第90話 空白
トレ高クレーンゲーム部の部室は、静かだった。
壁一面に並ぶ賞状とトロフィー。
それらはもう、誰かの現在ではなく――“記録”になっている。
第一回大会優勝。
第一回大会MVP 銀泉舞子。
第二回大会優勝。
第二回大会MVP 雨瑠凛。
第三回大会優勝。
第三回大会MVP 昏華すき。
クレーンゲーム流行全盛期。
足が速い子より、
イケメンの子より、
クレーンゲームが上手い子がモテる時代。
それでも――
その中心にいたはずの昏華すきは、そこにいなかった。
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高校卒業から一年。
十九歳になったすきは、
特に目標もなく、フリーターとして日々を過ごしていた。
週四回のバイト。
閉店間際の店内、蛍光灯の白い光。
シフト表を確認して、次の予定を頭に入れる。
終わればスマホを眺め、
眠くなれば寝る。
クレーンゲームから、少しだけ距離を置いた生活。
境地に至ってから、
昔のように、
フィギュアの声が聞こえることもなくなった。
代わりに“音”が聞こえるときがあった。
ドクン
――意味はよくわからない。
それが、すきの正直な感想だった。
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その日、すきはたまたま家電量販店の前を通りかかった。
開店前の店先には、長い列ができている。
本日発売のトレーディングカード目当ての客たち。
転売ヤー。
すきは無意識に視線を逸らした。
関わりたくない。
……そう思った瞬間だった。
「久しぶりだな」
声をかけられ、足が止まる。
振り返ると、そこにいたのは――売田転。
中学生の頃、
初めて出場した大会の二回戦で当たった相手。
転売ズのリーダー。
四十手前のはずなのに、
その目だけは昔と変わらない。
計算と欲望の色。
「元気そうじゃないな。
……まあ、勝った側はそうなるか」
すきは答えなかった。
売田は距離を詰めるでもなく、
しかし逃げ道を塞ぐような位置に立つ。
「情報屋から、面白い話を仕入れてな」
そう言って、
売田はスマホの画面をすきに向けた。
――クレーンゲーマー・プロライセンス制度。
「協会公認。
大会、配信、イベント。
全部“仕事”として扱われる」
売田は、笑った。
「つまりだ。
クレーンゲームで、食っていける」
すきの胸が、微かにざわつく。
勝った。
称えられた。
でも、その先がなかった。
「……私は」
すきは、小さく呟く。
「もう、やりきったんです」
売田は、少しだけ目を細めた。
「だからだよ」
低い声で続ける。
「勝ったやつから、
先に腐るんだ」
一拍置いて、言い切る。
「次は――
何のために勝つかを、選ぶ番だ」
その言葉が、
すきの中で静かに沈んでいった。
⸻
クレーンゲームは、娯楽だった。
競技になり、
そして今――
仕事になろうとしている。
昏華すきは、まだ知らない。
このプロライセンス試験が、
自分にとって“勝つための試験”ではなく、
負けるための試験になることを。
そしてその負けが、
新たな領域のヒントになることを。
売田 転
クレーンゲーマー/転売ズリーダー
・年齢:40歳
・体格:がっしり、現場慣れした身体つき
・雰囲気:粗野だが妙に人を惹きつける
・服装:ラフな私服(キャップやパーカー多め)
・声:低く通る、怒鳴ると迫力がある
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性格
・現実主義
・情に厚い
・プライドより結果
・仲間第一主義
口は悪いが、根は優しい。
損得で動いているように見えて、実は“人”を見ている。




