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くれげの世界  作者: ぐろ
第二章 高校編
83/205

第82話 使いたくなかった

勝敗が告げられても、

すぐに歓声は起きなかった。


観客は、

今見たものをどう受け取ればいいのか、

まだ分かっていなかった。


”理のスライド”

境地に一瞬、触れた凛が得た決め球。



あまりにも静かな決着だった。



トレ高ベンチ。


凛は、ゆっくりと戻ってきた。


走り寄る舞子が、

思わず跳ねる。


「凛っ……!」


言葉にならない声。


凛は何も言わず、

ただ小さく頷いた。


右手を見れば、

拳の中に萌えたん御守りが握られている。


それに気づいた舞子は、

自分のことのように、

いや――それ以上に嬉しそうに笑った。



針千は、その様子を少し離れた場所から見ていた。


(……勝った、よな)


そう思うのに、

胸の奥がざわついている。



夢幻高校ベンチ。


享楽は、

一歩も動かなかった。


勝敗を告げるアナウンスを聞いても、

表情は変わらない。


だが。


晴谷は、はっきりと感じていた。


(……消えたな)


言葉にはしない。

できない。


協会長も、モニター越しに

わずかに視線を細めただけだった。



「……なあ」


針千が、空気を破る。


「副将戦さ」


誰に向けたわけでもない声。


「未来潰し、使えば勝ってたよな」



一瞬、

時間が止まったように感じられた。



晴谷が、静かに答える。


「理屈の上ではな」


盤面から目を離さず、続ける。


「回数制限。

 体力の消耗。

 精神的な負荷……」


「“使えなかった”理由は、いくらでも考えられる」



「なるほど」


針千は腕を組む。


「チート能力に見えて、

 案外扱いづらいってことか」


だが、その顔は晴れない。



そのとき。


すきが、

ぽつりと呟いた。


「……使いたくなかった、ってこともあるのかな?」



針千が、思わず振り向く。


「は?」


すきは、

自分でも驚いたような顔をしている。


理由は分からない。

根拠もない。


ただ、

胸の奥に引っかかった感覚を、

そのまま口にしただけだった。



晴谷は、否定しなかった。


肯定もしない。


ただ、

夢幻高校ベンチを見る。



運命は、

まだ座っていた。


副将戦の盤面を、

一度だけ見返す。


その表情は、

冷静だった。


だが。


背中に、

うっすらと汗が滲んでいる。



享楽が、

運命の横に立つ。


何も言わない。

何も聞かない。


それでも、

そこにいる。



凛は、

ベンチに腰を下ろした。


胸の奥が、

妙に静かだった。


(……触れただけ)


境地に至ったわけじゃない。

正しさを捨てたわけでもない。


ただ、

ほんの少し、

踏み外しただけ。


それで、勝った。



次の名前が呼ばれるまで、

まだ少し時間がある。


だが、

全員が分かっていた。


この試合は、

まだ終わっていない。

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