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くれげの世界  作者: ぐろ
第二章 高校編
78/205

第77話 原点

「大会特別ルールの説明です」


淡々としたアナウンスが、会場に響く。


「五十一手目以降、

 景品の初期位置への戻しが可能となります。

 ただし――

 初期位置戻しを行った場合、手数は一手加算されます」


ざわめきが、ゆっくりと広がった。


救済か。

それとも、追い打ちか。


沙希は、台を見つめていた。


初期位置。


一度も疑ったことのない場所。

一番最初に覚えた取り方。

逃げでも、甘えでもない。



沙希は小さく息を吸い、うなずいた。


「お願いします」


ミスター初期位置山口が、無言で台を操作する。


箱は、橋の中央へ。

歪みも、ズレもない。


完璧な初期位置。


――その瞬間。


夢幻高校ベンチで、

柚木運命は、ほんのわずかに目を見開いた。


背筋に、冷たいものが走る。


(……違う)


喉の奥が、ひりつく。

気づけば、掌に汗が滲んでいた。


未来を潰したはずだった。

天秤沙希のバランスキャッチ。


あり得ない。

潰した未来が、

こんな形で――


「……」


運命は、言葉を飲み込む。


ここで初めて、

理解した。


これは”扉への介入”だ。



一方、神咲恵は、その様子を静かに見つめていた。


「そのまま続けて」


背後から、運命の声。


神咲は、うなずく。


初期位置に戻さない。

修正を続けた、この配置のまま。


それが、自分で選んだ道だった。



五十一手目。


沙希は、大きく息を吸った。


浅瀬


初めて取れた



中層


仲間ができた。自然に笑えた。

もっと深く


深海


トラウマに勝てた。バトンを貰った。

もっともっと深く









海底


このチームで”勝つ”んだ!!!





これまでの失敗が嘘かのように静かに動いた。


アームはまるで我が子を抱き上げるように

景品を掴んだ。



上昇。


上昇。


この中堅戦で、

最も高く。


そして。


そっと、離す。


景品は巣穴を飛び立つ雛鳥のように

クルッと一瞬足を崩し、九十度回転した。




そのまま景品は橋に触れることなく――


ゴトンッ!!


獲得口へ、一直線に落ちた。


会場が、息を呑む。


”原点のバランスキャッチ”


沙希の得意技であり、

すべての始まり。


沙希は、拳を強く握った。






だが、その横で。


ゴトンッ。


神咲も、取った。


修正を重ね続けた末の、獲得。


五十一手目。

同時。


だが――


アナウンスが、続く。


「天秤選手は、

 初期位置戻しにより――

 手数は五十二手目となります」


静寂。


勝敗は、そこで決まった。



「勝者――

 夢幻高校、神咲恵!」


拍手は、まばらだった。


誰もが、

“勝った”とも

“負けた”とも

言い切れなかったからだ。


神咲は、ゆっくりと息を吐いた。


喜びは、ない。

達成感も、薄い。


それでも。


(……間違ってない)


自分で選んだ。

壊された世界を。


従ったんじゃない。

ついていった。


それでいい。



沙希は、台を見つめたまま、

ゆっくりと息を吐いた。


そして、

トレ高のベンチへ歩き出す。


悔しくないわけがない。

勝てなかった。

最後の一手で、届かなかった。


それでも。


沙希の口元は、

わずかに上がっていた。


泣いているのか、

笑っているのか、

自分でも分からない顔。


目の奥が、熱い。


(……できた)


失いかけて、

それでも戻ってきた。


”原点”


沙希は、何も言わなかった。


仲間も、何も言わなかった。


その表情を見て、

それで十分だと、全員が分かっていたからだ。



この試合は、後に

月刊クレーンゲームの片隅で

たった一行、こう記される。


『伝説の泥試合』


そこに、

壊された世界の話も、

原点に戻った少女の話も、

未来が潰れ、未来が外れた瞬間の話も、

記されることはなかった。


だが――

確かにこの決勝中堅戦は、

二人と一人の運命を、深く狂わせていた

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