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くれげの世界  作者: ぐろ
第二章 高校編
74/205

第73話 緊急ニュース

「も・え・た・ん♪

 も・え・た・ん♪」


会場を埋め尽くすピンクの波。


その中心で、

豚田は静かに呼吸を整えていた。


(……入ってるブヒ)


足先で、

一定のリズムを刻む。


右、左。

呼吸、操作、視線。


——全部、同じテンポ。


”萌えたんモード”


それは気合でも覚醒でもない。

オタ芸で身体に染みついた“再現可能なリズム”。


アームが降りる。


一手目。


ズリッ。


箱の角が、狙い通りに動く。


「おっ……?」


観客がざわついた。


二手目。


同じテンポ。

同じ間隔。


箱が、

橋の中央に“寄せられる”。


実況が声を上げる。


「安定してます!

 一切ブレがありません!」


三手目。


軽く持ち上げ、

箱のハマりが深くなる。




完璧。


観客席が、どよめく。


「誰だ、あの一年!」

「あれ、クレーンゲームの動きか!?」


トレ高ベンチ。


針千は腕を組んだまま。


「……完全にノってるな!」


すきも、凛も、舞子も、

頷き、台を見ている。


驚きはない。


——これが、

積み上げてきた結果だと知っているから。


一方。


夢幻高校ベンチ。


松下蘭は、

わずかに眉を動かした。


(……思ったより、できる。)


享楽が、運命を見る。


運命は、無表情のまま。


首を、ほんの少し振る。


——まだ。


四手目。


豚田は、

一切迷わなかった。


足踏み。

呼吸。

操作。


全部、同じ。


「……次で、通すブヒ」


ボタンに手をかける。


スッ……


横移動から、奥行移動の途中。


「いける!!」


観客席から、声が上がる。


萌えたん親衛隊が

拳を突き上げた。


「武ぃぃぃ!!」


——その瞬間。


会場上部のモニターが、

一瞬だけ暗転する。


ピロン。


場違いな電子音。


実況が、戸惑いながら言った。


「……え?

 緊急ニュース、です」


画面に映し出されたのは、

見慣れすぎた笑顔。


《人気アイドル・萌えたん

 本日、結婚を発表》


——カチン。


確かに、

何かが閉じる音。


「……え?」


豚田の指が、止まる。


アームは、

箱を掴んでいる。


だが、

視線が完全に逸れた。


(……結婚……?)


頭の中で、

未来が一斉に消えていく。


次のライブ。

次のイベント。

次の“楽しみ”。


全部、

確定していたはずの未来。


——全部、潰れた。


「……うそ、だブヒ……」


呼吸が、合わない。


リズムが、崩れる。


足が、止まる。


(……おれ、

 なに、やって……)


アームが、

力を失う。


——ガタン。


致命的な位置ズレ。


その様子を、

松下は一切見ていなかった。


ただ、横を見る。


柚木運命。


運命は、

小さく指を動かす。


——今。


松下は、

淡々と操作に入った。


一手。

二手。


指示通り、なぞるだけ。


——ゴトン。


景品が、落ちる。


実況が告げる。


「先鋒戦、勝者——

 夢幻高校・松下蘭!!」


歓声と、ざわめき。


トレ高ベンチは、

誰も声を出さなかった。


豚田は、

台の前で立ち尽くしている。


額の鉢巻。


萌えたん命。


それが、

やけに重い。


松下が、

ほっと息をついた瞬間。


運命が、低く言った。


「……遅い」


松下の表情が、凍る。


「負けてた未来が、三つあった」


一拍。


「役立たず」


それだけ言って、

運命は視線を外した。


——勝ったのに、

切り捨てられた。




針千が、

豚田の肩に手を置く。


「……豚田」


返事は、ない。


豚田は一度だけ振り返った。


泣いていなかった。


ただ、

未来を失った目をしていた。


——壊れたのは、

試合じゃない。


未来だった。

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