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らん豚女神と縛りプレイ  作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 彼の地に堕ちた信仰心
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ツいてない奴は二度墜ちる

 俺は、運が悪い。

 ツいていない。


 鳥の爆撃、犬の地雷、野球の流れ弾……。

 何かと色々なものにやられては、自らの生まれついた星を見上げ、心の中で咽び泣いたものである。

 他の人とは一線を画すレベルで、何かと不幸なことを引き当てる体質を持っていたのだ。


 それらはほとんど、ちょっと「嫌だなぁ」と思う程度で、まぁ俺の中では大したことはないのだが……。

 友達に体験談を話してみると「お前マジで不幸だな」と言われるあたり、俺の不幸感覚は麻痺しているのかもしれない。


 だが、不幸は俺にとって日常のようなもの。

 俺がこの朝、不幸と遭遇する確率も、決して低い訳ではなかったのだ。




「いってきまーす」


 おかんに別れを告げ、いざ外へ。

 これから俺は、最寄りのコンビニへと向かう。


 コンビニは徒歩2分、ダッシュ30秒の位置にある。

 部屋着のまま行ける素晴らしいアクセスのコンビニだが、同じ徒歩2分の業務用スーパーが近くにあるので、よほどの横着をしない限り、こっちに用は無い。

 じゃあ何故俺がこっち側に歩みを進めているのかというと、要するに俺は横着なのだった。

 スーパーのレジは長いので、コンビニはその点楽である。


 本日は快晴なり。

 空には雲ひとつ無く、澄んだ青空が広がっている。

 今日は降水確率もゼロパーセントなので、こうして出歩いても通り雨にやられる心配はなさそうだ。


 が、日常の不幸は、何も通り雨だけではない。

 俺たち人間の身近には、思いがけない不幸が待ち受けているものなのだ。


 例えばこの横断歩道。

 一見、点滅していない青信号は安全そのもので、両脇のガードレールはちょっとした事故から身を守ってくれそうに思える。

 だが、それは大きな間違いだ。


「おっと」


 とっさに一歩後ろに退く。

 すると、10tトラックが俺の目の前を、ガードレールをふっ飛ばしながら横切っていった。


「あぶねー」


 トラックはそのまま猛スピードで街路樹のイチョウに激突し、煙を吹きながら暴走を止めた。


 ご覧の通りである。

 不意の交通事故。これはもはや、定番中の定番と言って良い。

 青信号だからといって油断してはいけない。事故はいつだって、ヒューマンエラーから起こるものなのだから。


 ラッキーなことに、偶然近くを歩いていた人が通報していたので、俺はそのまま横断歩道を渡り、コンビニへの歩みを再開した。

 交通事故なんて日常茶飯事だ。特に騒ぎ立てるほどのことではない。




 さて、次は横断歩道もない、極普通の歩道である。

 車道もちょっと遠くにあるし、街路樹はなかなか堅実に俺の盾となってくれるだろう。こんな場所では交通事故に遭う心配は、まず無いと言っても良い。


 しかし安堵するのは早過ぎる。こんな一見して何の危険も潜んでいなさそうな道の中にも、思わぬ不幸は紛れ込んでいるのだ。


「危なーいッ!」


 ふと、大声に呼びかけられて、空を見上げる。

 そこには建設途中のビルと、降り注ぐ最中の鉄骨があった。

 鉄骨の重さは数十トン。直撃すれば即死できる重量だ。


「ほっ」


 俺はそれを、冷静な横飛びで回避する。

 鉄骨は俺の居ない場所に落下してアスファルトをぶち砕き、数回だけ危険なバウンドをした後、やかましい音を立てながら静かになった。


「馬鹿野郎! 何してる!」


 上の方で、年季の入った怒鳴り声が響いている。

 作業者であろう何人かは灰色の幕から顔を出し、こちらに青い顔を向けていた。


 建設途中の建物で鉄骨を歩道に落下させるなんて、とんでもない大事故だ。もしかしたら今日のニュースになるかもしれない。

 が、おれにとってはこれもまた日々の営みのひとつ。通報もせず被害者面もせず、何事もなかったかのようにその場を立ち去ることにした。


「早く行こう」


 なんといっても、俺の目的はコンビニなのだ。

 こんなところで時間を取られている暇はない。




 お次は最後の難関、車道が近くにない道である。

 ここは両隣に住宅があり、高い建物もない。突如としてトラックが襲い来ることもなければ、鉄骨が降り注ぐこともない、至って普通の通り道だ。


 こんな場所では何も起こらないと思うだろう。

 だがそれは慢心だ。そう抜かす奴から戦場では消えていく。

 コンビニまで残り数十メートルだからと言って油断してはいけない。こんな閑静な通りだからこそ、不幸は牙を剥くものなのだ。


「うわぁあああーッ! 恵介君、貴方を殺して私も死ぬーッ!」


 ほら来た! 背後から女の子の叫び声!

 振り向けばそこには、黒髪ロングの女がナイフを構えてこちらに突進している!


「ふんっ!」

「あっ!?」


 振り向いた時には既に距離30cmにも満たなかったが、俺は冷静にナイフを持った手を捻り上げると、襲撃女に関節技を決めて、速攻で無力化した。


「痛っ……!」


 ナイフは地面へこぼれ落ちた。これにてようやく一件落着である。


「あ、あれ……? 恵介君……?」

蘭鉢(らんばち) 八代(やつしろ)です」

「あ……」


 ちなみに俺は恵介だなんて普通すぎる名前ではない。ヤツシロである。


 黒髪の女は俺の顔を見て、なんとも言えない気の毒な表情に変わり、それまでの殺気はどこへやら、ものすごい勢いで俺に頭を下げ始めた。


「ご、ごめんなさい! 人違いでした!」

「いや、いいよ。よくあるよね」


 どうやら彼女は、過去に恵介君とやらと何かがあったストーカー気質の女の子らしい。

 俺の後ろ姿がその恵介君にそっくりだったのだろう。稀によくあるパターンである。


 ストーカー女はもう一度頭を下げた後、包丁を回収して小走りで去っていった。

 恵介君が何をしたのかはわからないが、あんな綺麗な子を追い詰めるような事だけはやめてあげてほしい。

 あと俺と髪型が似ているなら、どうかすぐにでも変えて欲しい。もしくはさっさと彼女に刺されてほしい。


「はーあ、やっぱり今日もついてないなぁ」


 と、まぁ、大体がこんな感じであろう。

 俺の日常は、常に危険とスリルに満ちている。


 特に古武術や剣道も嗜んではいないのだが、こうして不幸から逃れようと必死になるうちに、自然と感覚が鋭敏になり、体も俊敏さを獲得してしまった。

 それが何に活かされているのかというと、これといって何にも活かされていないので、とにかくため息しか出ない話なのであるが。


「ま、いいや。メントス買おう」


 こうして「メントスコーラやってみたいからメントス買ってこい」という姉ちゃんの指令を達成できるので、不幸から逃れる特技というのも、それほど悪いものではないだろう。


「うん、今日は調子良いな」


 ちょっとヤンデレっぽいけど可愛い子を見れたし、通り雨にも遭ってないし。

 今日の俺は、それほど不幸ではないようだ。


「ひょっとしたら、何か良い事が――」


 そんな感じで何気無しに青空を見上げると――


「わ」


 俺は、真っ青な空から落ちてきた“何か”と目が合って。


「えっ」


 前触れもなくやってきたそれだけは、避けられなかった。




 ……うん。

 まぁ、今日もいつも通りみたいっすね。


 そんな風に自分を慰めて、俺は頭に強い衝撃と痛みを感じ……。

 暗黒の中に、意識を手放したのであった。





「そんなー!」

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