第3話 神速の矛盾と、命がけの「証明」
視界の端で光が瞬いたかと思うと、次の瞬間には俺の肩から血しぶきが上がっていた。
「がはっ……!」
「神宮寺さん! もうやめて、避けてください!」
如月さんの悲痛な叫びがドローン越しに響くが、無茶を言うなと心の中で突っ込む。
避けることなど不可能だ。オオサカ・キョウト連合の男が誇る『神速』は、比喩でも何でもなく音速を超えている。
俺にできるのは、致命傷になる軌道だけを予測し、体を捻って急所からズラすことだけ。
おかげで俺の体は、すでに数十カ所もの切り傷に覆われ、ボロボロだった。
(痛い痛い痛い! 死ぬってこれ! でも音速移動の雷キャラとか、俺も中二の時にノートに描いてたやつ! 生で見れるとか最高すぎるだろ!)
俺は血反吐を吐きながらも、無理やり口角を吊り上げた。
この絶体絶命のピンチで不敵に笑う。これぞ強キャラの嗜みである。
「ハァッ……ハァッ……どうした、口先野郎。もう喋る気力もねえか!」
男が少し離れた位置で立ち止まり、息を荒げた。
やはり音速で動き続けるのは、システム的にも肉体的にも相当な負荷がかかるらしい。男の全身を覆う放電が、先ほどよりも不規則に乱れている。
「フッ……如月」
俺は痛みを堪え、低く落ち着いた声で背後のオペレーターに呼びかけた。
「現在地から一番近い、狭くて強固な岩壁の谷間を探せ。袋小路ならなお良い」
「えっ……? た、谷間ですか?」
如月さんは一瞬戸惑ったが、すぐに有能なオペレーターとしての顔を取り戻し、手元の端末を猛烈な勢いで叩き始めた。
「ありました! 右斜め後方、約百メートルの地点に、V字型に切り立った深い岩の裂け目があります!」
「上出来だ」
俺はふらつく足で立ち上がり、如月さんが指示した方向へ駆け出した。
もちろん、ただ走って逃げ切れる相手ではない。
「逃がすかよォッ!!」
背後から迫る落雷のような轟音。
俺は背中に強烈な斬撃を受け、文字通り地面を転がりながら、目的の岩の裂け目へと転がり込んだ。
「ガハッ……ゴホッ……!」
そこは両側を高く分厚い岩壁に挟まれた、幅わずか数メートルほどの狭い谷間だった。
前方には巨大な岩肌がそびえ立ち、完全な行き止まり。
「ハハハ! 追い詰められて自ら袋小路に逃げ込むとは、いよいよ頭が焼き切れたか!」
谷の入り口に、雷光を纏った男がゆっくりと姿を現した。
男の顔には、勝利の確信と残酷な笑みが浮かんでいる。
「次で終わりにしてやる。俺の最高速、音速のさらに向こう側を見せてやるよ!」
男が深く沈み込み、全身の雷光が限界まで圧縮されていく。
周囲の空気がビリビリと鳴動し、ドローンのカメラすらもノイズで揺れていた。
「神宮寺さん! 駄目です、そんな狭い場所じゃ逃げ場が……!」
如月さんの悲鳴を背に受けながら、俺は腰に下げていた支給品の水筒を取り出した。
そして、フタを開け、残っていた水を自分の足元の地面にバシャバシャと撒き散らす。
「フッ……逃げる必要など、最初からない」
俺は水筒を投げ捨て、真正面から男を見据えた。
男の準備は整ったようだ。その姿が、まばゆい光の塊へと変貌する。
「消し飛べェッ!! 『雷光神速・絶天衝』ォォッ!!」
男が痛々しい技名を叫んだ瞬間、世界から音が消えた。
いや、男の速度が音を置き去りにしたのだ。
光の矢となった男が、俺の喉元へと迫る。
その軌道が俺の足元の水たまりの上を通過した、まさにその瞬間だった。
「音速を超えて移動する物体が、大気中でどうなるか知っているか?」
俺の静かなつぶやきは、男には聞こえていないだろう。
「猛烈な空気の圧縮……いわゆる『空力加熱』によって、お前の体と周囲の空気は、今数百度の高熱を帯びている」
超音速で突き進む超高温の物体。
それが、俺が撒き散らした大量の水に突っ込んだらどうなるか。
答えは、急激な気化と体積の膨張。
ドゴォォォォォォォンッ!!!!
谷間に響き渡ったのは、雷鳴ではなく、凄まじい規模の『水蒸気爆発』の爆音だった。
一瞬にして膨張した高温の水蒸気が、超音速で突っ込んできた男の体を容赦なく吹き飛ばす。
「ガ、アアアアアアッ!?」
男の絶叫が爆音に掻き消される。
さらに、男自身が音速を超えることで発生させていた衝撃波が、この狭い岩壁の谷間で逃げ場を失っていた。
乱反射する衝撃波が男の体に何度も叩きつけられ、雷光の設定と物理法則の矛盾を抱え込んだAIが、ついに致命的な処理落ちを起こした。
男の姿を覆っていた雷がショートしたように弾け飛び、男はそのまま岩壁に激突して白目を剥いた。
爆発の余波で猛烈な熱風と土煙が舞い上がり、ドローンの視界すらも完全に真っ白に染め上げる。
「神宮寺さん!? 神宮寺さぁぁんっ!!」
土煙の向こうから、如月さんの悲痛な叫びが響き渡った。
自ら引き起こした大爆発。その中心にいた男が、果たして無事で済んだのか。
全世界の視聴者が、固唾を飲んで画面を見つめていた。




