第94話 音
通路に一歩踏み出した瞬間、
すきの視界は、無数の台で埋まった。
橋渡し。
確率機。
ラバシャ。
ペラ輪。
長箱、立方体、細箱、ぬいぐるみ。
どの台も、同じように光っている。
(三千円で、全部は触れない)
それだけで、
ここが学生大会とは別物だと分かる。
⸻
「で、どう動く?」
少し後ろから、売田の声。
「まだです」
すきは即答した。
「見る方が先」
売田は肩をすくめる。
「まあな。
最初に突っ込むやつから、だいたい沈む」
⸻
その時、
場の空気が一段、騒がしくなった。
歓声。
橋渡しの前に、人だかりができている。
派手な演出。
アームが下り、景品が大きく揺れて――
そのまま、ストンと落ちた。
「うわ、取れた!」
「一発!?」
中心で、
派手に手を振っている女性。
「あ、今の撮れた!?
もう一回いくよ!」
スマホを構え、
迷いなく次の台へ。
無駄がない。
速い。
そして、とにかく目立つ。
売田が、鼻で笑った。
「……ああ」
「バズ子か」
すきは、羽澄の背中を見る。
(取る力じゃない)
(見せる力だ)
⸻
少し離れた一角。
人の少ない場所で、
静かに台に向かっている人物がいた。
雪平杏。
動きは、驚くほど地味だ。
アームを動かす前に、必ず一拍止まる。
箱の位置。
爪の戻り。
周囲の人の流れ。
二手。
三手。
派手な音はない。
それでも、
箱は確実に形を変えていた。
(……上手い)
すきは、足を止める。
取る前に、
失敗しない形を作っている。
境地到達者。
その意味が、
はっきりと分かった。
⸻
さらに奥。
誰も注目していない、古い橋渡し台。
無名の参加者が、
淡々とプレイしていた。
一手目で、
箱の角をほんの数ミリずらす。
二手目で、
逆側を沈める。
三手目。
落下。
無言。
ガッツポーズもない。
(……この人)
(普通に、強い)
名前も知らない。
でも、間違いなく実力者。
(ここ、広いな)
すきは、そう思った。
⸻
トクン
胸の奥が、
かすかにざわつく。
(……来た)
すきの視線が、
一台のペラ輪に引き寄せられる。
古い。
地味。
人もいない。
すきは、足を止めた。
(……分かってる)
すきは、
その台を“覚えておく”だけにした。
⸻
「なあ」
売田が、顎で示す。
通路の向こう。
一人の青年が、
確率機に張り付いていた。
同じ位置。
同じ動き。
何度も、何度も。
周囲から、ひそひそと声が漏れる。
「まだ取れてないの?」
「もう二千円超えてるぞ」
すきは、眉をひそめる。
「……あの子」
売田が、鼻で笑った。
「ああ」
「会長のバカ孫だ」
すきが、ちらりと売田を見る。
「九條全。
肩書きだけは一人前。
実力は――今見ての通りだ」
すきは、再び台を見る。
景品は、
残り一つ。
「……でも」
すきが呟く。
「最後の一つ、ですよね」
売田は、即座に首を振った。
「だからだよ。
沼らせるためのハズレ台だ」
「確率、まだ開いてない」
その時だった。
胸の奥が、
はっきりと震えた。
ドクン
今までで、
一番、はっきりした音。
すきの視線が、
九條の台に釘付けになる。
(……この子)
(残ってる理由が、ある)
売田が、すきの表情に気づく。
「おい」
低い声。
「……あの台、気になるのか?」
すきは、答えなかった。
ただ、
その台から目を離さなかった。
一次試験は、
まだ始まったばかりだ。
それでも、
すきは理解してしまった。
――取れるかどうかじゃない。
――取るべきかどうかだ。
その問いは、
もう、すきの中に入り込んでいる。




