↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

無聊。 〜閻魔の俺からみると人間はエノキである〜

作者: ねこ山
掲載日:2026/10/10

人生で初めて完結した掌編。

 高い高い、天の上で。

そこは、黒い霧に包まれており、たまに紅の光がちらつく。

 遠くの方ではざわざわと声が聞こえる。が、それは明らかに人間のものではない。

 耳を澄ませば、その声を誤魔化すように途端に聞こえなくなる。雑音みたいに聞こえてしまうのだった。

 見慣れない、非現実的で不気味な光景に、背筋は凍った。人ではない何かが蠢く。

 黒いフードとマントを羽織っている。目を凝らすと、その黒い何かが動いている気がした。気のせいだといいが。

 頬を汗が伝った。

 ふと、顔を上げて「それ」を見上げた。

人間よりも何倍も大きい体。

鉄塊のようにどっしりとしたガタイ。

燃えるような赤い肌。

豪華な飾りがついた服。

尖った耳。

そして、睨みつける漆黒の目。

……閻魔様。

その言葉が、ぴったりだった。

 体は金縛りのように硬直していて、指一本動かない。まるで明晰夢のようだ。

 その時僕は直感的に悟った。ここは地獄だ。妙に納得していた。

 僕は、生きているうちにたくさんの罪を犯した。そうだ、だからきっと、こんなところに来てしまったんだ。

-----

 そこにいる人間を見おろす。手元の資料に目を移した。

「ふうん……」

 どうやらこの男は、いや、この男「も」自殺したのだそうだ。

 経歴に目を通す。この男もやはり、いつもと同じような経歴だ。

 こういう奴は、特段なにかしたわけでもないのに、すぐ勘違いする。

 まったく人間は、我らの命を無駄にしおって……。

 その上、こいつは俺に怯えている。

「あの、ユウメイヌシノミコト様……」

 俺の膝下にも及ばない大きさの専属伝達係に呼ばれた。

 ユウメイヌシノミコトとは、俺の名である。

幽冥主命と書く。

「なんだ」

「もうすぐ冥界会議が……」

「ああ、そうだったな」

 つまり、この尋問を早く済ませろということである。

 伝達係は小さく頷くと闇に消えていった。

我々閻魔の仕事は通常の死因とは異なる「自殺」した人間を事情聴取し、天国行きか地獄行き、どちらかを判断し、送ることだ。

 早く終わらせようと、人間に向き合う。

「貴様は自ら命を絶ったと聞いている。それは本当か?」

 人間は、俺に話しかけられていることに驚いているように見える。俺のこの見た目に衝撃を受けたか。別に普通だが。いや、そんなこと俺には関係ない。仕事に取り掛からねば。

「驚かせてしまったようで申し訳ない。この通り、危害を加えたりしないから安心しろ」

 手をひらひらと振って見せる。少し気が緩んだ気もするが、人間は動かない。

これは面倒くさいタイプの人間だ。

 英語の部ならば数人でやるが、俺が配属されたのは日本語の部である。

 日本は人口も死者数も多くはないだろうに、何故俺一人に任せられているんだ……。まあ、これに関しては仕方がない。

 ため息をつくと、その人間を凝視した。

やはり変な形とか色をしているものだ、人間は。白くて細いから、まるでエノキタケである。

その小さな体から僅かな音を感じた。

 やっと喋る気になったのだろうか。なんだろうと思い、ぴくりと耳を動かす。

「もう一度聞く。自ら命を絶ったのは本当か?」

「え、は、はい」

今にも消え入りそうな声を、頭の中で反芻した。

 記録用紙に情報を書き込んでいく。

 空いた手で首筋を撫でた。

 閻魔審問官は一日中下を向く仕事だ。

 だから首は常に痛い。だがずっと弱音を吐いていてもなにも解決しない。手をそっと用紙の横に添えた。

「貴様は生前にやり残したことはあるか?」

 ペンを滑らせながら滲むインクを眺めた。

 返事はない。

 どうしたものかと顔を上げた。人間は口をもごもごさせている。

「……もう一度、両親の顔を見たいです」

 よくあるやつである。

「じゃあ、幽霊として向こうに送ってやる」

既に死んだ人間を人間界にほいほい送ったからと言って、こちらに危害は加わらない。

 まあ、送った人間があちらで何かやらかした場合は別であるが。

ぽかんと口を開けた人間を横目に立ち上がって、人間界へと通じる縦数十メートルにも及ぶ扉へと歩く。

 足元の靄が退いた。

 装飾錠を握り、腕に力を込める。

 重い扉を完全に開くと、冷たい日本の風の匂いがした。

 この匂いをこれまで何度嗅いだだろう。

「期限は三日、それを過ぎたら地獄行きも検討するからな」

 人間、「高橋」はこの扉の向こう側を放心状態で見つめているように見えた。

 この扉の向こうには「高橋」の最後の地、東京の街並みがずっと下に見える。

 何万、何億ものビルの光が規則的に並んでいた。

 上を見れば、飛行機やヘリコプターの赤い光と数粒の星が見えていた。

 この光の数は、逆のほうが相応しい。

 上が何億もの光に満たされたなら、どう見えるだろうか。そう思ったのは、俺だけだろうか。

「さあ行け。ここにいる時点で幽霊なんだから、空飛べるぞ。絶対に命ある者には見つかるなよ。お前は人にゃ見えねぇが、電気機器に反応する場合があるから気をつけろ」

 「高橋」に目を合わせて頷いた。

 その次の瞬間には、「高橋」は空を舞っていた。

 冷たい空気が肌にまとわりついて快い。

 ふうっ、とため息を吐くと、扉に体重を乗せた。

 扉が閉まったのを確認して、見慣れたこの暑苦しい闇へと目をやる。


 俺等のもう一つの仕事。

 それは、我々閻魔の持つ無限と言える命を人間らに分け与えること。

 生を与えると同時に、死を与えること。

 死が生を創るってことだ。

 閻魔は死を知らない。

 生きているのかもわからない。

 限りある時間と、終わりが来ない時間。

 ……どっちがいいのやら。

 終わりが来ない時間に生きる俺は、退屈で仕方ない。

 だから、俺は人間界に幽霊を送る。

 禁断の刺激、罰を求めて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。