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くれげの世界  作者: ぐろ
第三章 プロライセンス編
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第95話 かわいそうだろ

「……すみません」


すきが声をかけた瞬間だった。


「なんだお前!

 誰だよ!」


振り返りざま、怒鳴る声。


「……プレイ中に話しかけんな、

 ババア!」


一瞬、

空気が凍った。


(……は?)


同い年くらい。

見た目も、年齢も、おそらく大差ない。


それなのに――

その一言で、すきの中で何かがピキッと音を立てた。


一歩、踏み出しそうになるのを、

すきは必死で抑える。



「やめとけ」


横から、売田の声。


「その台はハズレだ。

 三千円じゃ確率来ねぇ」


「うるせぇな、おっさん!」


九條が、振り返りもせずに吐き捨てる。


「確率とか関係ねぇんだよ!」


アームが、また下りる。


「試験官に邪魔されたって

言うぞ?」


脅しにもならない脅し。


売田が、深くため息をついた。


「……あぁ、こいつダメだ。

 行こう」


背を向けかけた、その時。


「待ってください」


すきの声は、低かった。


怒りを、押し殺した声。



「……なんで」


すきは、九條を見る。


「その景品、そんなに取りたいの?」


九條は、動きを止めた。


一瞬だけ、黙る。


「……別に」


強がるように言ってから、

視線を逸らした。


「一つだけ残ってんだよ」


声が、少しだけ下がる。


「……一つだけ残ってたらさ」


九條は、ぼそっと続けた。


「こいつ、

 可哀想だろ」


その言葉に、

すきの胸が、きゅっと締まった。


(……あ)


一瞬だけ。


ほんの一瞬だけ、

すきの中で何かが柔らかくなった。



すきは、売田を見る。


「……確率機って、

 どうやって攻略するんですか」


売田は、驚いたように目を見開いた。


「今さらか?」


「教えてください」


売田は、肩をすくめた。


「基本は単純だ」


「例えば天井が五千円なら、

 五千円入れなきゃ

 出口まで持っていけない」


「途中で持ち上がっても、

 最後で落とされる」


九條が、苛立ったように口を挟む。


「そんなの、

 知ってるよ!」


アームを、強く揺らす。


「でもな」


売田は、続けた。


「アームを振って、

 落下位置と上昇位置のズレを使えば、

 確率無視もできる」


「ただし――」


一拍。


「この景品は、

 無視できる率が低い」


九條は、歯を食いしばる。


「……っ」


アームを振り、

少しずつ、少しずつ景品を動かす。



「……あの」


すきが、静かに言った。


「百円だけ、

 やらせてくれない?」


「はぁ!?」


九條が振り向く。


「ふざけんな!

 これは俺がやってる台だ!」


すきは、目を逸らさず言った。


「もし、その百円で取れたら」


一拍。


「景品は、九條くんにあげる」


九條は、言葉に詰まった。


周囲の視線。

冷ややかな空気。


「……ちっ」


舌打ち。


「一回だけだぞ」



すきは、コインを入れた。


百円。


アームが、動く。


揺らす。

掴む。

持ち上げる。


――だが、出口には届かない。


景品は、途中で落ちた。


「ほらな」


売田が言う。


「百円、無駄にした」


「じゃあ、どけよ!」


九條が、すぐに前に出る。


「続きは俺がやる!」


何回か、プレイ。


「くそっ……」

「くそっ……!」


「なんだよ!

 持ってこいよ!」


「あと少しだろ!」


財布の中身を見る。


最後の百円。


指が、わずかに震えていた。



アームが下りる。


掴む。


持ち上がる。


そのまま――

離れない。


ゆっくりと、

獲得口の上まで。


ゴトン。


静かな音。


「……っ」


一拍遅れて。


「よし!

 よし!!」


九條が、飛び跳ねた。


だが、周囲は静かだった。


「三千円全部使って、

 一個かよ」


「効率悪っ」


冷たい視線。


九條の笑顔が、

少しずつ、しぼんでいく。



「……まあ」


売田が、低く言う。


「あいつは、

 ここで終わりだな」


すきは、

その言葉を否定しなかった。


ただ、

景品を握る九條を見ていた。


初めて取れた時の感覚。

嬉しさ。

誇らしさ。


クレーンゲームが、

ただ楽しかった頃。


その記憶が、

胸の奥で、静かに蘇る。



「……行くぞ」


売田が言う。


「俺らは、

 早く取らなきゃならねぇ」


すきは、頷いた。


「はい」


二人は、

次の台へ向かう。


一次試験は、

まだ終わらない。


でも、

すきはもう分かっていた。


ここは――

勝ち方を学ぶ場所じゃない。


何を救って、

何を切り捨てるかを選ぶ場所だ。

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