告知事項あり。
短編です。
この部屋に越してきて、まだ数ヶ月しかたっていない。
どこにでもある四階建てのマンション。
学生の一人暮らしには手ごろな家賃で、駅からもそう遠くない。
特別なところは何もない部屋だった。
だけど毎日部屋のどこかで音がするのだけ。
「カチ」とも「コト」ともつかない小さな音だ。
冷蔵庫か、上階の住人の足音か、はたまた木の軋む音か、そんな誰しも聞いたことがあるけど気にもとめないような音。
最初に鳴ったのはいつだったかもう覚えていない。
ただその音は決まって夜中の二時に鳴る。
それに気づいてからは寝る前に時間を見るようになった。
そろそろ鳴るだろう。
一時五八分。
五九分。
そして、二時。
ーーーーーコト
(ほらね)
誰に言うわけでもないのに、心の中で小さく頷く。
(今日も鳴った)
もう一度鳴るかもしれない。
布団の中で、私は目を閉じたままじっと耳を澄ませる。
小さな音を探すにはわたしの呼吸音がうるさい。
だから、私はほんの数秒だけ息を止めた。
ーーーーーコト
鳴った…
いつもなら二時に一度だけ鳴るあの音が。
…なんだか楽しい
胸の奥がじんわりと熱くなる。
偶然じゃない。
私の呼吸が止まった、その瞬間に鳴った。
まるで、待っていたみたいに。
息を吸う。
何も鳴らない。
もう一度止めてみる。
ーーーーコト
思わず口元がゆるむ。
ほら。
ちゃんと応える。
(さっきより、少しだけ近い?)
試してみる。
一
二
三
ーーーコト
近い。
さっきより、近い。
音の場所はわからない。
天井かもしれないし、壁かもしれない。
でも、距離だけはわかる。
私が止めている時間の分だけ、近づいている。
もう一度やりたくなる。
確認したい。
本当に、わたしが動かしているのか。
四
五
ーーコト
こんどは、はっきりわかった。
息を吸う。
枕の向こう側。確かに近づいている。
「ふふっ」
次の日。
授業中にふと思う。
(もしここで息を止めたら、あの音は鳴ってくれるのだろうか。)
息を止める。
一
二
何も鳴らない。
少し、がっかりする。
(ここじゃ、鳴らない…)
帰宅しすぐ。
靴を脱ぐのもそこそこに息を止めてみる。
一
二
三…
(あぁ…やっぱり二時じゃないと鳴ってくれないのかな)
寝支度を済ませ布団に入る。
時計を見ると二時まであと三分。
喉を湿らせる。
深く吸って、吐く。
(準備みたいだ)
心の中でそう思う。何の準備なのかは考えない。
一時五九分。
吸う。
そして、止める。
一
二
三
四
胸がじわじわと重くなる。
五
六
耳の奥がじん、と鳴る
七
八
九
喉がやける。
でも、まだいける
十
ーコト
こんどははっきり。
枕のすぐ横。
鼓動が速くなる。
からだが、かってに、いきをほしがる。
それを、ぎゅっととめる。
じゅういち
じゅうに
あたまがすこしくらい。
みみがじんじんする。
コト
すぐ、そこ。
わかる。
ちかい。
じゅうさん
じゅう、し
くるしい。
でも、うれしい。たのしい。
ちゃんとうごいてる。
わたしが、とめるたびに。
もう、かぞえられない。
のどが、あつい。
むねが、いたい。
でも、あと、すこし、
コト。
みぎ。
みみのそば。
あ。
わらってしまいそう。
くらい。
くらい。
くらい
いき、を
すわなきゃ
すわなきゃ
いき
でも、もうすこしだけ
コト
すぐ、そこ
わたしの、
二時になると音が鳴る。
小さな音。
次の住人は、入居初日にその音を聞いたらしい。
すごい。
私はあんなに時間がかかったのに。
ちゃんと、止めて、ちゃんと数えて、やっと鳴らせたのに。
息を留めた瞬間に。
コト
ほら、もう鳴ってる。
ずるい。
読んでいただきありがとうございました。
家で鳴る音について書いてみました。
小説を書いたのは初めてのことですが楽しく書けました。




