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隆さんの春  作者: まきの・えり


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1.隆さんの朝は早い

       1.隆さんの朝は早い

 いつの頃からか、我が家の大家さんにして、息子の気功の師匠でもある、佐藤隆さんと朝の散歩をするようになった。

「明子さん、お兄さんと毎朝散歩しているんですって!」と驚くのは範子さん。

 隆さんの妹さんで、私の飲み友達、同じく我が家の大家さんである。

 範子さんは、我が息子の登場以来、フィットネスクラブに通って、十歳は若返り、スタイル抜群になってしまい、頭の中には色恋沙汰しかなくなってしまった。

 だから、範子さんの頭の中には、隆さんと私が、毎朝並んで仲良さそうに歩いている映像が浮かんでいるに違いなかった。

「明子さん!」と範子さんは、私の両腕をガシッと、フィットネスで鍛えた腕でつかんだ。

 痛い!

「明子さん、色々と気をもませてもらったけど、いよいよなのね!」

 はい、はい、はい。

 確かに、隆さんは、若々しくて、美形だ。私より十五歳も年上には、到底見えない。下手をしたら、私の弟か……う、う、う、息子の兄……つまり我が息子に見えても不思議ではない。

 誰にも言っていないが、隆さんの気功教室に入門しようかどうしようかと考えたのも、一度や二度ではない。何と、若返って綺麗になって、その上結婚運までついてくると、大評判の気功教室なのだ。

 入門を何十度も考えて、その都度考えなおしたものだ。

 その美貌に最初フラッとなったのも事実だが、それは、隆さんの性格を知るまでのこと。

 隆さんに、「ふっふっふ。春子もついに、俺の弟子か。ふっふっふ」みたいに思われるのは、絶対にイヤ!!

 あ、説明が必要ね。

 明子さんと呼ばれたり、春子と呼ばれたり。

 私の戸籍名は、坂口春……違う! 私が間違えてどうする。坂口明子。

 ややこしい話だが、隆さん兄妹の父親である「お祖父ちゃん」が、その昔行方不明になった春子ちゃんだと思い込んで、私を採用したという訳。あ、家の維持管理の仕事にね。

 あれこれあって、私を「明子さん」と呼んでくれるのは、飲み友達の範子さんだけで、他のメンツは、私を「春子ちゃん」と呼ぶ。

 もう一々訂正するのも面倒なので、そう呼ばせている。

 また、息子の春樹も「春行」と呼ばれている。これは、範子さんが先頭に立って呼んでいる。その昔、範子さんの初恋の君「春行」の生まれ変わりらしい。

 これは、本人の春樹にも自覚があるので、「春樹」と呼ぶのは私だけだ。

 とまあ、こういうややこしい世界にはまり込んでいる私達なのだ。


「胸が高鳴るわ、私まで」と範子さん。

 おっと、つい範子さんがいたことを忘れそうになる。

 物事をさらに、ややこしくしているのは、頭の中が色恋色のお花畑になっている範子さん。

 ふ~っと熱いため息を吐かれると、私まで感染しそうになる。

「あのね、範子さん」と私は息を整える。

「朝の散歩は確かに毎日の行事みたいになっているけど、範子さんが考えているようなものじゃなくて、お祖父ちゃんや春樹、朝の早いお弟子さんまで一緒の団体散歩なのよ」

「え~~?!」

 範子さんは、私が一歩引くほど驚いていた。

「は、春行……いえ、春樹さんも、お散歩に?」

 驚いたのは、そこかい?!

「私、私も参加して、いいかしら!」

「いいと思うけど。朝早く準備が出来るなら」

 やばい。

 範子さんの目に、輝くハートマークが入っている。

 やばい。

 春樹のことは言わなければ良かったかも……





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