第78話 一日三回
会場は、静かだった。
先ほどまで続いていた中堅戦――
後に“伝説の泥試合”と呼ばれる一戦は、
歓声も、どよめきも残さず終わった。
残ったのは、
何十手も積み重ねられた痕跡と、
張りつめたまま、行き場を失った空気だけだった。
観客は立ち上がらない。
拍手も、起きない。
誰もが、どう反応していいのか分からず、
ただ盤面を見つめていた。
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沙希は、ベンチに戻ってきた。
悔しそうにも、
嬉しそうにも見える表情。
泣いているのか、
笑っているのか――
針千には、判別できなかった。
ただ一つ分かったのは、
それが原点に触れた人間の顔だということだけだった。
「……次だな」
針千の声は、
会場に向けたものではなかった。
自分に言い聞かせるような、小さな声だった。
⸻
雨瑠凛は、もう盤面を見ていた。
中堅戦の結果も、
空気の重さも、
頭には残っていない。
いつも通り。
勝ちが計算できる距離。
重心も、アームの強さも、想定内。
(問題ない)
そう判断できるはずだった。
――なのに。
胸の奥に、
小さな違和感だけが残っていた。
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夢幻高校側。
観客に届かない距離で、神咲が口を開く。
「……運命先輩」
声は低く、慎重だった。
「この試合……
未来潰し使えば、三勝目で決まりじゃないですか?」
合理的な判断。
勝つための、正解。
運命は、少しだけ視線を上げた。
「一日三回、使える」
淡々とした声。
「ただし――使えば、意識を失う」
一拍。
「できれば……
使わずに勝つのがベスト。」
「享楽なら、自力で勝てる。でしょ?」
享楽は、何も言わない。
ただ一度だけ、
小さく、頷いた。
それで、この話は終わった。
⸻
「副将戦、開始」
実況の声にも、
力は入っていない。
「トレトレ高校、副将――雨瑠凛」
「夢幻高校、副将――享楽伝」
二人は前に出る。
派手な演出はない。
歓声も、起きない。
ただ、
決勝戦の現実だけがそこにあった。
⸻
凛は、ボタンに手を置いた。
いつも通りの距離。
いつも通りの視界。
いつも通りの、正解。
(……なのに)
なぜか。
今日は――
勝てる気が、しなかった。




