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くれげの世界  作者: ぐろ
第二章 高校編
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第79話 決め球


最初の一手は、凛だった。


横移動。

奥行。

わずかな補正。


いつも通り。

勝ちが計算できる操作。


アームが降り、

景品の角を捉え、

箱は、予定通りに“動いた”。


――悪くない。


だが、

獲得口へは落ちない。


「……」


凛は、次の手を組み立てる。

想定A。

想定B。

失敗率は、どちらも低い。


二手目。

三手目。


箱は確実に近づいている。

それでも、決まらない。


反対側――

享楽の手番。


操作は、派手じゃない。

アームの使い方も、堅実だ。


だが、

凛の“想定の内側”に収まっている。


(……同じ)


凛は、そう判断した。


相手は強い。

でも、想定外じゃない。


それなのに――

距離が、縮まらない。



ベンチ。


針千は、腕を組んで見ていた。


「……計算、合ってるよな」


晴谷が、小さく答える。


「合ってる。

凛の手は、全部正しい」


「じゃあなんで――」


言葉の続きを、針千は飲み込んだ。


“なんで勝てない”。


その問いは、

今は誰にも答えられない。



観客席。


ざわめきは、起きない。

歓声も、ない。


ただ、

「進んでるのに、終わらない」

その違和感だけが、空気に溜まっていく。


実況も、言葉を選んでいた。


「……両者、非常に堅実です」

「大きなミスが、ありません」


それはつまり、

決定打が、ない。



夢幻高校側。


神咲は、唇を噛んでいた。


(……なんで、決まらない)


運命先輩の指示は、正しい。

享楽先輩の動きも、ズレていない。


それなのに、

盤面は、凛と並んでいる。


視線が、運命に向く。


――使わないんですか?


その言葉は、喉で止まった。


運命は、盤面から目を離さない。


静かだ。

焦りも、苛立ちも見せない。


ただ、

“選んでいる”目だった。



凛は、レバーから手を離した。


一瞬だけ、

盤面を“距離”ではなく、

“形”として見る。


(……同じことを、繰り返してる)


上に持ち上げる。

下に落とす。

前に進める。


正しい。

全部、正しい。


でも――

それだけだ。


凛は、深く息を吸った。


次の一手も、

正解を選ぶ。


それでも、

試合は、動かない。



そのとき。


享楽が、ほんのわずかに、

操作を遅らせた。


ほんの一拍。

意図か、迷いか、判別できない程度。


箱は、

“落ちない”。


凛の視線が、初めて揺れた。


(……今の、何)


享楽は、凛を見ない。

盤面だけを、見ている。


その背中は、

強さでも、弱さでもなく――

何かを手放した人間の静けさだった。



凛は、次の手を組み直す。


計算は、まだ合う。

勝率も、下がっていない。


それでも。


(……このままじゃ)


勝てる気が、

ますます、しなかった。

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