第87話 ずっと傍にいる
箱は、宙にあった。
落ちるか、
耐えるか。
誰にも分からない、
一瞬の静止。
⸻
運命は、
未来潰しに触れていた。
指先の感触は、
もう何度も知っている。
使えば、
この箱は落ちない。
使えば、
勝てる。
⸻
砂漠が、脳裏に浮かぶ。
何もない。
誰もいない。
足跡だけが、風に消えていく。
それでも歩いた。
歩き続けた。
一人で。
⸻
(……もし)
(ここで、見えたら)
享楽が、
自分から離れる未来が。
そのために、
残していた。
最後の一回。
⸻
「……」
運命の視界の端で、
享楽が、前に出た。
⸻
「運命!」
叫びだった。
技術でも、
理屈でもない。
⸻
「使え!!」
一拍。
享楽は、
拳を握りしめる。
「……それでも」
声が、震えない。
「おれは、離れない」
⸻
運命の中で、
何かが、崩れた。
——あぁ。
——そうか。
⸻私はまもられていたんだ。
織田くんのことで無理して明るくしてた時も。
部活でみんなから運命はいらないと言われたのも。
部員全員を敵に回したときも。
残った神咲や新一年生を従えた、つもりになってたときも。
ずっと
享楽が傍で
護ってくれてたんだ。
⸻
運命は、
笑った。
ほんの一瞬。
中学の頃。
三人で、
何も考えずに笑っていた、
あの顔で。
⸻
未来潰しから、
指を離す。
(……もう、いい)
(失わない)
⸻
5手目。
運命は、
力を使わない。
砂漠を歩いてきた、
自分自身で、
最後の操作をする。
⸻
同時に。
すきの宇宙で、
星が、一直線に並ぶ。
迷いはない。
選択は、
もう済んでいる。
⸻
アームが、
静かに、箱を離す。
⸻
ゴトン。
⸻
落ちた。
⸻
一拍の静寂。
そして。
⸻
歓声が、
会場を揺らした。
⸻
勝者、トレ高
昏華すき。
⸻
すきは、
すぐには喜ばなかった。
ただ、
運命を見る。
そして、
小さく、息を吐いた。
(……すごいな)
(この人は)
(境地に一人で辿り着いたんだ。)
⸻
運命は、
何も言わない。
ただ、
前を向いて歩き出す。
その背中を、
享楽が、追いかけた。
並ぶ。
離れない。
⸻
決勝戦。
勝敗は、
5手で決まった。
だが、
残ったものは、
勝ち負けじゃない。
⸻
選ばれなかった未来と、
それでも選んだ現在。
⸻




