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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 彼の地に堕ちた信仰心
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ほうれん草を食うべし

 神を信仰するやり方は、およそ3種類存在する。


 信仰。

 主信仰。

 そして拝一信仰だ。


 信仰はそのまま、その神を信じ、定期的に霊力を捧げることを誓うことである。

 霊力は少なくても構わないし、とりあえず信仰しておく、というやり方がこれに当たる。

 人によっては罰当たりだとおもうかもしれないが、この世界ではあまり珍しいことでもない。

 やめようと思えばいつでも(相応のリスクはあるが)やめられるし、かなり気軽な方法である。


 そして、信仰よりも更に深いものが、主信仰。

 これは、自らが最も深く信仰している神を示すものだ。

 つまり、最も沢山の量の霊力を捧げる先が、自らの主信仰の神となるわけである。

 神を主信仰していると、ただ信仰している時以上の恩恵を受けられるという。

 主信仰の恩恵がある職業に就く人々は、世界に大勢いることだろう。


 最後が、拝一信仰。

 これは自らの一生の祈りをその神にのみ捧げると誓う、最も重く、そして強い信仰である。

 当然ながら、この信仰は他の方法よりも最も大きな恩恵を受けるし、その人の生きざまを決定づけるものにさえなるだろう。

 その分リスクは大きく、他の神を少しでも信仰することができなくなり、もっと言えば、自由が失われることを指し示す。


 ……地球にいればなんてことはない。

 ひとつの宗教を信仰するのは当たり前だし、改宗するようなことも、あまり無い事だろう。

 むしろそんな信仰こそが普通であると考えるかもしれない。


 だがこの世界では別だ。

 ここでは複数の神を信仰しなければ、かなりの苦境に立たされてしまう。


 俺もこの世界に詳しいわけじゃあないが、それは今まで聞いた話から、容易に想像できることだ。


 それに……。


「おほー♪」


 こいつだ。

 こいつである。この脳天気さんだ。


 呑気にぼりぼりとキュウリのような何かを食べているこいつが、俺の神だというのである。

 こいつを一生拝むって、何の冗談だ。


 宣教師さん達は今、俺のステータスカードに現れた謎の神様“真幸神ペクタルロトル”について簡単に調べるため、念の為に持ってきた神学資料を見ようと民宿に戻っている最中である。

 他の宣教師さん達に聞いてみても“真幸神ペクタルロトル”などという神様は聞いたこともないそうで、資料に縋ることとなったのだ。


 俺達はその宣教師さんが戻ってくるのを、外で待っているというわけ。


 通りがかった農家っぽいおじいさんが売れ残ったキュウリらしき野菜を一本ずつ譲ってくれて、それで喉の渇きを癒している。


「まあ、民宿やってる家がわかっただけ、ラッキーなのかな……?」


 今日は、泊まる宛もなかったところだ。

 どうにかして安全な屋根を見つけてやろうと思っていた矢先にこうしてあっさりと判明したので、俺にしてはかなり幸先が良いと言える。キュウリも貰えたし。

 ……ああ、でも金が無いんだよなぁ。どうにか工面できないものか。


「ねえねえ、シロ。信じる神様は私じゃ、イヤ?」


 俺の表情が曇っていたのか、それとも独り言に陰りが見えたのか、ペトルは不安そうな表情で俺に訊ねてくる。


「……っていうか……ペトルが神様だなんて、さっき初めて知ったぞ、俺」


 嫌とは言えなかった俺は、キュウリをぽりぽりと齧りながらそう答えた。


「えー、言ってなかったかしら?」

「言ってない」

「おほー……?」


 ……まぁ、確かに俺のことを“人間さん”とか呼んでたものな。

 若干、それらしいところはあったけども……。


「今、宣教師さんがペクタルロトルについて調べてるけどさ。まぁ、有名な神様かどうかは別に良いよ。俺も詳しくないからさ。でもお前がその神様だってんなら、どうしてこんなところで俺と一緒にキュウリ食ってるんだ?」

「美味しいよ?」

「そうじゃなくて」


 美味しいけどね? ほんのり甘いし、冷たくて爽やかだし。

 けど今はそうじゃなくて。


「どうして神様のお前が、こんな地上にいるんだってことだよ」

「うーん……?」

「クローネも言ってたけど、神様ってのは霊界にいるものなんだろ?」

「うん、私も、本当はここじゃなくて、すごくキラキラしてる所にいたんだけどね?」


 ペトルは俺よりも先にキュウリを食べ終え、指を舐めながら空を見上げた。


「石につまずいちゃったの」

「……石?」

「うん、それで転んで、遠い、低いところまで落ちちゃったの」

「遠い……低い……」


 俺はペトルと一緒に空を見上げた。

 雲のない蒼天の空には、煌々と輝く太陽が浮かんでいる。


「それでね、シロとぶつかっちゃったんだ」

「……え」


 それってお前、もしかして。

 俺がコンビニに向かう途中で空から落ちてきたのって……やっぱり……。


「ヤツシロさん、お待たせしました」


 俺がキュウリのヘタを地面に取りこぼしていると、丁度その時、クローネを含む宣教師の女性達が民宿から現れた。

 どうやら、調べ物は終わったようだ。


「簡単な神学書を開いてみたのですが、真幸神ペクタルロトルという名の神は……載っていませんでした」

「……」


 俺の隣には、多分……そのペクタルロトルがいる。

 頬をぷっくりと膨らませて“ちゃんといるー”みたいな事を言いたげにしている様子だ。こんなアホみたいな顔してる子が、わざわざそんな嘘をつくとも思えない。

 何より、俺は気を失う一瞬の時、現実世界からここへ連れてこられる際に、このペトルを見た気がするのだ。


 こんなんだが、きっとこの子は本当に神様なのかもしれない。


「ただ、無名な神々も世界には数多く存在します。地方にはその地方独特の神もいますから。これ以上の詳しいことは、一度教会に戻らなければなんとも言えませんね……」

「そうか……うーん」


 だが、ここでペトルのことを、この人達に言う気にもなれなかった。


 ペトルは神様だ。彼女たちは宣教師だし、この神様を丁重に扱い、守ってくれるかもしれない。

 けれども、神様が地上を歩いているのは、多分、俺の予想だが、この世界の常識的にもおかしいだろうと思う。

 宗教間……というか、神様間での対立もあるかもしれない。

 そんなこいつを熱心に信仰しなきゃいけないらしい俺は、一体何なんだって話にもなってくるかもしれない。

 それはちょっと面倒な事一直線な予感がするし、俺の運の悪さを考えると、そんな固定ルートな未来は避けたいところである。


 だから俺はあえて、ペトルの素性をすっとぼけることにした。

 これは、俺の長年の危機回避経験からくる勘である。


「……となると、まぁ……どの道、財布と剣と証明書とスキルはおじゃん、ってわけか……」


 というか、うん。

 どのみち、この状況に変わりはない。


 俺はいくつかの神を信仰し、それに合わせた恩恵を授かろうと考えていた。


 刀装神ガシュカダルで武器を。

 商神カルカロンで貨幣袋を。

 光輝神ライカールで身の潔白を。

 技神ミス・キルンでスキルを。


 とりあえずこの四神さえ信仰しておけば、まぁ後はおいおいといった感じにできると思っていたのだ。

 だが、俺の意志とは特に関係のない拝一信仰により、俺の信仰はこいつ、ペトルに固定された。


 神様と信仰の話を聞いた時にはこの世界で生き抜く希望も見えてきたものだが、剣もお金も無いのでは旅なんて到底不可能だ。

 木の棒と木綿の服からスタートして世界を踏破するなど狂気の沙汰である。

 たとえ俺の初期装備が俊敏性に優れたジャージであろうとも、そのような補正は微々たるものでしかない。むしろジーンズ履いてりゃよかったわ。


「……ヤツシロさんは、これからどうなさるのです? 貨幣袋も無いですし、見たところ、お金も持ち合わせているようには見えませんが……」


 宣教師のおばさんたちが今日のお勤めの疲れを癒やそうと民宿内に戻る中、クローネはまだ俺に付き合ってくれていた。

 俺なんか見ず知らずで、怪しいジャージ男で、一文無しだというのに。なんという優しさだろうか。


「ああ……俺は、そうだな。ペトルもいるし、どうしたもんか」

「なになに?」


 ペトル。真幸神ペクタルロトル。

 こいつを信仰して、一体俺にどのような恩恵があるというのだろう。

 いや、何かしらの恩恵があるなら、まだマシというものだ。地上を歩く堕神様が、そもそも正常にご利益を配分してくれるかどうかが、まずかなり怪しい。


 ……ペトルをあてにするのはやめておこう。

 俺は今まで通り、どうにか苦難の不運を回避しながらやっていくだけだ。

 これまでもずっと、そうやってのらりくらりと生きてきたんだから。


「……大変、そうですね」

「ああ。けどまぁ、多分大丈夫さ。どうにか、自分の力で工夫してみせる……」


 文無し、子持ち、信仰なし。

 苦労は多いが、怪我してないだけ状況はマシだ。

 身につけたくもないのに身についてしまった俺のサバイバル術を駆使すれば、一日や二日程度の生存はどうとでもなるだろう。


 苦笑しか出てこない決意に俺が拳を握り固めた、その時であった。


「た、大変だー!」


 農民らしい老人が通りを走り、ほとんど絶叫に近い大声が聞こえてきた。


「シャンメロが! シャンメロの群れが、こっちにまでやってきたぞーッ!」


 ……シャンメロ。

 なんでしょうかね、それ。


「そんな、シャンメロの群れですって!? バニモブ村に……!?」


 ……クローネの驚きようを見るに、どうやらただ事では無さそうである。


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