第74話 未来潰し
先鋒戦のざわめきは、
まだ会場に重く残っていた。
勝敗が決まったはずなのに、
どこか腑に落ちない空気。
——あれは、はたして試合だったのか?事故だったのか?
トレ高ベンチ。
豚田は、俯いたまま動かなかった。
声をかける者はいない。
その前で、次鋒戦の準備が静かに進んでいく。
「……行ってきますわ」
短くそう言って、舞子が立ち上がった。
背中に視線が集まる。
凛は何も言わない。
けれど、その目は離れなかった。
⸻
舞台が整うまでの、わずかな時間。
「……なあ」
低い声が漏れた。
「さっきの先鋒戦、出来すぎじゃなかったか?」
視線の先には、巨大モニター。
数分前まで映っていた“ニュース”の残像。
「豚田、どう見ても勝ちに入ってたよな」
「流れも、操作も、完全に来てた」
一拍。
「なのに、あのタイミングでニュースだ」
答えはすぐに返らなかった。
代わりに、夢幻高校のベンチが視界に入る。
誰一人、驚いていない。
「……偶然にしては、正確すぎる」
落ち着いた声がそう言った。
「外部要因が、勝ち筋の瞬間にだけ刺さる。
意図的な介入を疑うほうが自然だ」
その言葉に、小さく息を吸う音がした。
「……私も、そう思う」
視線が集まる。
「豚田くんの未来、あの時……分かれてた」
静かな声。
だが、その言葉は重かった。
「勝つ未来が、ちゃんと見える流れだった」
「……未来予測か」
「うん」
少し間を置いて、続ける。
「私と……たぶん、同じ」
誰かが言葉を失う。
「勝つ未来を見て……それを」
一瞬、言葉を探すように視線が揺れた。
「……潰したんだと思う」
空気が、冷えた。
「そんなこと……できるのかよ」
「境地に至った者ならありえるか……」
静かな声が続ける。
「ただし、無制限じゃない」
「……は?」
「もし無制限なら、先鋒戦以前に全部終わってる」
「だから制限がある」
「……もしあと2回同じように潰されたら……」
小さな声が重なる。
「必ず突破口がある、まずは次鋒戦集中だ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
⸻
アナウンスが響く。
「次鋒戦——
トレ高・銀泉舞子!!
夢幻高校・寸胴姫歌!!」
舞子は、ゆっくりと台へ向かう。
⸻
対戦台の向こう。
寸胴姫歌は、一瞬だけ視線を横に向けた。
運命は、淡々と告げる。
「今日は、あと二回」
わずかな沈黙。
「無駄遣いはしない。」
そして、命令。
「……私の言う通りに動いて」
寸胴は、何も言わず頷いた。
隣で、享楽伝だけが視線を伏せる。
(舞子は……潰さない)
(違う。潰せない、か)
⸻
試合開始。
姫歌は一手目から正確だった。
無駄がない。
冒険がない。
正解だけをなぞる動き。
「寸胴選手、安定しています!」
実況の声が会場に響く。
舞子は、一瞬だけ手を止めた。
——速い。
そして、嫌な感覚。
フィギュアスケート時代。
負けるときの流れ。
二手目、三手目。
姫歌は失敗しない。
舞子の刺し回しは、わずかに届かない。
観客席がざわつく。
「……押されてないか?」
「相手、崩れないぞ」
⸻
トレ高ベンチ。
「……今回は、来ねぇな」
低い声。
「……ああ」
「舞子さんの未来、分かれてない」
「凛に勝つか、負けるか。
それだけ」
「だから……潰しても意味がない」
誰も否定しなかった。
⸻
舞子は、深く息を吸った。
——凛しか、見てこなかった。
フィギュアも。
人生も。
だから、この相手を、ちゃんと見ていなかった。
寸胴姫歌。
”永遠の三番手”
それでも、この正確さは本物だ。
「……負けていられませんわ」
未来は、潰されていない。
この試合は、
自分の努力だけで決まる。
アームが、再び動き出す。
——次鋒戦は、まだ終わらない。




