三題噺「新生活マンホール」
畳をめくると、マンホールがあった。
「えっ?」
掃除機をかけようと、畳をめくったその先に突然現れたマンホール。大学の先輩から紹介された簡単なバイトで、近所のアパートの一室を掃除にしにきただけなのだが……たしかにここのアパートは鉄筋コンクリート造りだし、今いる部屋は一階だからして、それほどありえない話ではないようが気がする。
「いや、変に決まっている」
なんとなく納得してしまいそうになる自分にツッコミを入れながら、じっとワンルームの丁度中心辺りに現れたマンホールを見つめてみる。
綺麗な、黒色をした金属質なフォルム。
こうやって畳に隠れていたせいか、サビや汚れ一つないその姿はつい撫でたくなるような魅力がある。
「けど、部屋にあっていいもんじゃないよな、やっぱり」
例えば彼女なんていないけれど、もし、万が一、何かの間違いで、女の子が俺の部屋を訪れた時のことを考えてみよう。
部屋の中央に置かれたピカピカのマンホール。
きゃーおしゃれ! なんて好感度アップの素敵アイテムに……なるわけがない。正直ドン引きだろ、ていうか俺でもこんなのが友達の家にあったらいやだ。
「管理人さんに電話でもした方がいいのかな……」
携帯を手に取り、アドレス帳で連絡先を探してみる。
すると、その時、ガタガタとマンホールが軋む音がした。
「……お父さん! なんだかここ、のぼれそうですよ!」
「なん……だと……。ここはポイント47、通称開かずの扉だぞ! ここ百年間は誰も到達してことがないというのに」
そして、地下から響くなぞの話し声。
この辺りでさすがの俺も異常を感じ取っていた。これはあれだろうか、夢か。いや百歩譲って現実だと認めたとしては十中八九大掛かりなドッキリとか、テレビ番組の企画とかだろ。
するっていとあれか、このマンホールから出てくるのはドッキリ大成功の立て札を握ったタレントさんだったりするのだろうか。
「お父さん! やりました、やりましたよ! ついに到達です!」
「おお、ここがマンホールの向こう側の世界なのか……すばらしい」
しかし現れたのは、古めかしいなんとなく冒険者チックな衣装を来なすったいい年のおっさんと、若い娘さんだった。
彼らはマンホールから一気に部屋の中へと飛び出すと二人で抱き合い喜びあっている。
「あの……なんかのテレビっすか? それとも映画の撮影とか?」
驚きもせず、突然現れた謎の人物に話し掛けた。どうやら、この人たちのあまりに場違いな姿にシラケているというか、ある意味冷静になってしまったようだ。
「お、あなたは、地上の人! お邪魔してしまってすみません」
「こら、宮子。あまりはしゃぐんじゃありません。すいません、娘は地上が初めてのもので」
しらーっとした目線で、二人を見る。何を言い出しているのだろう。
「こういう時はどうするんだっけ、お父さん……。そうだ、たしかつまらないものですが、だよね」
「そうだそうだ、それを忘れてはいけないね」
正直、満面の笑顔でこちらに寄ってくる娘さんはそれなりに可愛かったりなんかして、心が動きそうにもなったが、それよりもこの人たちの話の胡散臭さの方が際立っている。
「これをどうぞ、ただの石っころだが、綺麗だろ?」
「……えっ、それ、もらえるんですか」
見覚えがある。母親の結婚指輪にハメられた石と似た輝き。
本物かどうかを判断する眼力は残念だから俺には存在していないが、興味をそそられたのは本当だった。それぐらいに魔力のある美しさに思わず見惚れてしまう。
「お、お気に入りいただけたようでなによりだ。しかし残念だ、どうせならもっとたくさん持ってくればよかったね。私たちの国にはそれがたくさんあまっているから」
「あの、マンホールの下に国というか地下世界みたいなのがあるってことですか?」
「はは! いやー、物分りがよくて助かるよ。だいたいの人は信じてくれないけどね。どうだい、ちょっと覗いてみないか、今ならちょうど灯りのついた街並みぐらい見れるかもしれないよ」
正直、心惹かれるものがあった。
一時の気の迷いでもいいから、そういうものが存在していると信じてみたいと思えてしまう。元々俺みたいな男の子は、そういう夢を持っているはずなのだ。
「えっと、それじゃあ失礼して……。うーん、どこですか、まだなにも見えないですけど」
「もう少し進んでみるといい」
見たこともないようなダイヤモンドひとつで、こんな胡散臭い話を信じてしまうなんて、自分が情けない。それでもやっぱりダイヤモンドがタダのように存在している世界なんて、やばすぎるだろう。
大学の学費だって、俺が払ってやれるし、親の仕送りももらわなくていいし、友達とも豪遊しまくれる。
「うわー真っ黒ですよ、これ。下の方まだ全然見えないし」
「そうですね、だって地下ですから」
「いやー、助かるよ。いきなり地上の人間に出会えるなんて、これで私たちの仕事も終わりだ。あとはそこで待ってればいいから」
ふわりと体が浮く感覚。
無防備に乗り出していた俺の体は、そっと後ろから背中を押されただけで、簡単にマンホールの通路へと落ちていく。なんとかハシゴにつかまりながら、必死に脱出しようと登ってみるが、固く閉じられたマンホールは空きそうにない。
「やったね、お父さん。こんなに早く獲物が見つかるなんて最先がいいや。ノルマ達成したからしばらく私たちが地上にでる番だね」
「そうだな宮子。さぁ、地上の生活を楽しみに行こうじゃないか。ちゃんと片付けをしたらね。ふ、今夜はごちそうだぞ」
楽しそうな家族の会話。
開かないマンホール。
近づいてくる地下からの物音。
地下の世界は、暗闇に包まれていた。
お題、「マンホール、畳、ダイヤモンド」