第1章 Part.1
「・・・暑い」
見るからに人っ子一人いない熱帯雨林の獣道を二つの陰が歩み進んでいる。
一人は10代半ばの長髪の少女で、等身大のコンテナを背負っている。
すぐ横には、どういう仕掛けなのか、球状の小型カメラが薄紫色に輝きながらフワフワと宙を漂っている。
「頑張ってください、琥珀大姉様」
カメラから、琥珀と呼ばれた少女を励ます幼げな声がする。
しかし励まされた当の本人はブスッとした声でカメラに向かって愚痴を溢す。
「頑張れって・・・紫苑は良いよねぇ・・・、サポートとか言っときながらエアコンの効いた部屋で・・・」
「ひ、酷いですぅ・・・。私だってここまで長距離でのサポートは初めてで体力だって結構消耗してるんですよぉ・・・」
カメラ越しで紫苑という名の少女はいかにも泣き出しそうな声で琥珀に訴える。
「お前ら、少しは黙ってられないのか・・・」
ふと琥珀の前を歩いていた十代後半あたりの少年が振り向き様に言い放つ。
「ひ、翡翠様ぁ・・・」
「ふん・・・、翡翠にはこの炎天下の中、馬鹿でっかいコンテナを背負いながら歩く苦しみなんか分からないよ」
二人は、ほぼ手ぶらな状態の翡翠に食って掛かる。
しかし翡翠は二人を無視しながらどんどん前へ進んでいく。
それから1時間ほど経った時、翡翠達は森一面を見渡せる高台に辿り着いた。
「紫苑、確認できるか」
「はい、翡翠様」
紫苑は翡翠の問いに答える。
すると小型カメラに無数の噴射口が開き、中から薄紫色のオーロラ状の生命エネルギーが噴出された。
そして、それらは宙を舞いながら森の中へと散布される。
暫くすると何かを感知したのだろう、紫苑は徐に声を上げる。
「見つけました。こちらを・・・」
翡翠と琥珀は小型カメラに掌を添えるとそっと瞳を閉じ、先ほど散布したエネルギーに自分たちの視覚と聴覚を接続した。
**********
「元、米軍基地か・・・」
米中戦争中に廃墟となった基地跡の映像が頭の中に直接映し出される。
そこには跡地を盗賊集団が根城としていた。
「おぉ・・・。ウジャウジャいる」
琥珀は頭の中の光景を楽しそうに観ている。
「おかしいな・・・」
「はい、何だか妙です」
そんな琥珀を無視する様に翡翠と紫苑は話を進めた。
「・・・私は蚊帳の外?」
「いや、お前なんかに話しても・・・」
「大姉様は頭脳派じゃありませんから」
「あぁ~・・・、何か傷ついたわ」
後ろで拗ねている琥珀を置いて、翡翠と紫苑は根城の中を探索している。
「・・・それにしても、武装組織にしては大人し過ぎる」
翡翠達の見ている映像の中の盗賊集団は今まで翡翠の見てきた連中と違い、武装をしている人の数が明らかに少なかった。
銃器を携帯しているのは見張り役の連中だけで、他の連中はまるで敵襲などを気にしていないように寛いでいるようだ。
「・・・何を根拠にあんなに余裕でいられるのでしょうか?」
「紫苑、あそこの倉庫の中のコンテナを調べられるか?」
不思議そうに基地を見回す紫苑に翡翠は指示を出す。
そこは丁度、基地の中央部の倉庫でそこだけ明らかに厳重に管理をされていた。
見張りの人数も、その他の場所と違って多い。
「了解です」
紫苑の撒いたエネルギー体はあらゆる障害物の干渉を受けなく、スルリと倉庫の壁をすり抜ける。
「おぉ・・・」
琥珀は基地の倉庫の中を感じると、自分の世界から戻ってくる。
「・・・大層な物を持ってるんだな。近頃の盗賊集団は」
「一体、この数をどこから・・・」
翡翠達の頭の中に映し出された映像の中には20機を越える二足歩行機動兵器、『Gigas』が並んでいた。
**********
『Gigas』
アメリカによって開発され、実際の米中戦争の戦場で使用された現代の世間に確認されている兵器の中では最新でありまた最強とも謳われている。
1つの小隊に10機と乗り慣れた操縦者を投入すれば、小国であれば一晩で陥落させられるとも言われている。
この兵器を保有している国はアメリカとアメリカと親睦の深い先進国だけで、そこら辺の盗賊集団が手に入れる事など不可能なはずだった。
「・・・アメリカの息の掛かった連中か?」
「いえ、違うと思います」
翡翠の疑問を戸惑いもなく否定する紫苑。
「この機体のフレーム・・・。現在アメリカで使用されているどの機種にも該当しません」
紫苑は倉庫の周囲にエネルギー体を漂わせながら全ての機体を観て回る。
「それにこのGigas、通常の物より一回り小さいですね」
「言われてみれば・・・」
アメリカ製のGigasの全長は9メートル程なのに対して、このGigasは6~7メートル程である。
「早いとこ、どっかの国がアメリカの技術をパクったって事ね」
琥珀の咄嗟の一言に、一瞬だけ周りの空気が止まった。
「えっ・・・どうしたの?」
「・・・お前も偶には頭が回る事があるんだなって」
「スコールが来るんじゃないでしょうか?」
「・・・私の頭脳ってその程度?」
琥珀はあんぐりと口を開けて固まってしまった。
「ま・・・まぁ、この兵器は中国製で間違いないと思います」
紫苑は琥珀をあやしながら翡翠に自分の出した結論を述べた。
**********
「それで・・・紫苑から見てどう思う?」
「両国の戦力バランスへの影響ですか?」
紫苑は翡翠の問いに考え込む。
「機動途中で大破しちゃったりして・・・」
「兵器は国の存亡が掛かっている要である為に欠陥など有り得ません」
琥珀の冗談を紫苑は一刀両断に打ちのめす。
「琥珀大姉さま、少し黙りやがれ・・・・・・です」
「一番末っ子に駄目だしされた上に突き放されたぁ!!!」
琥珀は自分の背負ってきたコンテナの裏で縮こまりながらのの字を書き始めてしまった。
「紫苑・・・お前の気持ちも分かるけど、Glaivezの中でも末っ子なんだから自重してやれ・・・」
「ご、ごめんなさい」
紫苑の情報収集能力とそれらの整理能力は役に立つのだが・・・。
あまりに集中しすぎると偶にキャラが崩壊したり、不機嫌になったりしてしまう。
「えっと・・・、米中間の戦力バランスに影響は無いと思われます。中国のパクリ能力も年々浮上していますが、今回のはパクリ切れていないようです。小回りが効く分、運動性はアメリカよりもあり奇襲などの際は役に立ちますが、装甲はアメリカに劣ってます。動力の部分はアメリカと同等なのでそれだけですね。あとは操縦者の質で多少は変わってくると思いますが・・・」
「ご苦労様。後は俺と琥珀で対処するから、次の指示があるまで休んでろ」
「お役に立てて嬉しいです、それでは暫しお休みなさい・・・」
紫苑の操るカメラから薄紫の光が消え、空中から翡翠の足元へ転がり落ちる。
「琥珀、お待ちかねの俺らの出番だ」
翡翠はコンテナの裏でいじけている琥珀に声を掛ける。
琥珀はコンテナの陰から顔だけを出すと上目遣いでマジマジと翡翠を見つめる。
「・・・ねぇ翡翠」
「なんだ?」
「私がGlaivezのトップでいいんだよね?」
「あぁ」
「・・・ホントに?」
「どうしようもなく馬鹿でアホだけど、腕っ節だけはトップだろ」
「・・・それって褒めてなし、慰めの言葉にもなってないよね!?!?」
**********
琥珀は半べそかきながら自分の持ってきたコンテナを開く。
中には漆黒に輝くプロテクトスーツ一式と組み立てれば琥珀の身長以上の大きさにもなるだろう円錐形のランスが入っていた。
琥珀は一式の中の仮面を顔に被せる。
すると仮面は首周りと顔の側面へと展開していき、彼女の長髪だけが剥き出しになる状態になる。
そして続いてスーツに手を掛け、手早く着替えていく。
「終わったか?」
翡翠は着替え終わったのを確認する為に後ろを振り向く。
「・・・私が返答してから振り向いてよ」
運良く(?)琥珀は着替え終わっていたが彼女は少し照れた様で口調が少し不機嫌になる。
女にそのプロテクトスーツは体にピッチリと張り付く仕様なので、ある意味では反則だと翡翠も感じていた。
ボーっとしている翡翠に琥珀は急に声を弾ませる。
「那美の面影を感じちゃった?」
翡翠は“那美”という名前に反応して表情が変わる。
今になって彼女の名前を聞く羽目になるとは思っていなかったのだ。
今は仮面を被っていて顔をは見えないが、琥珀と那美の顔は同一である。
しかし全てが同じだという訳ではなく、体型と目の色に違いがあるのだが・・・。
翡翠は琥珀の首元より少し下を目をやり、壮大に溜め息を付く。
「・・・今、乙女に大変失礼な事を考えたよね?」
「いや、一番末っ子である筈の紫苑にさえ負けてるんだなって・・・」
「まさかの追い討ち!?!?」
『・・・こほん』
突然、翡翠と琥珀の頭の中に紫苑の声が響き渡る。
「起きてたのか、紫苑」
『はい、他の姉様達が・・・夫婦漫才はやめてさっさと帰ってこい!!!・・・って拗ねちゃってますよ。それに相手の方にも動きがあります』
紫苑は翡翠と琥珀の頭の中に再度、映像を直接送り込んだ。
そこでは数台の例のGigasもどきが倉庫の中から出てきていた。
『どっかの町か村を襲いに行くんですかね?』
「森の中での戦闘は避けたいな・・・急ぐぞ、琥珀」
『あっ・・・あと、琥珀大姉さま。最後に一つだけ』
「ん、なに?」
『女の価値は胸の大きさだけじゃありませんから安心してください。それでは・・・』
紫苑はそれだけ言い残すと翡翠達から接続を解除した。
当の琥珀はその場に呆然と立ち尽くしてしまう。
翡翠と琥珀の間には気まずい空気が流れる。
「・・・ねぇ、翡翠」
「ど・・・どうした?」
「強者が欲しい」
「・・・は?」
「古今東西、雑兵の機体の色は緑よね・・・」
「まぁ、今回の機体の色は緑だけど・・・。っかどこ情報だ、それ・・・」
「指揮官は赤・・・」
「・・・琥・・・珀?」
琥珀はブツブツと「赤、赤・・・」と呟きながらコンテナから巨大なランスを取り出す。
「赤、赤・・・赤はどこだぁぁぁぁ!!!」
次の瞬間、琥珀の髪の色が黒から琥珀色に変わり、仮面の目の部分も禍々しく琥珀色に輝く。
そして琥珀色の生命エネルギーを壮大に振り撒きながら、秒速100メートルという驚異的なスピードで相手の根城の方向へ飛んで行ってしまった。
**********
琥珀の飛翔の数分前・・・。
自分達が監視されているという事もこれから起こるであろう悲劇にも気が付かずに、盗賊集団は個々に酒を飲んだり博打に明け暮れていた。
突然の中国政府からの支援や仕事の依頼などにより、彼らは10機あれば小国を落とせると言われる新型のGigasを20機以上という力と多額の資金を手に入れた。
中国政府という後ろ盾を得る前まで争っていた他の集団も、あまりの戦力差のため攻撃を仕掛けてくるような事もしなくなったのだ。
そして、今回も備蓄の酒が無くなったが為に最寄の町へと強奪しに行こうとGigasを動かし始める。
Gigasを5機ほど拝借し、1列縦隊で基地の外へと出て行こうとしたところで先頭を歩いていた機体の頭上に何やら黒い物体が降って来るのを一番後ろを歩いていた機体の男が目にする。
何かと思った瞬間、先頭を歩いていた機体が一瞬にして潰れる。
同時に生々しいものが潰れる音が聴こえ、辺りに爆風と共に砂埃が舞い上がる。
彼らが敵襲だと理解した時には全てが遅すぎた。
砂埃の中から琥珀が凄まじいスピードで突進し、2機目のコックピットへと円錐形のランスを深々と突き刺す。
その際に発生したエネルギーの衝撃波により後ろの3機もバラバラに解体されていく。
紫苑の推測通り、中国製のGigasの装甲はあまり強くなかった。
琥珀は動けなくなった後ろの3機に歩み寄り、それぞれのコックピットへランスを深々と突き刺す。
彼女に情けなどない。
動けなくなった相手を嬲るという彼女の行為は残酷なのかも知れないが、彼らの今まで犯してきた行動を考えたら正解なのかもしれない。
善悪の境目など所詮その程度なのである。
5機の破壊を目にした見張り員がやっと状況を理解しサイレンを鳴らす。
非操縦者の連中がわらわらと配置に付き、琥珀に向けてM60機関銃を連射するが、誰一人として彼女に掠り傷一つ付ける事が出来ていない。
そして、一人の男が倉庫からSMAWロケットランチャーを抱えながら走り寄り、琥珀に向けて発射する。
琥珀に着弾し、辺りに爆煙が舞う。
武装集団の男達は一旦、射撃を止めた。
誰も一言も喋らず、誰かが息を呑む音が聴こえるほど辺りはしんと静まり返った。
「ば・・・化け物」
誰かの一言でやっと彼らは自分達が置かれている立場を理解した。
彼らにとって正体不明の黒い物体をただの“化け物”の一言で説明するにはあまりに説明不足すぎる事だった。
しかし彼らにはその黒い物体をただの“化け物”と言う以外に説明をする余裕など無かった。
ロケットランチャーを使う事でやっと琥珀のプロテクトスーツに掠り傷を負わせる事が出来たのだった。
男達は各々に武器を放り捨てて背走を始める。
そんな彼らに琥珀はランスを突き向ける。
ランスの先端部分が地面に落ち、ランスは巨大な砲台へと変化する。
そして背を向けて逃げ惑う男達に琥珀色の膨大なエネルギー波を放った。
20機近くのGigasが駆けつけた時には辺りは火の海と化していた。
辺りには琥珀と戦闘中だったであろう戦闘員の欠片すら1つも残っていなかった。
琥珀は駆けつけた20機のGigasへ向き直る。
Gigasの内の数機が刀剣を抜き放つと同時に、普通の人間だったら一瞬で鼓膜が破裂する程の空気の振動が辺りに鳴り響いた。
『・・・Purge』
琥珀が呟くと同時にランスがバラバラに展開し、中から自分の身長と同じ大きさの両手剣が現れる。
それを合図に20機と1人の戦闘が開始された。
**********
「SF的にいう高周波ブレードってヤツですね」
「紫苑、また戻ってきたのか・・・」
翡翠の横には薄紫色に輝く小型カメラが宙に浮いていた。
翡翠はというと、彼が駆けつけた時には既に琥珀は20機のDAと戦闘中だったのだ。
しかも彼女は連中を圧倒していたので参戦する気が失せたのだった。
「戦術は悪く無いのですが、どうやらGigasに関しては素人だったみたいですね」
「・・・それにしても、近頃の技術の進歩は凄まじいな」
翡翠はGigasが装備している高周波ブレードに目をつける。
約1年前に初めてアメリカのGigasと対峙した時はただの刀剣だった。
それが今では刀剣に高周波という付加がついているのだ。
いくら琥珀のプロテクトスーツでも一撃喰らったら掠り傷だけでは済まなそうだ。
戦争が世界の科学技術を促進させるというのも強ち間違いではないのかもしれない。
「このままだと、世界からSFというジャンルが消える日も近いかもしれませんね」
紫苑はしみじみと呟きながら琥珀の健闘ぶりを見つめている。
「GG計画・・・」
翡翠は徐に呟く。
それに反応する様にカメラの焦点が琥珀から翡翠へと移る。
「奴らの計画の目的は世界の科学技術の進歩だけなのか?」
GG計画は翡翠や琥珀などの存在を生み出した組織が企てている計画である。
本州明け渡しの原因となったテロや在日中国人10人の犯行などという事実の捏造などは彼らの仕業であると翡翠は考えていた。
幼少時代に彼らの研究所で過ごした翡翠には彼ら思想が分かっている。
とにかく彼らは戦争を支持する一派だったのだ。
「翡翠様、それは単純すぎると思います」
難しい表情を浮かべる翡翠に紫苑は自分の疑問を彼にぶつける。
「彼らは翡翠様や琥珀大姉様・・・そして私達、Glaivezのような今の世にとって規格外な存在を生み出す程の技術を持っています。科学技術の進歩だけなら彼らは既に今の段階で目標を達成できている筈です。それなのに何故・・・」
「世界征服とかだったら単純でいいのに・・・」
琥珀の声に翡翠と紫苑は後ろを振り向く。
「憂さ晴らしは終わったのか?」
琥珀は夥しい量の返り血を受けている。
「人聞きの悪い事を言わないでくれるかな」
琥珀が仮面をとると琥珀の髪の色が元の黒へと戻る。
「お疲れ様です、琥珀大姉様」
「うむ・・・」
琥珀はもう紫苑に対して怒っていないが、何だか浮かばれない顔をしている。
「早く基地内の探査を済ませて帰るぞ」
翡翠は琥珀の背中を軽く叩くと基地内へと歩いていった。
**********
「力を得たが為の衰退か・・・」
彼らの保有していた力は明らかに突出していた。
今の先進国の中でさえ、あれだけの戦力を持った集団など滅多にお目にかかれないだろう。
しかし、だからといってそれらが彼らを強くしたかと言うとそれは間違いだ。
もし彼らが自分達の力に過信し過ぎなければ、冷静な判断によって撤退などの選択肢も上がり、全滅などといった結果にはならなかった。
国の極度な繁栄によってその国の衰退が始まる例は歴史的観点から見ても良くある事である。
「・・・やはり私には人間という生き物が良く分かりません」
紫苑は辺りを自分の生命エネルギーで調査しながらポツリと呟いた。
「何故、人間は過去の教訓を蔑ろにしてまでして力を欲するのでしょうか?」
「・・・安心しろ、俺にも分からない」
「翡翠様にも・・・ですか?」
紫苑は目を驚いたような声を上げる。
実際この様な形で活動をしている以上、翡翠に自分の考えがあるのかと思っていたようだ。
「・・・1年ほど前、俺が人間社会で暮らしていた時の事を話したよな?」
「はい、覚えています」
翡翠は中学生へとなる年齢になった年に研究所から一般中学への進学を言い渡され、日本が中国から本州明け渡し勧告を受けた時期、翡翠が高校1年の時の2学期までは一般市民として生活をしていた。
あの頃は彼自身、人間になろうと努力してみたのを覚えている。
しかし、結局のところ途中で自分自身の存在を再認識させられる形で断念したのだ。
「その時、とある知り合いに言われた事があった」
翡翠は遠くに浮かぶ入道雲を見つめている。
頭の中で誰かを思い出している様だ。
「・・・戦争の無い世界が果たして本当に平和な世界なのか・・・ってな」
「夏樹といい、翡翠様には曲の強い知り合いが多いのですね」
「・・・否定はしないでおく」
紫苑特有の容赦ない一言には翡翠自身ももう慣れてしまった。
翡翠は苦笑いを浮かべながら話を続ける。
「それを踏まえた上で分かった事が1つだけある」
「・・・?」
「人間ってのは争い事無くして生きていく事は出来ないって事だ」
“生きる事こそが戦いだ”等と良く聞くが、その言葉こそ翡翠の考えを裏付けている。
人間は無意識のうちに争い事を見つけ出そうとする性質があるのだ。
学校という施設で、「成績」という形で生徒達に優劣をつけるし、強い立場の者が弱い立場の者を罵る光景も翡翠は良く目にしていた。
そして社会人にもなるとそれらは一層激化し、個人個人によって収入の差、個人の能力による仕事の有無なども出始める。
所謂、格差社会だ。
それらを忌み嫌い、社会主義と言うものも出てきたが実際の中国では全然機能しておらず富裕層との間には途轍もない壁が出来てしまったのも人々の内なる闘争本能故ではないのか。
「・・・やっぱり戦争のある平和な世の中の方が私にはしっくりくる世界の在り方だと思います」
紫苑は建物の中に入っていくと一言だけ付け足した。
「所詮、私達は兵器ですから・・・」
**********
琥珀は変わり果てた基地跡を無言で見渡す。
辺りには過去のベトナム戦争などで重宝されていたM60機関銃などが無残に投げ捨てられたままになっていた。
この様なベトナム戦争などで重宝された兵器も今ではDAを起動させる時間を稼ぐ為だけの道具となってしまっているのだ。
琥珀は地面から目を離すと、青く澄み渡る亜熱帯の空を仰いだ。
「分からないなぁ・・・」
今の時代、人類は何処へ、そして正しい方向へ向かっているのだろうか。
本当に彼らが自分達の憧れていた人間というものなのだろうか。
「・・・柄にも無く何を考えてんだ?」
突然、背後から翡翠に声を掛けられる。
「・・・いや、これが那美が身を投げてまで救った世界なのかなぁって思ってさ」
今や、米中戦争停戦から1年以上が経っていた。
あの日から翡翠達は、世界を見て回っている。
しかし、核戦争の危機から那美が身を投じて守った世界は、翡翠達にとってそれほど価値のある場所ではなかった。
勿論、そこには幸せがあったのも事実だったが、それ以上に、その倍以上に、そこには混沌とした世界が広がっていたのだった。
米中戦争停戦後、世界各国は、続いて起こり得るアメリカと中国を中心とした第3次世界大戦へ向けて大幅な軍事力の強化、云わば「軍事ラッシュ」を競うようにして行っていた。
今や、核兵器を持たない国は数えるほどの発展途上国のみとなっていたのだった。
「『ヒト』が『人』である限り、この混沌とした世界は終わらない・・・。だからと言って『人』は『ヒト』へは戻れない・・・」
琥珀は呟きながら大きく背伸びをする。
「瑪瑙か・・・那美からの請け売りか」
「・・・何で翡翠には私という選択肢がないのかな」
琥珀はジト目で翡翠を睨むが、翡翠は知らぬ顔で話を進める。
「争い事は力で捻じ伏せた方が効率が良い、それは理に適っている」
「それなら、私達と翡翠で世界を平定しちゃおっか」
琥珀は表情を一変させ、屈託の無い笑顔を翡翠に向けた。
『流石だな・・・』
翡翠は琥珀の食い付き様に舌を巻いた。
彼女は戦闘に対して一切の罪悪感を持たない様に創られたのだ。
ただ人を殺す為だけにプログラミングされた、GG Extra Numbersの1人、GG-02 Beta-である。
恐らく彼女は冗談ではなく、本気で翡翠に世界征服をしちゃおうと提案をしているのだ。
翡翠は軽く溜め息を付くと、琥珀の頭に右手をポンと置く。
琥珀は突然の不意打ちに目を丸くした。
そして、彼女の頬も仄かに赤くなる。
「・・・いや、それは最終手段として取って置こう」
翡翠の一言に琥珀はまた表情を一変させ、今度はとても切なそうに微笑む。
「・・・うん。でもまぁそれは翡翠もとい那美の望む結果じゃないだろうけどね」
『・・・翡翠様、琥珀大姉様、お取り込み中失礼します』
話が一区切り終わるのを待って、翡翠と琥珀の頭の中で紫苑の声が響き渡る。
『何か見つけたのか?』
『いえ・・・そこまで大層な物でも無いのですが・・・』
『・・・分かった、今すぐ行く』
**********
「これは・・・」
翡翠は倉庫の中に犇めき合っているコンテナ群を抜けた所で一つの巨大な物体を見上げている。
「・・・赤だ」
琥珀も目をキラキラさせながら、翡翠の視線の先を見つめている。
彼らの見つめている先には、アメリカのGigasから見ても5~6倍近くのサイズもある真紅の新型Gigasが直立していた。
右肩には5つの星のマークが入っている所からして、その機体が何をモチーフにした機体なのかは一目瞭然だった。
「今回の彼らの本命は、これの運搬だったみたいです」
「・・・運搬先は?」
「どうやら、玖肆連合の様ですね」
紫苑は基地の奥から拝借してきた紙媒体の資料をアームを使って翡翠へと差し出す。
翡翠は資料を受け取ると何も言わずに目を走らせた。
「・・・なるほどな」
現在、この世界には日本という国は存在していない。
それは、米中戦争停戦後に、力を持たない日本国はアメリカと中国によって本州を東西に分割され、東側をアメリカの、西側を中国の国有地とされた為である。
アメリカと中国による突然の侵略行為に、北海道、四国九州へと追い遣られた日本は次第に国として維持できなくなり、また政府内の対立によって、東側の北海道、西側の四国九州へと分裂してしまったのだった。
そして現在、中国の庇護下にある西側の四国九州からなる玖肆連合国家とアメリカの庇護下にある東側の北海国が誕生し、今もまだ東西で対立関係となってしまっているのだった。
「中国が玖肆連合如きにこんなに戦力を投入するなんて・・・、考えている事が単純過ぎると思いませんか?」
紫苑の操っているカメラのピントは真っ直ぐと翡翠を見据えている。
彼女が何を言いたいのかは、翡翠には見当が付いていた。
「あぁ、現段階ではまだ、奴らは介入してなさそうだな・・・」
「でもこの先、本当に奴らが介入してくると思います?」
紫苑の問いに翡翠は少しだけ考える素振りを見せる。
無論、今の翡翠にも分かり兼ねる事だ。
正直に言って、本州全土が玖肆連合と北海国のどちらかに併合されるかという事は、玖肆連合国と北海国の2カ国にとってはとても重要なのだろうが、世界から見たら、それは極些細な事でしかない筈である。
今まで、本州は世界から放置されていた為に無法地帯と化していて、戦力的価値も資源も何も無いのだ。
そんな小競り合いに労力を費やす程、世間も馬鹿では無いだろう。
がしかし、現に中国は玖肆連合に本州全土を併合させる為に戦力を費やしているのだ。
そして、アメリカも戦力を北海国に集結させているとの情報も入ってきていた。
『本州には何かがあるのか?』
「・・・翡翠?」
黙り込んでしまっていた翡翠を心配そうに琥珀が覗き込む。
「・・・あぁ、今はまだ分からないが、これから奴らが介入してくると思って行動した方がいいな」
「それでは私達もそろそろ戦力の補強をしておいた方が良いですよね?」
「・・・何のつもりだ?」
カメラ越しではあるが、紫苑の目の色が変わったのを翡翠は見逃さなかった。
「いや~、翡翠様に1つお願いがあるのですけど・・・」
「・・・分かった。このデカ物をバラバラにして持って行けばいいんだろ?」
「流石です、翡翠様~♪」
カメラの向こう側で紫苑が興奮しているのを察して琥珀が翡翠をジト目で見つめてる。
「どうした?」
「翡翠は妹達には優しいよね・・・」
「・・・そうか?」
翡翠は真紅のGigasに歩み寄り、脛に当たる部分に右手を添えた。
「私に対しての処遇の改善を要求する!!!」
琥珀の目の威圧に押され、翡翠はこめかみを掻きながら視線を宙に彷徨わせる。
2人の間に沈黙が訪れた。
「・・・検討しよう」
そして沈黙に耐えられなくなったのか、翡翠は溜め息交じりに呟いた。
「・・・やった!!!」
琥珀が嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねるのを見て、またしても翡翠は壮大な溜め息を付いた。
「・・・それより、早く終わらせて皆の所へ戻るぞ」
「了解~♪♪♪」
翡翠の目つきが変わり、彼は右手に神経を集中させた。
そして次の瞬間、Gigasの体中に緑色の光が走り、機体がバラバラに解体されていった。
**********
所が変わり・・・。
とある組織の薄暗い待合室で1人の白衣を着た初老の男が、巨大な水槽の中を泳いでいる深海魚をぼんやりと眺めている。
「全ては海から始まった・・・か」
全ての生き物は海を漂う1つの単細胞から始まり、そして幾度もの進化を経て今の人類が誕生した。
『だが、その人類が本当に最後なのだろうか・・・』
太古の生物は滅亡や存亡の危機に打ち勝ち、その度に進化し続けてきたのだ。
そして今の人類が進化の究極であるという保障は何処にも無い。
「うちの馬鹿息子の望むものとは一体なんだったのか・・・」
白衣の初老の男が呟くと同時に待合室のドアが開き、1人の30代程度の男が入ってくる。
その男も同じく白衣を着ていた。
「げっ・・・、、森本右京」
「もっと年上を敬えと前から言ってるだろう。柿崎の若造が」
「・・・それで、森本右京“さん”が何故ここに?」
柿崎正孝は依然、仏頂面をしながら右京に尋ねる。
今回、組織から召集があったのは正孝ただ1人の筈であったのだ。
「・・・お前が今回の案件を任されたと聞いてな・・・。心配になって様子を見に来てやった」
「・・・余計なお世話だ」
「前回の米中戦争での失態、反省をした様には見えないな・・・」
右京の言葉に正孝は過剰に反応する。
「黙れ!!!そもそも初めから全てのGGを処分しなかったが為に計画の見直しを再度行う羽目になったんだろうが!!!」
「・・・」
「今回の案件を任されたのは私だ。部外者は口を出すな」
右京は水槽に目を戻し、正孝の言い分を全てスルーしていた。
それを図星と勘違いしたのか、正孝は鼻で笑うと待合室を出て行った。
「・・・全く、お主らの声、廊下にまで聞こえていたぞ」
「これは・・・神宮寺先生。お見苦しい処を御見せしました・・・」
ドアが再度開き、1人の90代の長老が電動車椅子で待合室入ってくる。
右京はその博士に会釈をする。
「楽にしていて良いぞ」
頭を下げている右京に神宮寺は微笑みかけると右京の横に車椅子を止め、水槽を眺める。
「・・・やはり、いつ見ても進化過程の生物は美しいな」
「・・・」
右京は何も言わずに水槽を眺める。
「・・・それで、今回のあの小童をどう見る?」
「・・・柿崎、ですか?」
博士の問いに右京は神宮寺を見るが、直ぐに目線を水槽に戻す。
「実力は然り、野心的なところは悪くはないですが・・・」
右京はそこまで言うと溜め息を付き、苦笑いを浮かべる。
「・・・問題を挙げるとすると、少し自意識過剰すぎると言いますか・・・」
「そうじゃな・・・」
「自信家であると取れば良い傾向ではありますが・・・。彼の場合は唯我独尊な部分が強く、一度、失態を犯すと立て直しが利かなくなるという処が問題ですね・・・」
「今回の案件は小童の力量を再度測るだけ・・・という事か」
「今回は本州が玖肆連合か北海国か、どちらに渡っても大した痛手にはなりませんからね。力量を試すには丁度良いかと・・・」
「実際には本州ではなく、本州にある“モノ”が・・・だがな」
神宮寺は堪え切れなくなったのか、急に声を出して笑い出した。
本州にある“モノ”がそれぞれの後ろ盾にあるアメリカか中国、どちらに渡ろうが世界のトップが変わるだけで、組織には関係が無いのだ。
「・・・まぁ、私の場合は生きている間に第3次世界大戦が拝めればそれだけで良いがな」
「そう思うなら無理はなさらずに長生きして下さい。まだ、戦渦が世界にまで広がるには時間が掛かりそうですよ」
「・・・そうじゃな」
博士は右京に微笑むと、ただジッと水槽の中を見つめていた。