第83話 大一番
静かだった。
決勝の大将戦。
トレ高 昏華すき。
夢幻高 柚木運命。
名前が呼ばれ、二人が中央に立ったというのに、
会場は奇妙なほど落ち着いている。
派手な因縁も、煽りもない。
ただ、
「最後だ」という事実だけが、そこにあった。
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すきは、
盤面を見る前に、一度だけ目を閉じた。
(……大丈夫)
理由はない。
根拠もない。
ただ、
胸の奥が静かだった。
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ボタンに触れた瞬間。
世界が、反転した。
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音が、消える。
歓声も、実況も、
すべてが遠ざかっていく。
目の前に広がったのは、
暗闇ではなかった。
無数の星が浮かぶ、広い空間。
(……宇宙)
扉の中。
すきは、
考える前に理解していた。
ここは、
未来が決まっている場所じゃない。
未来が、選ばれる前の場所。
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星は、どれも輝いている。
どれを掴んでも、
正解になり得る。
でも——
同時には掴めない。
(……選ぶんだ)
怖さは、ない。
不思議と、
迷いもなかった。
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現実の盤面で、
すきの手が動く。
一切の躊躇もなく。
横。
奥。
最小限の動き。
1手目。
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箱が、
“置かれた”。
誰もがそう感じた。
動かしたというより、
そこに最初からあったかのように。
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「……え?」
観客席から、
思わず漏れた声。
派手さはない。
だが、
異常だった。
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針千が、目を見開く。
「……1手で、
あの位置?」
晴谷は、
何も言わない。
ただ、
小さく息を吐いた。
(……入ったな)
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運命は、
その1手を見て、
初めてすきを“見た”。
盤面ではなく、
操作でもなく。
その立ち方を。
(……最初から、そこにいる)
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未来潰しに、
触れない。
触れる必要が、
まだなかった。
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1手目。
まだ、何も決まっていない。
それなのに。
この試合は、
もう今までの決勝とは違うと、
誰もが無意識に理解していた。
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すきの宇宙で、
一つの星が、静かに瞬く。
(……行こう)
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決勝戦・大将戦。
1手目にして、
すきはもう——
盤面の外側に立っていた。




