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くれげの世界  作者: ぐろ
第二章 高校編
79/205

第78話 一日三回


会場は、静かだった。


先ほどまで続いていた中堅戦――

後に“伝説の泥試合”と呼ばれる一戦は、

歓声も、どよめきも残さず終わった。


残ったのは、

何十手も積み重ねられた痕跡と、

張りつめたまま、行き場を失った空気だけだった。


観客は立ち上がらない。

拍手も、起きない。

誰もが、どう反応していいのか分からず、

ただ盤面を見つめていた。



沙希は、ベンチに戻ってきた。


悔しそうにも、

嬉しそうにも見える表情。


泣いているのか、

笑っているのか――

針千には、判別できなかった。


ただ一つ分かったのは、

それが原点に触れた人間の顔だということだけだった。


「……次だな」


針千の声は、

会場に向けたものではなかった。

自分に言い聞かせるような、小さな声だった。



雨瑠凛は、もう盤面を見ていた。


中堅戦の結果も、

空気の重さも、

頭には残っていない。


いつも通り。

勝ちが計算できる距離。

重心も、アームの強さも、想定内。


(問題ない)


そう判断できるはずだった。


――なのに。


胸の奥に、

小さな違和感だけが残っていた。



夢幻高校側。

観客に届かない距離で、神咲が口を開く。


「……運命先輩」


声は低く、慎重だった。


「この試合……

未来潰し使えば、三勝目で決まりじゃないですか?」


合理的な判断。

勝つための、正解。


運命は、少しだけ視線を上げた。


「一日三回、使える」


淡々とした声。


「ただし――使えば、意識を失う」


一拍。


「できれば……

使わずに勝つのがベスト。」


「享楽なら、自力で勝てる。でしょ?」


享楽は、何も言わない。


ただ一度だけ、

小さく、頷いた。


それで、この話は終わった。



「副将戦、開始」


実況の声にも、

力は入っていない。


「トレトレ高校、副将――雨瑠凛」

「夢幻高校、副将――享楽伝」


二人は前に出る。


派手な演出はない。

歓声も、起きない。


ただ、

決勝戦の現実だけがそこにあった。



凛は、ボタンに手を置いた。


いつも通りの距離。

いつも通りの視界。

いつも通りの、正解。


(……なのに)


なぜか。


今日は――

勝てる気が、しなかった。

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