第72話 命
決勝会場は、異様な熱気に包まれていた。
その一角だけ、
明らかに色が違う。
ピンク。
とにかくピンク。
法被、ハチマキ、ペンライト。
統一された文字。
——萌えたん。
「も・え・た・ん♪
も・え・た・ん♪」
規則正しいコールが、
波のように広がっていく。
豚田は、控え席の前で固まった。
「……え?」
視線を向けると、
そこには明らかに“組織化された集団”。
一番前に立つ男が、
拳を高く掲げる。
「萌えたんオフィシャル会員No.1!!
親衛隊・隊長豚田武!!」
ビシッと敬礼。
「隊長!!
本日のご武運、全力で祈願いたします!!」
その瞬間。
豚田の表情が、変わった。
背筋が伸び、
目が据わる。
——凛々しい。
「……みんな、来てくれたのかブヒ……」
観客席から、
一段と大きな歓声。
「も・え・た・ん♪
も・え・た・ん♪」
針千が、耐えきれずに横からツッコむ。
「いや、あのピンクい軍団、
誰を応援してんだよ!?」
「萌えたん萌えたんじゃ、
豚田なのか景品なのかわかんねぇだろ!」
一拍置いて。
「あと、
急に肩書き増えて凛々しくなるな!!」
だが豚田は、
もう聞いていなかった。
カバンから、
一枚の布を取り出す。
白地に、赤文字。
——萌えたん命。
キュッと、
額に巻く。
「……よし」
豚田は、深く息を吸った。
「今日は……
いつも以上に、気合い入れるブヒ」
コールが、さらに大きくなる。
「も・え・た・ん♪
も・え・た・ん♪」
対戦台の向こう。
夢幻高校は、静かだった。
円陣も、声出しもない。
それぞれが、決められた位置に立っているだけ。
それでも、空気は重い。
一年・松下 蘭
最前列に立つ、小柄な一年生。
表情は柔らかく、どこかぼんやりしている。
だが、その視線だけは、台から一度も逸れない。
一年・寸胴 姫歌
松下の隣に立つ少女は、対照的だった。
腕を組み、堂々と胸を張る。
強気。
凛と舞子を凝視する。
二年・神咲 恵
その二人を、少し離れた位置から見下ろすように立つ二年生。
表情は読めない。
口を空けぼけ〜っとしている。
三年・享楽 伝
その後ろに立つ三年生は、驚くほど静かだった。
目立たない。
感情も、表情も、表に出さない。
けれど、
誰よりも近くで、誰よりも深く、
“誰かの内側”を見ている目をしていた。
三年・柚木 運命
最後尾。
チームの中心であり、核。
柚木運命は、何も語らない。
だが、そこに立っているだけでわかる。
――この人が、夢幻の核だ。
勝ち筋も、負け筋も、
すでに一度は見た上で、
それでもここに立つことを選んでいる。
アナウンスが響く。
「決勝戦・先鋒!!
トレ高・豚田武!!
夢幻高校・松下蘭!!」
「——開始!!」
豚田は、
ボタンに手を伸ばす。
胸の奥で、
確かに感じていた。
今日は、
一人じゃない。
この声援も、
この熱も、
この“神”も。
全部背負って、
ここに立っている。
「いくブヒ……!」
萌えたん親衛隊のコールが、
会場を揺らした。
「も・え・た・ん♪
も・え・た・ん♪」
——その直後。
運命の用意した“未来”が、
静かに、動き出していた




