第84話 五分
すきの一手目が置かれたあと、
会場は、妙に静かだった。
歓声が遅れて来る。
それは称賛というより、
理解が追いつかない間だった。
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運命は、
盤面を一瞥しただけで、
状況を把握する。
(……悪くない)
だが、
“完璧”ではない。
未来潰しを使えば、
この配置は存在しない。
——けれど。
(……使わない)
理由は、ない。
ただ、
使うほどじゃない。
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運命の手が、動く。
迷いはない。
最短。
最小。
余計な調整も、
様子見もない。
勝つための操作。
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2手目。
箱が、
“従った”。
派手な跳ねも、
偶然の崩れもない。
だが、
さっきのすきの配置を
無言で否定する位置に収まる。
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「……は?」
針千が、息を呑む。
「未来潰し、使ってないよな……?」
晴谷は、
ゆっくりと頷いた。
「使ってない」
一拍。
「……それで、これだ」
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すきは、
その操作を見て、
胸の奥がひりついた。
(……強い)
自分の宇宙に、
ノイズが走る。
星の配置が、
一瞬だけ、揺らいだ。
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運命は、
すきを見ない。
盤面だけを見る。
そこに、
感情を挟まない。
(……これで十分)
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夢幻高校ベンチ。
神咲が、
思わず前のめりになる。
「運命先輩……」
未来潰しを、
使っていない。
それなのに、
盤面は五分に戻った。
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享楽は、
静かに立っていた。
もう、
心の声は聞こえない。
それでも分かる。
——今の一手は、
昔から知っている運命のやり方だ。
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すきは、
ゆっくり息を吐いた。
(……なるほど)
ここで、
“押し切る”相手じゃない。
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宇宙の中で、
星が、再配置される。
さっきより、
少しだけ遠い。
(……まだ、届かない)
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運命は、
未来潰しに触れない。
代わりに、
一つだけ確信する。
(……一手で来たか)
なら、
二手で潰す。
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2手目。
誰も、声を上げない。
だが、
全員が思っていた。
——柚木運命は本物だ




