが。


「商神様、これからも我々にご利益を……」

「行商が上手く軌道に乗りますように……」

「神よ、啓示に感謝します……」


 当然ではあるが、商神カルカロンの祭壇に向かって祈りを捧げている者は、大抵が商人であった。

 身なりも良いし、なんというか皆全体的に……ふくよかな感じがする。しかし祈る姿勢は真摯そのものであり、浮ついた様子は微塵も見られない。

 ……いや、当たり前のことか。この世界には本当に神様がいるんだ。その神様への祈りが、ふざけ半分で行われるはずもない。


「……ん? もしかしてあれがカルカロンなのか」

「ええ、そうです。あの柱に掘られた女神こそ、商神カルカロンに他なりません」


 商神カルカロンの祭壇群の中央には、巨大な柱が聳えていた。

 そこには大きな天秤を背にした女神が描かれており、手には硬貨らしきものを握っている。


 ……そういえば、前に『カルカロン・ギフトカード』なんてスキルカードを使ったな。

 あれを発動した時に聞こえた声は、確かに女の子の声だった。女神というのは間違いないのだろう。

 しかし、あの柱にあるような……大人の女性っぽい感じの声ではなかった気がするなぁ。


「シロ、シロ。私も」


 と、適当な事を考えていると、服の裾をペトルに引っ張られていた。

 どうやら神様の食事処にいるせいなのか、この小さな女神様の空腹にも拍車がかかっているらしい。

 ラーメン屋で注文したあと待っている間に、横で食ってる人のラーメンがめっちゃ美味そうに見えるアレみたいなものなのだろう。喩え方に神聖さが欠片もないが、まぁきっとそういうことなのだ。


「それじゃ……前みたいに万神ヤォの祭壇でやるか」

「うん!」


 何の悪びれもしない“うん”である。

 けど仕方あるまい。ペトルの祈りには祭壇がなければならないのだ。どうせ祭壇をお借りするのであれば、知り合いの神様が一番なのだ。

 それに万神ヤォもこちらの事情を知っている。ちょっと申し訳ないと思うけれども、使わせてもらっても大丈夫だろう。……多分。




 自らの神に信仰を捧げにいったクローネと暫し別れ、俺達は原神の祭壇が集まる一角へとやってきた。

 そこに人の影はない。むしろ、祭壇のサイズも他のものと違ってあまり大きくはなかった。

 ひっそりとした最奥部に安置された、最も尊き神々の四つの祭壇。それは、人に利益を齎さないという原神の性格上仕方ないことではあるし、おそらくどこの教会に行っても同じようなものなのだろうけど、人気のある商売神よりもずっと質素な扱いをされているこの祭壇達を見て、俺はなんとなく、寂しい気持ちになってしまった。

 わかるだろうか、この気持を。多分これは、やるせないっていうんだろうな。

 このファンタジーの世界に来ても尚、神への信仰よりも、実利が勝つ。全くやるせない光景だ。


「ごはん!」

「はいよ、じゃあそこに座ってな」


 まぁ、人間なんてそんなものである。

 なんて達観したことを考えながら、俺は祭壇に腰掛けたペトルに向かって、祈りの仕草を整えた。


 自分の体から一抹の霊力が千切れ、ペトルに向かって吸い込まれてゆく。

 そのちょっとした喪失感を覚えた時、俺は辺りが急激に静まり返ったことに気付いた。


 聖堂とはいえ、無音であるはずはない。ここには無数の人がいるのだから、足音もするし話し声だって響いている。

 それでも静かになった。……この現象に、俺は覚えがある。


「おや、気付かれましたか」

「……さすがに慣れましたんで」


 振り向けば、そこにはいつの間にか万神ヤォがいた。

 白と黒を織り交ぜた和装束に、見惚れそうになる程の綺麗な長い黒髪。

 性別はわからない。しかしこの神様は確かに、男の俺から見ても“美しい”と感じるものがある。


「……あの、一つ聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「なんで、ペトルの時間まで止まってるんですか? どうせなら一緒に話した方が良いんじゃないですかね」


 俺は祭壇の上で固まったペトルを指差した。

 ペトルはせがむような顔を作ったまま、ピタリと止まって動く気配はない。

 俺には何故、この冒険の当事者にして最大のキーともなるこいつまで停止させられているのかが、純粋にわからなかった。


「ああ、それはですね……あまり我々が彼女に干渉しすぎると、宝玉の効果を受けてしまうからなのですよ」

「宝玉……」

「どういうわけか、宝玉はその子……ペクタルロトルが、他の神々に干渉されることを善しとしていないようなのです。触れることは叶わず、言葉を交わすだけでも強引に引き離されてしまう」

「ああ……そういえば、前にも言ってましたね」

「なので、時を止めました。彼女ごと世界の時を止めていれば、干渉は小さくて済みますからね」


 俺と円滑な会話を進めるためだけに時間を止めるのか……相変わらずやることがすげぇな神様。


「あ、それと。ヤツシロさん、今日は貴方にお伝えすることがあって来ました」

「は、はい」


 美人にそう言われるとなんかドキッとしてしまう。

 なんだろう、免疫ないのかな俺。


「ヤツシロさんの首にかけられているそのネックレス……『道理の歯車』についてですが」

「あ……これすごい助かりました。なんか神様の攻撃から守ってくれたみたいで」

「ええ、その通り。その歯車はあらゆる神からの干渉を防ぐのです」

「……あれ? あらゆる?」

「はい。上位神だろうと下位神だろうと同じです。あらゆる神からの不当な干渉を防ぎます。……なので、もしも闇の神が貴方を襲うことがあったとしても、そう大げさに構える必要はないのですよ」


 大げさに構える必要はない……どんな神からの干渉も防ぐ……ってことは。


「ですので……ヤツシロさんはあの夜、希少なカードを発動させたようですが……あれは……」

「……別に、いらなかった?」

「そういうことになりますね? その歯車だけでも、十分に抵抗できていたことでしょう。神が撃退されたともなれば、敵は早々に退散していたはずですよ」


 ……まじか……!

 じゃあなんだ、あの時発動させた『コーリング・ガシュカダル』は無駄撃ちだったのか……!?


 ……いや。


「いや、でも……大丈夫です。俺はあの時発動しといて、良かったと思ってますよ」

「ほう?」

「だって発動させないと、今よりももっと、大勢死んでたかもしれないですから」

「なるほど」


 確かに、歯車にまかせていてもなんとかなっていたかもしれない。

 けれど、多分俺以外の人への被害は、決して無視できるものではなかっただろう。闇の信徒達はより一層長い間暴れ、怪我人や死人を多く出していたはずだ。

 なら、俺は『コーリング・ガシュカダル』を発動したことを後悔はしない。


「……ふふ。やはり貴方は、良い人間ですね。これからも安心して、ペクタルロトルを任せられるというものです」

「いやいや、あはは……」

「貴方が最善だと思うのであれば、それに従うが宜しいでしょう。ヤツシロさん、私は貴方の行動を応援していますよ」

「え、応援ってそんな……って、あれ? もしかして、っていうかもしかしなくても、俺達の行動って全部――」


 俺が言葉を言い切る前に、万神ヤォはその場から消え去っていた。

 あとに残ったのは、元通りの賑やかさを取り戻した教会内。どうやらヤォが消え、停止した時間も元に戻ったらしい。


「むーっ! シロ、もっとちょうだい!」

「お? おお……そっか、続きか、続き」

「はやくはやくー!」


 ……あの神様の話していた感じからすると、どうやら俺達の冒険の様子は見られているらしい。

 ってことは、今こうして人の祭壇で祈りを捧げている姿以外の場面も、バッチリと見られているということなのだろうか。


 ……うおお、なんだか常に見られていると思うと、急に緊張してくるなぁ……。


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