第91話 エントリー
スマホの画面を、すきはじっと見つめていた。
月刊クレーンゲームの公式サイト。
その一番下に、小さく設置されたリンク。
――プロライセンス試験・受験者募集。
オンライン応募フォーム。
必要事項を入力して、送信するだけ。
簡単で、合理的で、
今の時代らしいやり方だった。
それでも、指はまだ動かない。
⸻
「珍しいね」
声をかけてきたのは、天秤沙希だった。
大学生になった沙希は、
以前より落ち着いた雰囲気を纏っている。
それでも、笑ったときの軽さは変わらない。
「連絡くれるの、すきの方からだなんて」
「……ちょっと、聞きたいことがあって」
二人は、カフェの窓際に座っていた。
外では、学生たちが行き交っている。
「今、何してるの?」
沙希の問いに、
すきは一瞬だけ言葉に詰まる。
「……バイト」
それ以上は、続かなかった。
沙希は責めるでもなく、
ミルク入りのコーヒーを一口飲んでから言った。
「私はね、福祉施設を建てたいんだ」
「福祉?」
「うん。
障害がある人も、そうじゃない人も、
一緒に遊べる場所」
さらっとした口調。
でも、その目は本気だった。
「クレーンゲームも置きたいな。
調整、ちゃんとしてさ」
すきは、思わず笑ってしまった。
「……沙希らしい」
「でしょ?」
少し間を置いて、
沙希はすきを見た。
「ねえ」
その視線が、まっすぐだった。
「すきってさ、
クレーンゲームしてる時が一番輝いてるよ」
すきは、何も返せなかった。
「勝ってる時じゃない。
考えてる時。
迷って、選んでる時」
沙希は、肩をすくめる。
「それ、才能とかじゃない。
すきの“居場所”だと思う」
⸻
帰り道。
すきは、月刊クレーンゲームを買った。
スマホで応募できることは、分かっている。
それでも。
ページをめくると、
綴じ込みの応募ハガキがあった。
〈※WEB応募・郵送応募、いずれも可〉
小さな注意書き。
氏名。
年齢。
連絡先。
ペン先が、止まる。
――本当に、行くのか。
一度だけ、深呼吸してから、
すきは記入欄を埋めた。
昏華すき。
ハガキを切り取り、
ポストに入れる。
カタン、と軽い音。
それで、もう戻れなかった。
⸻
最近、クレーンゲームをしていなかった。
だから、練習に行こうと思った。
地元のゲームセンター。
見慣れた台。
少し古い景品。
――簡単すぎる。
アームが動く前から、
結果が分かってしまう。
境地の恩恵が、強すぎる。
それは、武器でもあり、
同時に、危うさでもあった。
「……楽しくは、ないな。」
独り言が漏れた、その時。
「久しぶりだね」
振り向くと、
そこにいたのは――ミスター初期位置。
山口一。
相変わらず、穏やかな目をしている。
「プロライセンス、受けるのかな?」
すきは、驚かなかった。
「……はい」
山口は、少しだけ考えてから言った。
「職業にするっていうのはね、
楽しいだけじゃ続かない」
「勝てなくなる時もある。
求められる時も、
切り捨てられる時もある」
すきは、黙って聞いていた。
「それでも?」
「……私にはこれしかない。」
山口は、微笑んだ。
「なら、応援するよ」
それだけだった。
⸻
数ヶ月後。
すきは、試験会場の前に立っていた。
巨大なゲームセンター。
見上げるほどの看板。
胸の奥が、静かに熱い。
――私は、選ぶ。
勝つためじゃない。
逃げないために。




