第96話 判断
売田は、歩きながら一度も台に触れなかった。
「急ぐぞ」
それだけ言って、
通路の奥を指さす。
すきは、何も聞かずに頷いた。
九條のいた確率機から離れるにつれて、
周囲の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
人が集まる台。
演出が派手な台。
初心者が群がる台。
――全部、通り過ぎる。
⸻
「ここ」
売田が止まったのは、
人通りの少ない橋渡し台だった。
景品は、細箱。
角は立っているが、
配置は悪くない。
「おそらく評価が高い」
売田は即断する。
「難易度は中。
でも、今は誰も触ってない」
すきは、黙って台を見る。
箱の重心。
爪の癖。
戻り位置。
――音は、聞こえない。
でも、それでいい。
「……二手でいけます」
売田が、ちらりと笑う。
「じゃあ、頼む」
⸻
一手目。
すきは、
ほんのわずか、
箱の角をずらした。
大きく動かさない。
形だけを変える。
二手目。
アームが、
狙った位置に入る。
爪が、
橋の外側にかかる。
――落下。
ゴトン。
静かな音。
歓声はない。
でも、
確実な一個目。
売田は、すぐに景品を回収する。
「二手。
悪くない」
褒めない。
でも否定もしない。
それで十分だった。
⸻
次の台。
ラバシャ。
ぬいぐるみ。
軽い。
売田は、首を振る。
「ポイント低い。
後回しだ」
さらに奥。
ペラ輪。
「ここは?」
すきが聞く。
売田は、
一瞬だけ考えてから言った。
「形はいい。
でも、時間かかる」
「今じゃない」
判断が、早い。
⸻
すきは、
視界の端で、雪平を見かけた。
相変わらず静かだ。
無駄な一手が、ない。
景品が取れなくても、
形だけを整えて、
すっと離れる。
(……同じだ)
(勝ちに行ってない)
(残す人だ)
⸻
少し離れた場所では、
羽澄の声が響いていた。
「次いくよー!」
派手な演出。
スマホ。
歓声。
数字は、確実に積み上がっている。
(やり方は違う)
(でも、全部正解だ)
⸻
「時間、半分」
売田が言う。
財布の中身を見る。
まだ、
二千円以上残っている。
「……余ってますね」
「それでいい」
売田は、即答した。
「使い切る試験じゃねぇ」
すきは、
その言葉を噛みしめる。
九條の、
三千円。
自分たちの、
この静けさ。
差は、
もうはっきりしていた。
⸻
通路の向こうで、
九條が座り込んでいるのが見えた。
景品は、一つ。
表情は、曇っている。
誰も、声をかけない。
すきは、
一瞬だけ、足を止めた。
でも、
振り返らなかった。
(……選んだ)
それでいい。
⸻
「次、行くぞ」
売田が言う。
すきは、
深く息を吸った。
音はまだ静かだ。
でも、
聞こえなくても分かる。
今の自分は、
ちゃんと選べている。
一次試験は、
静かに、しかし確実に、
終盤へ向かっていた。
キャラ紹介
九條全
・年齢:19歳
・所属:受験生チーム
・立場:会長・九條恒一の孫
・性格:生意気/直情型/情に厚い
⸻
◆キャラクター概要
粗暴でビッグマウス。
だがその奥に、誰よりも優しい視点を持つ少年。
景品を「物」としてではなく、
置き去りにされた存在として見る感性を持つ。
強さでも理屈でもなく、
彼のプレイを動かすのは――感情。




