表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くれげの世界  作者: ぐろ
第二章 高校編
86/205

第85話 砂漠


ボタンに、指がかかっていた。


”未来潰し”


それを使えば、

この盤面は終わる。


それは、誰よりも運命自身が理解していた。


——だが。


運命は、動かなかった。



乾いた風が、吹いた気がした。


見渡す限り、何もない。

地平線は揺らぎ、

目印になるものは一つもない。


(……またか)


運命は、足を止めない。


何時間、

何日、

あるいは——何年。


ここを歩いてきたのか、

もう分からなかった。


誰もいない。

声もない。

正解もない。


それでも、歩いた。


立ち止まれば、

砂に飲まれると知っていたから。


——それが、

運命の扉の内側だった。



”境地”に至った、その瞬間。


世界の見え方が、変わった。


盤面の向こう側。

人の向こう側。


扉を持つ者が、分かる。


そして——

一人、目に留まった。


享楽伝。


(……あぁ)


理解した瞬間、

胸の奥が、僅かに軋んだ。


享楽にも、”扉”がある。


自分と、同じ側の人間だ。


——なのに。


享楽は、それを使わない。

開こうともしない。

語ろうともしない。


”隠している”


その事実が、

運命の中で一つの結論を導いた。


(……隠し事をする人間は)


(いつか、離れる)


それは予測じゃない。

これまで、何度も見てきた現実だった。



運命が、まだ“純粋”だった頃。


高校二年の春。

自分の中にある違和感に、ようやく名前がついた。


——未来が、少しだけ見える。


はっきりした映像じゃない。

確信でもない。


ただ、

「それ、こうした方がいいかも」

そう言葉にした瞬間、

世界が、わずかに正しい方向へ傾く。


最初は、偶然だと思っていた。


けれど——


「運命が言うなら」

「それ、当たるんだよね」

「ちょっと見てくれない?」


気づけば、

先輩も、後輩も、

自然と運命の周りに集まっていた。


頼られることが、嬉しかった。

役に立てるのが、楽しかった。


誰かが景品を取れた時、

一緒に喜べるのが、何より好きだった。


——だから。


それが、依存に変わっていくことに、

最初は、気づけなかった。



だがいつからか


「聞いて取れても、嬉しくない」

「楽しくないんだよね」


そんな声が、

少しずつ、増えていった。


それでも、

運命は笑っていた。


大丈夫。

きっと、分かってもらえる。


そんな時だった。


織田の件で、

心が壊れかけていることを、

享楽だけが、気づいていた。


「お前は悪くない」


そう言って、

運命を庇ったのも、享楽だった。


個人戦のクレーンゲーム大会。


二人で練習する日々が始まった。


「大会で結果出せばさ」

「運命のアドバイスの有難み、みんな分かるよ」


享楽は、そう言って笑った。


運命は、信じた。


これでいい。

これで、戻ってきてくれる。


大会当日。


結果は、圧倒的だった。


柚木運命——優勝。

享楽伝——準優勝。


他の部員は、

誰一人、入賞すらできなかった。


(……よかった)


これで、いい。


私を、認めてくれる。

また、みんなでやれる。


そう、思っていた。


——思って、いたのに。


偶然。

本当に、偶然。


耳に入ってしまった声。


「まぁ、運ゲーっしょ」

「別に優勝とかどうでもいいし笑」

「享楽とかマジ金魚のフンかよ笑」


……え?


運命の中で、

何かが、音を立てて崩れた。


違う。


私は、

みんなと一緒にやりたかった。


喜んでもらえるから、

アドバイスした。


それで取れたら、

私も、嬉しかった。


私が優勝したら、

認めてくれるんじゃなかったの?


戻ってきてくれるんじゃなかったの?


違う。

違う違う違う違う。


——分かった。


足りなかったんだ。


もっと。

もっと勝たなきゃ。


誰も、文句を言えないくらいに。

誰も、笑えないくらいに。


だから——


切り捨てなきゃ。


使えない。

言うことを聞かない。


そういう人間は、

全員。


先輩たち。

仲間だったはずの同級生。

部を去った者たち。


誰もが、

正しさから目を逸らした瞬間に、

運命の隣から消えていった。


だから、決めた。


”未来潰し”は、

一日に三回まで。


——それは、本当。


だが。


最後の一回は、

ずっと使わなかった。


勝つためじゃない。

大会のためでもない。




享楽が、自分から離れる未来を見たとき。


その瞬間だけを、

確実に潰すために。



現在。


盤面。


3手目。


未来潰しは、

まだ、そこにある。


使えば、勝てる。


それでも。


運命は、

その力から、指を離した。


(……違う)


(今じゃない)





3手目。


運命は、

未来潰しを使わない。


ただ、

自分の腕だけで、

盤面に触れた。


最短。

最小。

正確。


砂漠を

一人歩ききった者の、

迷いのない一手。



その瞬間。


すきの宇宙が、

僅かに、揺れた。


(……強い)


思わず、そう思った。


この人は、

一人で、ここまで来た。


誰にも頼らず。

誰にも委ねず。

正しさだけを、握りしめて。


尊敬でも、

同情でもない。


ただの、理解。



3手目。


勝敗は、まだ決まらない。


だが、この試合は、

もう単なる決勝戦ではなかった。


選択の物語に、

完全に姿を変えていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ