第95話 かわいそうだろ
「……すみません」
すきが声をかけた瞬間だった。
「なんだお前!
誰だよ!」
振り返りざま、怒鳴る声。
「……プレイ中に話しかけんな、
ババア!」
一瞬、
空気が凍った。
(……は?)
同い年くらい。
見た目も、年齢も、おそらく大差ない。
それなのに――
その一言で、すきの中で何かがピキッと音を立てた。
一歩、踏み出しそうになるのを、
すきは必死で抑える。
⸻
「やめとけ」
横から、売田の声。
「その台はハズレだ。
三千円じゃ確率来ねぇ」
「うるせぇな、おっさん!」
九條が、振り返りもせずに吐き捨てる。
「確率とか関係ねぇんだよ!」
アームが、また下りる。
「試験官に邪魔されたって
言うぞ?」
脅しにもならない脅し。
売田が、深くため息をついた。
「……あぁ、こいつダメだ。
行こう」
背を向けかけた、その時。
「待ってください」
すきの声は、低かった。
怒りを、押し殺した声。
⸻
「……なんで」
すきは、九條を見る。
「その景品、そんなに取りたいの?」
九條は、動きを止めた。
一瞬だけ、黙る。
「……別に」
強がるように言ってから、
視線を逸らした。
「一つだけ残ってんだよ」
声が、少しだけ下がる。
「……一つだけ残ってたらさ」
九條は、ぼそっと続けた。
「こいつ、
可哀想だろ」
その言葉に、
すきの胸が、きゅっと締まった。
(……あ)
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、
すきの中で何かが柔らかくなった。
⸻
すきは、売田を見る。
「……確率機って、
どうやって攻略するんですか」
売田は、驚いたように目を見開いた。
「今さらか?」
「教えてください」
売田は、肩をすくめた。
「基本は単純だ」
「例えば天井が五千円なら、
五千円入れなきゃ
出口まで持っていけない」
「途中で持ち上がっても、
最後で落とされる」
九條が、苛立ったように口を挟む。
「そんなの、
知ってるよ!」
アームを、強く揺らす。
「でもな」
売田は、続けた。
「アームを振って、
落下位置と上昇位置のズレを使えば、
確率無視もできる」
「ただし――」
一拍。
「この景品は、
無視できる率が低い」
九條は、歯を食いしばる。
「……っ」
アームを振り、
少しずつ、少しずつ景品を動かす。
⸻
「……あの」
すきが、静かに言った。
「百円だけ、
やらせてくれない?」
「はぁ!?」
九條が振り向く。
「ふざけんな!
これは俺がやってる台だ!」
すきは、目を逸らさず言った。
「もし、その百円で取れたら」
一拍。
「景品は、九條くんにあげる」
九條は、言葉に詰まった。
周囲の視線。
冷ややかな空気。
「……ちっ」
舌打ち。
「一回だけだぞ」
⸻
すきは、コインを入れた。
百円。
アームが、動く。
揺らす。
掴む。
持ち上げる。
――だが、出口には届かない。
景品は、途中で落ちた。
「ほらな」
売田が言う。
「百円、無駄にした」
「じゃあ、どけよ!」
九條が、すぐに前に出る。
「続きは俺がやる!」
何回か、プレイ。
「くそっ……」
「くそっ……!」
「なんだよ!
持ってこいよ!」
「あと少しだろ!」
財布の中身を見る。
最後の百円。
指が、わずかに震えていた。
⸻
アームが下りる。
掴む。
持ち上がる。
そのまま――
離れない。
ゆっくりと、
獲得口の上まで。
ゴトン。
静かな音。
「……っ」
一拍遅れて。
「よし!
よし!!」
九條が、飛び跳ねた。
だが、周囲は静かだった。
「三千円全部使って、
一個かよ」
「効率悪っ」
冷たい視線。
九條の笑顔が、
少しずつ、しぼんでいく。
⸻
「……まあ」
売田が、低く言う。
「あいつは、
ここで終わりだな」
すきは、
その言葉を否定しなかった。
ただ、
景品を握る九條を見ていた。
初めて取れた時の感覚。
嬉しさ。
誇らしさ。
クレーンゲームが、
ただ楽しかった頃。
その記憶が、
胸の奥で、静かに蘇る。
⸻
「……行くぞ」
売田が言う。
「俺らは、
早く取らなきゃならねぇ」
すきは、頷いた。
「はい」
二人は、
次の台へ向かう。
一次試験は、
まだ終わらない。
でも、
すきはもう分かっていた。
ここは――
勝ち方を学ぶ場所じゃない。
何を救って、
何を切り捨てるかを選ぶ場所だ。




