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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 彼の地に堕ちた信仰心
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安請け合いはほどほどに

 広場は、にわかに慌ただしくなってきた。

 騒ぎを聞きつけた村人たちが集まり、輪はどんどん広がってゆく。


「シャンメロなんかもう何年も見てなかったのに……」

「しかも群れだなんて……一匹でさえあれだけ苦労するのを、どうすりゃええんね……」


 人々は、不安そうな表情で情報を交錯させている。

 クワを持つ者、スキのような物を握る者、やってきた村人は、思い思いの備えを手にとっている。

 農具をそのまま、武器か何かに使おうというのだろう。


 彼らが怯えている“シャンメロ”というのは、害獣か何かだろうか。


「クローネ、シャンメロっていうのは一体?」

「……虫族ですよ。巨大な蜂のような姿で、魔獣に分類されます」


 魔獣。おおお。魔獣と来たか。

 ……って、そりゃ俺からしてみたら物珍しいが、この人達にとっては楽しめるような状況じゃないか。

 巨大な蜂と言われると、一気に身震いがしてきた。


 しかも、クローネは真剣な表情で両腕をいっぱいに広げ、そのシャンメロという怪物蜂のサイズを表現している。

 一メートルちょい。人一人分のサイズの蜂って、それってもはや殺人兵器でしかないと思うんだが……。


「飛行の動きは、人が歩くのと変わらない程度なので遅くはあるのですが……激しく動く翅は枝葉を吹き飛ばすほどに鋭く、鉤爪を持った手足の力は人よりもずっと強く、何より尾に備えた針には、人を動けなくする程度の毒が備わっています」

「……怖いな。近づかれたくない」

「その通りです。棒か何かで対処するのも難しいので、非常に危険なんですよ」


 1メートル以上もある蜂が翅で浮いてるんだ。辺りは風圧で酷いことになっているのだろう。仮に風圧が無いとしても、そんな虫に近付きたくはない。

 石を投げるのだって、気を引くような真似をするのは勇気がいるぞ。


「ですが、シャンメロは雑食性です。放っておけば、田畑であっても荒らし尽くされ、大きな被害を被ることでしょう。一匹でもその被害は甚大なのです。群れともなれば……」


 クローネは小脇に抱えた教本を抱きしめ、歯噛みする。


 広場にいる農民たちの様子もまた、似たようなものだ。

 恐ろしいし、被害も出るだろうとわかってはいるが、手出しができない。


 やってくる嵐を前にしたような、そんな表情である。


「みんな、気落ちしてるんじゃねえ!」


 そんな中で、沈黙に活を入れる声が響いた。

 落ち込んだ衆目が、声の出た一点に集中すると、そこには一本の小奇麗な剣を手にした男が立っている。


「俺ぁ、刀装神様にお祈りして、剣を貰った! これがあれば、野盗だろうがシャンメロだろうが、怖くぁねえ!」


 彼は、どう見てもこの村の農民であった。

 髪は短く切り揃えられ、肌は日に焼け、背は長年の農作業で、若干猫背になっている。

 それでも顔は決意に堅く強張り、“やってやる”という気概に満ちていた。


「お、俺も一月くらい前に、神様から武器、頂いた……! 俺だって!」

「そうだ、うちもこういう時のために、スバイン様から弓をもらったんだ……!」


 次々に、農民たちが声を上げる。

 それぞれが手にした獲物を握り、恐る恐るではあるが、立ち上がってゆく。


「……俺も!」


 その中には、ついさっき、神殿で剣を授かったばかりの男も含まれていた。


 決起した男たちは、全員で二十人。

 皆、戦士というよりは、やはり農作という言葉が似合いそうな、温厚な顔つきだ。

 俺も専門的ではないが、武器を握るその仕草も辿々しく見える。

 年齢的に少々行き過ぎているのでは、という事を抜きにしても、はっきり言って、彼ら義勇軍は頼りなかった。


「大丈夫かしら……」


 クローネからもそう見えているようだ。

 普段は鍬と鎌ばかり握っている人々なのだから、それも仕方ない。

 ただ長物を効率よく振り下ろす術に長けているだけでは、害獣退治などできないのだ。


「のう、お前ら、あまり無茶なことはやめておかんか……扱いなれない刃物ほど、よく手を切っちまうもんだぞ……」


 彼らにぼそりと異議を唱えたのは、足腰もおぼつかないような老人だった。

 長老というほどではないにせよ、彼はこの集まりの中でもかなりの発言力を持っているらしい。周囲の人々も、強く何度も頷いている。


「無茶なもんか! シャンメロなんか、ひと突きにしてやる!」

「シャンメロの群れが通った後には、何も残らん……一匹や二匹を殺したところで、作物はもう全て食われちまうよ」

「……なら、じっちゃん! ただ見てるだけだってのか!?」


 老人は皺だらけの顔に更に深い皺を刻み、しばらくの無言の後に、ゆっくりと大きく頷いた。


 まるで、お通夜のような雰囲気である。

 第三者としては、とても居た堪れない状況だ。


 別に、俺はこの村の人達と深い交流があるわけでもなし、情が湧いているわけでもない。

 それだけに、感情移入できず他人事の気持ちを抱えている自分が、非常に申し訳ない……。


「ねえねえ、シロ。皆、困ってる?」

「……そうだな」


 ペトルは心配そうな表情で、俺を見上げてきた。


「ねえねえシロ……皆を助けてあげられない?」

「え、俺かよ」


 あんた神様なんでしょが。

 ここは神様がどうにかしてくれる場面でしょ。


「私はなんだか、ふんにゃーってなってるから、あまり力になれないけど……シロなら、どうにかできるでしょ?」

「いやいやいやいや……」


 スズメバチの巣と白兵戦を繰り広げるくらい勝ち目の無い勝負だよ。

 さすがの俺でもどうしようもないよ。


「お願いシロ。このままだと、みんな不幸になっちゃう……」

「……」


 いい加減にしろ。

 そう言ってやりたい。

 だがペトルは今、俺の服の裾に縋り、今にも泣き出しそうな目で求めている。


 わがままである。

 けど、こいつは本気で言ってるのだ。


「……わかってるよ。このままじゃ、やばそうだなっつー事くらい……」


 このままだと、みんな不幸になる。

 ……まるで、俺の不幸が皆に伝染してしまったかのような物言いだ。


 いや、どうだろう。もしかしたら、俺の不幸が本当に、こんな場所にまできて悪影響を及ぼしているのかもしれない。

 今日、この世界に来てからの俺は、イノシシのバケモノを奇跡的にいなしたし、ビスケットを貰ったり、野菜を貰ったり……偶然か必然か、良い事ばかりであった。

 この蜂の行軍というのは、まさか、その反動だとでも言うのだろうか。


 ……ありえない話じゃないから、怖いんだよなぁ。


「……蜂か」


 蝗害というものがある。

 イナゴが莫大な群れを成してやってきては、辺りの草を食うだけ食って去ってゆく、恐ろしい食害だ。


 これは、その巨大な蜂版と考えた方がいい。

 群れだとは言うが、姿は大きいらしいので、数はさすがにイナゴほどではいないだろう。1メートル級のイナゴが数万匹もいたら山がいくつあっても足りないからな。


 ……ハエ叩きを両手にイナゴの群れを相手にするよりは、おそらく現実的だ。

 動きも鈍いらしいので、一匹ずつ潰していけば、どうにかならない気がしなくもない。

 相手は歩くくらいの速さでしか動けないなら、自分の命を最優先に行動すれば、リスクも低い。

 問題は……死活問題、ってところか。


「……よし、俺に任せてくれ!」


 俺は、高らかに声を上げた。

 挙手し、背筋を伸ばし、集まった村の集団に向けて、宣言した。


「俺も、蜂共の退治に参加する……通りかかっただけのよそ者だが、俺にもやらせてくれ」


 当然、視線がこちらへ集中する。

 彼らの“誰だ?”というような表情や、“若造が何を馬鹿なことを”というような表情が、一斉に突き刺さってくる。


「ちょっと、ヤツシロさん……! 何を言ってるんですか……!」


 クローネの意見もご尤もだ。当たり前の反応である。

 俺はこの村の他人だし、特別ものすごい恩を貰ったわけでも、守りたいか弱い女の子がいるからってわけでもない。


「ん、ありがとう! シロ!」


 ただ……自分の不幸のせいで、この村に迷惑をかけたってんなら、それは自分でなんとかしたかったっていうだけのことだ。


 あと恩を売って、行く宛のない現状をどうにかしたい。


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