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くれげの世界  作者: ぐろ
第三章 プロライセンス編
92/205

第90話 空白


トレ高クレーンゲーム部の部室は、静かだった。


壁一面に並ぶ賞状とトロフィー。

それらはもう、誰かの現在ではなく――“記録”になっている。


第一回大会優勝。

第一回大会MVP 銀泉舞子。


第二回大会優勝。

第二回大会MVP 雨瑠凛。


第三回大会優勝。

第三回大会MVP 昏華すき。


クレーンゲーム流行全盛期。

足が速い子より、

イケメンの子より、

クレーンゲームが上手い子がモテる時代。


それでも――

その中心にいたはずの昏華すきは、そこにいなかった。



高校卒業から一年。


十九歳になったすきは、

特に目標もなく、フリーターとして日々を過ごしていた。


週四回のバイト。

閉店間際の店内、蛍光灯の白い光。

シフト表を確認して、次の予定を頭に入れる。


終わればスマホを眺め、

眠くなれば寝る。


クレーンゲームから、少しだけ距離を置いた生活。


境地に至ってから、

昔のように、

フィギュアの声が聞こえることもなくなった。


代わりに“音”が聞こえるときがあった。


ドクン


――意味はよくわからない。


それが、すきの正直な感想だった。



その日、すきはたまたま家電量販店の前を通りかかった。


開店前の店先には、長い列ができている。

本日発売のトレーディングカード目当ての客たち。


転売ヤー。


すきは無意識に視線を逸らした。

関わりたくない。


……そう思った瞬間だった。


「久しぶりだな」


声をかけられ、足が止まる。


振り返ると、そこにいたのは――売田転。


中学生の頃、

初めて出場した大会の二回戦で当たった相手。


転売ズのリーダー。


四十手前のはずなのに、

その目だけは昔と変わらない。

計算と欲望の色。


「元気そうじゃないな。

……まあ、勝った側はそうなるか」


すきは答えなかった。


売田は距離を詰めるでもなく、

しかし逃げ道を塞ぐような位置に立つ。


「情報屋から、面白い話を仕入れてな」


そう言って、

売田はスマホの画面をすきに向けた。


――クレーンゲーマー・プロライセンス制度。


「協会公認。

大会、配信、イベント。

全部“仕事”として扱われる」


売田は、笑った。


「つまりだ。

クレーンゲームで、食っていける」


すきの胸が、微かにざわつく。


勝った。

称えられた。

でも、その先がなかった。


「……私は」


すきは、小さく呟く。


「もう、やりきったんです」


売田は、少しだけ目を細めた。


「だからだよ」


低い声で続ける。


「勝ったやつから、

先に腐るんだ」


一拍置いて、言い切る。


「次は――

何のために勝つかを、選ぶ番だ」


その言葉が、

すきの中で静かに沈んでいった。



クレーンゲームは、娯楽だった。

競技になり、

そして今――

仕事になろうとしている。


昏華すきは、まだ知らない。


このプロライセンス試験が、

自分にとって“勝つための試験”ではなく、

負けるための試験になることを。


そしてその負けが、

新たな領域のヒントになることを。

売田うりた てん


クレーンゲーマー/転売ズリーダー


・年齢:40歳

・体格:がっしり、現場慣れした身体つき

・雰囲気:粗野だが妙に人を惹きつける

・服装:ラフな私服(キャップやパーカー多め)

・声:低く通る、怒鳴ると迫力がある



性格


・現実主義

・情に厚い

・プライドより結果

・仲間第一主義


口は悪いが、根は優しい。

損得で動いているように見えて、実は“人”を見ている。


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