第69話 相棒
嘘を、嘘のまま終わらせたくなかった。
それだけだった。
だから山口は、
バイト代が入るたび、ひとりでゲームセンターに通った。
誰にも声をかけず、
誰にも見せず、
台の前に立つ。
——あの日と、同じ場所に。
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最初は、何も変わらなかった。
アームは弱く、
箱は動かず、
百円玉だけが減っていく。
でも、前と違ったのは、
途中でやめなかったことだ。
一度だけ取れた、あの動き。
箱の角度。
アームのかかり方。
同じことを、何度も繰り返す。
すると、
少しずつ違いが見えてきた。
同じ箱でも、
重心が違えば、動きが変わる。
同じ台でも、
アームの癖で、結果が変わる。
——あぁ。
「そういうことか」
独り言が、増えた。
この箱、この重心なら、この手。
この状態で失敗したら、続けない。
勝ち目がないときは——
初期位置に、戻す。
それは、逃げじゃなかった。
やり直すための判断だった。
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数か月後。
山口は、晴谷を誘った。
「……久しぶりに、ゲーセン行かないか」
「お、いいじゃん」
なぜか聞見も、当然のように付いてきた。
無難に取る山口。
横で、首をかしげる晴谷。
「……難しいな」
「今のは、戻した方がいい」
山口は、淡々と告げる。
晴谷は頷き、
次の手を考える。
——教えている。
その事実に、
少しだけ胸が軽くなった。
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だが。
「こういうのも、ありじゃね?」
晴谷は、
山口が言った通りには動かさなかった。
アームの入り方。
箱の動き。
——え?
予想していなかった方向に、
箱が動く。
そのまま、落ちた。
「……あ」
言葉が出なかった。
理屈は、間違っていない。
でも、それだけじゃ足りなかった。
晴谷は、
一を聞いて、
二を飛ばして、
五や十に辿り着く男だった。
感性が、
理屈を追い越していく。
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高校三年の頃。
二人は、いつの間にか
”ゲーセン荒らし”と呼ばれるようになっていた。
今日はこの景品を枯らす。
今日はこの台を全部取る。
バイト代を握りしめ、
笑いながら回る。
聞見は、
少し離れた場所で、
黙ってシャッターを切っていた。
回ったゲーセンは二十。
出禁になったゲーセンは十九。
大会も、
ランキングもない時代。
取れるだけでは、
もう足りなくなっていた。
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最後に残った一軒。
「今日はここ、全部いくか」
そう言ったときだった。
「お前たちか」
声をかけてきたのは、店長だった。(九條恒一・現クレーンゲーム協会会長)
「周りの店で、
景品枯らしまくってるのは」
——あ、ここも出禁か。
そう思った瞬間。
「よし。
俺が特別に台を作ってやる」
「……は?」
「それを、取ってみろ」
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アームに力がない台。
橋幅が、極端に狭い台。
片側しか、アームがない台。
重心が、ガンガン動く台。
橋が、異様に滑る台。
「……これ、取れないだろ」
そう言った山口に、
店長は何も言わず、
簡単に一つ取ってみせた。
晴谷の目が、輝いた。
「なにこれ!
どう取んの!?」
聞見のシャッター音が、増える。
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最初の一台を取るのに、
一か月かかった。
取れるたび、
難易度は上がる。
数ヶ月後
レベル七。
その台を取ったのは、晴谷だった。
「あれ……?」
晴谷が、首をかしげる。
「なんか今、
めちゃ調子いいかも」
店長が、少し間を置いて言った。
「……境地に至ったな」
「境地?」
山口は、すぐには理解できなかった。
店長は、淡々と話した。
才能。
扉。
扉の解放。
そして、境地。
扉の奥。
その最深部に辿り着いた者だけが、
そこに立つ。
——なるほど。
理解は、早かった。
晴谷は、行った。
自分は、そこにいない。
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「ちなみに」
店長が、こちらを見る。
「お前には、扉はない」
言葉は、静かだった。
だからこそ、
逃げ場がなかった。
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帰り道。
三人は、しばらく無言だった。
山口は、笑おうとした。
でも、うまくいかなかった。
——ずっと、コンビだと思ってた。
考え方も、取り方も違うけど、
同じ場所に立っていると。
でも。
追いついたと思った距離は、
追いついた瞬間に、
また開いた。
なぁ、聞見。
おれ今、
どんな顔してる?
⸻
おれはクラスで初期位置に戻った




